《 Period 2 - 4 》 最期の静寂
そこは、ログマリット宮殿の下層に位置する『地下牢』。
蝋燭の朧気な明かりだけに灯され、石造りの薄暗い空間が広がっていた。殆ど手入れすらされていないのか、壁面はあちこちが薄汚れており、生ゴミが腐ったような酷い匂いが鼻を突く。ここに居るだけで、気が滅入ってしまいそうだ。
そんな一切気の休まらない空間に連れ込まれたワレは、鉄格子の牢屋の中で、四肢を鎖で壁に繋がれ拘束されていた。
それだけならば、まだいい。
最悪なのは……牢屋を見張る看守らしき男が、大層女好きな変態だった、ということだ。
「────へぇ? こんな小柄だってのに、思いの外、色っぽい身体してんじゃねぇか。話に聞いていた通り、鬼ってのはいい遊び道具になりそうだなぁ、へへっ」
「…………ッ……」
拘束されて動けないのをいいことに、男は鼻息を荒くしながら、ワレの身体をまさぐり始めた。
首筋を舐められ、脚を撫でられ、胸元を揉まれ……屈辱的な辱しめを延々と与えられ続ける。
羞恥心や屈辱感で発狂しそうになりながらも、ワレは……。
────不敵に、笑って見せた。
「────クスッ」
「……ア? なに笑ってんだ、てめぇ……?」
「馬鹿の一つ覚えみたいに、拘束された女を優位に立って苛めることでしか、性的欲求を満たせない変態さん……」
「おい……てめぇ、立場分かってんのかよ……?」
「ふふっ、あまりにも情けなくて笑いが込み上げてくるねぇ……あなた、それでも男なのかなぁ?」
「──こッんのッッ……クソ女ぁ……ッッ!!」
格下だと思っていた女に自尊心を傷付けられ、逆上して殴り掛かってきた。
狙いは、顔面……。
────予想通り。
ワレは瞬間的に息を止め、迫り来る拳に────渾身の頭突きをぶちかます。
直後、ボキボキボキッッと、嫌な音が断続的に鳴り響き、男は自身の手を押さえて、その場でのたうち回り始めた。
「────ぎゃぁぁぁッッ!? 手ぇッ、手がぁぁぁぁぁぁぁぁッッ!!?」
「ふーっ……ありゃりゃぁ、情けないねぇ。ワレの身体を好きにしたけりゃぁ、まずはワレの心から奪ってみなぁ? そんなことすら出来ないあなた程度が、ワレをモノにしようなんざ千年早いんだよぉ、ざぁ~こ」
「ぐッ、ぎッッ、こいつッ、こいつ……ッッ!!」
「────下らないことで目くじらを立てるな」
今にも怒りを爆発させそうな男を制止したのは、牢屋に入ってきた一人の男……『人族の代闘者』の姿をした、イミュテリエルだった。
「だ、代闘者様……ッ」
「──さっさと医務室へ行って処置をしてもらえ。この妖族は、お前の手に負えるヤツじゃない」
「は、は……っ」
彼にそう促されると、男は即座に立ち上がり、潰れた手を庇うように抱えながら牢屋から飛び出していく。
それを見送りもせず、「さてと」と言って眼前に立つイミュテリエルを、ワレは敵対心剥き出して睨み上げた。
「──イミュテリエル……セオドーラとギークを何処へ連れていった……?」
「心配することはない。何せ、彼らは大切な生け贄だ。『処刑』当日に下手な真似をしないように、特別待遇でおもてなししているさ」
「──ッ!」
やはり……『空耳』ではない。
先程から、絶え間もなく……地下牢の中に何者かの悲鳴が、幾つも、幾つも、微かに反響し続けている。
捕虜だった頃に、噂に聞いた程度の認識しかなかったが……彼の言動で確信した。
ここは────ナビードの『実験場』だ。
彼らは、この世界で認知されている多くの【力】……【呪術】という新しい力の開発……それらを研究する為、様々な種族の人間を『誘拐』し、その身体を使って非人道的な実験を繰り返しているという。
実際のところ、母上……古地鬼那も、その実験の末に命を落とした。
そして、今も尚……こうして多くの者たちを、こんな薄汚い場所に閉じ込め、過酷な目に遭わせ続けている……。
そんな場所が、何故宮殿の地下にあるのか……それは、謎のままだが……。
「あなたたちは……ナビードは、一体何が目的なの……? どうして、こんな酷いことを、そんな平然とやってのけることが出来るの……?」
「──忘れたか? ナビードは、あの『代闘者』たちを打ち倒す為に結成された組織だ」
「英雄さん、を……」
「ただ、連中の強さときたら……まさに『異常』そのものだろう? それを覆すには、『異常』を凌駕する程の『力』を手に入れなければならない。その為にも、ある程度の『犠牲』は致し方ないだろう?」
クソみたいな理屈だ……。
代闘者に勝つ為ならば、例え自分以外の人間が命を落としても一向に構わないというのか……。
こんな奴らの為に、リダウト王国は絶望の淵に叩き落とされて……こんな奴らの為に、多くの人々の命が弄ばれて……こんな奴らの為に、母上は殺されなくちゃならなかったのか……!
沸々と、胸の奥から憤怒の感情が沸き上がってくる。
そんなワレをあくまで挑発するように、イミュテリエルは、ワレの頬をいやらしい手つきで撫でてきた。
「それにしても、ふむ。やはり『盟主』の言う通り……お前、随分と『奇妙な身体』をしているな……?」
「……ッ……どいつもこいつもベタベタとッ……気安く触るな……ッ!」
「おっ、と。まぁ、いい。本当は色々と試してやりたいところだが、今は俺も忙しいんでな。リダウト王と女王の『処刑』は、予定通りに城前広場で執り行う。その後は、お前たち妖族の番だ」
「ふざ、けるなッ……これ以上、あなたの思い通りには……ッ!」
「────いやいや、無理だろ」
すると、彼の隣に一人の人影が現れる。
それは、【呪術】によって奪われたと思われる……。
────『妖族の代闘者』、湊本エルマの姿だった。
彼が、彼らしからぬ不敵な笑みを浮かべながら、こちらを見つめると……何か、胸の奥が締め付けられるような痛みを感じてしまう。
まるで、心を支える芯にヒビが入るような……そんな痛みが……。
「──ぁ……ッ……エル、マ……」
「『妖族の代闘者』の力も、『人族の代闘者』の力も、今や俺の手の中にある。今更、お前たちが幾ら抗おうが、俺を止めることなど出来やしない。それくらいは、理解しているよなぁ?」
「ぐッ、く……ッ」
「ふっ。『盟主』の元に差し出されるまでの間、自身の身勝手な行いで、自身の種族が滅ぼされる様を、そこで指を咥えて見物しているんだな」
「『盟主』って……待てッ、まだ話は終わってッ……イミュテリエル……ッッ!!」
ワレの怒鳴り声も構わず、イミュテリエルは牢屋から出ていってしまった。
怒りや憎しみを全身に滲み出しながら、思い切り歯を噛み締めていたが……。
次第に、身体から力が抜けていき……遂には、全てを投げ出すように、深く、深く、項垂れてしまうのだった。
─※─※─※─※─※─※─※─※─※─
妖族の鬼に毒を吹き掛けた後、いよいよ本命の、リダウト王家の兄妹が収容された牢屋を訪れる。
中では屈強な男たちが一仕事終えた様子で木箱に腰掛けており、その中心には……衣類も、身体も、見るに耐えないボロボロな惨状になったセオドーラとギークが倒れていた。
「──王族二人揃って、いい格好じゃないか」
「…………」
「……ぁ……ぅッ……」
どうやら、相当痛め付けられたのだろう。
意識を保っていることすら辛そうな様子で、短い呼吸を繰り返している。
そんな二人を見下ろしながら……イミュテリエルは、嗤っていた。
「…………フッ、ふふっ……遂に、この時が来た……無知で愚かな代闘者共め、見ていろッ……お前たちが実現してしまった『束の間の静寂』……この俺がッ、粉々に打ち砕いてやるッ……ふふっ、ふふふふふふふふふ……ッ!」
歓喜を抑え切れない様子で、笑い声を漏らし続けるイミュテリエル。
その顔は、まさしく狂気の沙汰。
周囲にいる執行者たちも、思わずドン引きしてしまう位だ。
すると、辛うじて意識を保っていたか、セオドーラが最後の力を振り絞って、イミュテリエルに懇願する。
「……イミュ、テリ……エル……ッ…………も、ぅ、やめてッ……おにい、さまがッ…………死ん、じゃぅ……ッ……」
それを聞いたイミュテリエルは、優しい笑みを浮かべながら、まるで慰めるようにセオドーラの頭を撫でながらこう言った。
「おー、そうかぁ。皆まで言うな、苦しいんだろう? さっさと死にたいんだろう?」
「……ち……が、ぅ……ッ……」
「心配するな。今から、兄妹まとめてお望み通りにしてやる────おい、連れていけ」
そう命令が下されると、周囲の執行者が二人を無理矢理立たせて、外へと連れ出していく。
目前まで迫るは、『処刑』の刻。
リダウト王国転覆の瞬間は……もう、既に目の前まで迫っていた。
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