はした金の価値
ウリカの日課は、ゴミ漁り。
身寄りがいない彼女は、飢えを凌ぐ為にゴミを漁り、食べれそうなモノがあれば何でも口に入れる。その中で、時折珍しいモノを見つけると、質屋に持っていってごく僅かなお金と交換して貰う。
そうして手に入れた小銭は、しっかりと小さな手に握り締めて……ログマリット宮殿の地下牢へと、どぶ臭い排水溝を通って侵入するのだ。
そこに収容されている、『自分を棄てた』母親に─────こっそりと、そのはした金を全て渡す為に。
命令されている訳ではない。
親が子を想うように、子が親を想うのは当然のことだ。
例えそれが、ウリカの一方的な想いだったとしても……。
今日も、とある宿屋の前で拾った小銭を手に、いつものように、監視の目をすり抜けて地下牢に侵入したウリカだったが……。
「……ママ、おかねもってきた」
「──遅いッ! さっさと寄越しなさいッ!」
「……うん」
牢屋の向こう側からいきなり怒鳴り散らされるものの、ウリカは表情一つ変えず、大切に包み込むように持っていた小銭を、両手に乗せて差し出す。
それを、母親は乱暴に引ったくると、舌打ち混じりに苦言を発した。
「チッ、こんなはした金じゃあ酒すら取引出来ないじゃない」
「……ママ、おさけはやめて……ごはん、いっぱいたべて……」
「ハァ? あんた、何様のつもり? ガキのくせに偉そうに命令すんなッ!!」
「…………ごめんなさい、ママ……」
ウリカは無表情のままだったが、とても苦しそうな声で謝罪を口にすると……きゅるるっ、と微かに腹の虫が鳴った。
しかし、母親はそれに気付くこともなく、激しく苛ついた様子でガジガジと乱暴に頭を掻いていた。
「あぁもう……ホントに、何でこんなことになっちゃったのよッ……何であんたが外に居て、私が牢屋の中にッ……クソッ、それもこれもあの人が逃げなければッ……」
「ママ……」
「──ママ、ママ、ウザったいわねッ!! 大した金にもならなかったクズのくせにッ!! あんたなんかッ、産まなきゃ良かったわよッ!!」
「…………ごめんなさい、ママ…………うまれてきて、ごめんなさ……」
心無い罵声に、ウリカがどんどん縮こまっていく。
親に愛情を求める子供の本能に付き従うように、震えたか細い声で、もう一度許しを求めようとした……その時だ。
「────謝ンな」
突如、ウリカの隣に現れた少女が、脅すような低い声色でそれを制止させる。
ウリカが見上げた少女の顔は、既に苛立ちと怒りで染まっていたが……ウリカへと向けられる言葉には、ある種の気遣いのような感情が込められているようだった。
「……?」
「お前は親の奴隷じゃねぇンだ。だから、そいつの言葉に悪びれる必要はねぇ」
「なに、あんた……? じゃあ、私が悪いっていうの……? 私だって被害者なのよ……!? 将来を誓った人に騙されて、金を全部持っていかれて、捨てられて……なんで私ばっかり、こんな目に遭わなくちゃならないのよッ!!」
牢屋の中から、母親が甲高い怒号を発する。
ウリカは思わずビクッと肩を震わせるが、少女は一切微動だにもせず、即答した。
「そんなの────騙す方も、騙される方も、どっちも悪いに決まってンだろ」
「なんですって……!? あんた、平然とそんなことを言って良心が痛まないわけッ!?」
「────自惚れンな、悲劇のヒロイン気取りが」
「──ッ!?」
「嘘、偽物、偽善、欺瞞……最初からこの世は、どうしようもない程に『悪』に満ち溢れている。てめぇらも、本当はそれを理解している筈だ。だが、誰もそれに向き合おうとしねぇ。『自分には関係ない』と、『最初から疑うのは失礼だ』と……綺麗事を並べて、悪からの逃避を正当化しようとしてやがる────ハッ。どいつこいつも、笑わせンな」
「……」
「この世で生きている限り、あたしらは『悪』から逃れられねぇ。『悪』を無視して過ごすことは出来ねぇ。そんな世界で生きたいってンなら────『悪』に正面から立ち向かって、てめぇで戦う覚悟を決めるしかねぇンだよッ!!」
少女が腹の底から発した怒号が、地下牢の内部に衝撃波となったように鳴り響く。
その覇気に気圧された母親は、当初は驚くばかりだったが……。
「まぁ、少なくとも。自分の子供をナビードに売り払い、悲劇のヒロインぶっているてめぇは、とうの昔から『悪』に落ちてる。おめでとさん、晴れてあたしらと同じ『地獄行き』決定だ」
それは、死の宣告。
あの傲慢な母親が、まるで『死神』に睨まれたかなように、次第に顔面蒼白になっていくと……すがり付くように、か細い声で命乞いを始めたのだ。
「ち、ちが…………た、たすけ……」
「──てめぇに、もはや平穏は無ぇ。このまま地獄に落ちるか、その『悪』を一生抱えて生きていくか……好きな方を選ンで、精々永遠に苦しむンだな」
────一蹴。
崖際に居た状態から、容赦なく突き飛ばされたかのように……母親は呼吸を激しく乱しながら、そのまま、ガクンッと膝から崩れ落ちてしまった。
その拍子に、母親の手元から小銭が溢れ落ちる。
少女はそれを拾い上げながら、こう語り始めた。
「恵まれていない奴にとっちゃ、世間ってのは常に生き辛い世の中だ。だが、誰も助けちゃくれねぇ。お前も、そこでくすぶっているようじゃあ、母親と同じ末路を辿ることになンぞ」
「……」
そこで、少女はウリカの方へ向き直る。
すると、その場で屈み、彼女の小さな手のひらに優しく小銭を乗せて、強い意志が宿った瞳でウリカと目を合わせた。
「──この金は、未来への切符だ。他人の為に使うか、それとも自分の為に使うか……次は、お前自身が、お前の心に従って決めろ。分かったな?」
「………………おねえちゃんの、おなまえは……?」
「ルコシャルだ。お前は?」
「……ウリカ」
「よし。ンじゃあ、ウリカ。お前はさっさとここから出ていけ。あたし以外の奴に見つかって、面倒なことになる前にな」
「……(コクッ)」
ウリカが頷くのを見たルコシャルは、小さく手を振ってから、「さて、さっさと見つけるか」と呟きながら地下牢の奥へと歩き去っていく。
一方のウリカは、ルコシャルから受け取った小銭を、まるで噛み締めるように、その小さな両手でしっかりと握り締めるのだった。
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