安全圏と隔たりを越えて
地面に突っ伏してしまったギークに、セオドーラは慌てて駆け寄って、必死に声を掛けた。
「──御兄様……ッ! そんなッ、いやッ……目を開けて下さいッ、御兄様ぁ……ッッ!!」
「ぐッ…………ぅぅぅ……ッ」
良かった……。
どうやら、命を落とした訳ではなさそうだ。
一先ずは安心したと言いたいところだが……彼は既に酷く衰弱した状態だ。その上に、あの出血量……このまま放っておけば、遅かれ早かれ最悪の状況に陥ってしまうだろう。
「殺したりはしない。そいつにはまだ大切な役割が残っている────民衆の眼前で華々しく死ぬ、って役割がな」
「もう、辞めてッ……これ以上、御兄様を傷付けるのは辞めて下さいッ、イミュテリエル……ッ!!」
少しずつ歩み寄ってくる人族の代闘者……いいや、イミュテリエルの前に、両腕を広げて立ち塞がるセオドーラ。
彼女の決死の懇願を聞いた彼は、愉しそうな様子でニヤけた顔を見せ付けながらこう返してきた。
「このまま何も関わってこなけりゃぁ放っておいてやるのも面白いと思っていたが……こうなった以上、仕方がないよな?」
そう言いながら手を上げると……。
セオドーラの背後に、突如、何人かの王国の兵士が音もなく出現。
彼らは一切の躊躇もなく、彼女の両腕を掴んで拘束した。
「──! 何処から……!?」
「なッ、なにをッ……離して下さい……ッ!」
「ギーク・リダウト・クィンラン、並びにその妹君のセオドーラ・リダウト・クィンラン。両者を、国家の信頼を大きく損ねた逆賊とし────『明日』、王国前広場にて処刑する」
「──な……ッ!?」
「セ、オッ……俺の、ことはッ、構うなッ……逃、げろ……ッ」
「──一丁前に格好つけるな、雑魚のくせに」
言葉を発することすら辛そうなギークだったが……兵士の一人はそれを黙らせるように、彼の頭を容赦なく踏みつけた。
「ぐぁ……ッ!?」
「──御兄様ッ!!」
「今更何をしようが、もはや手遅れだ────この王国は、既に俺の手にある。お前らのような貧弱な王族に味方をする市民など、今や誰一人としていないんだよ」
「ぐ……ッ」
全ては、イミュテリエルの思い通りに動いている。
ギークも、セオドーラも、全ての国民も、ヤツの手のひらでずっと踊らされ……そして、本当の意味でヤツの支配に屈しようとしている。
いよいよ、終焉に近付いてきた内乱。
そこに下手に他種族が首を突っ込めば、次は種族問題に発展したとしてもおかしくはないだろう。
「────それじゃあ、ワレはあなたの敵でいいやぁ」
「──ッ!!?」
だが────関係ない。
ワレは、セオドーラを拘束する兵士を拳で殴り倒し、彼女を救出。
それを目の当たりにしたイミュテリエルは、ピクッと眉を動かしてから、面倒臭そうな口ぶりで威嚇してきた。
「ほぉ……? 妖族が人族の問題に、あくまで首を突っ込むつもりか?」
「人族だとか、妖族だとか……『友達』助けるのに、そんな下らない区別はどうでもいいんだよねぇ」
「イ、イブキ様……」
驚いたように声を漏らすセオドーラに、ワレは顎で「早く逃げて」とジェスチャーを送り、イミュテリエルの視線をこちらへ集中させる。
「良いのか? 下手をすれば、種族問題にまで発展しかねないぞ?」
「そんな脅しが通用するとでもぉ?」
「なに……?」
「そっちこそ、『天族』が裏で糸を引いていることが露見されたら……果たして、同族からどう思わちゃうのかなぁ?」
「なるほど、どちらもはぐれ者という訳か……くくっ、本当に……面倒な時期にやって来てくれたものだな、疫病神どもめ」
「それは最高の誉め言葉だねぇ、ありがとぉ」
ナビードには、これまでも散々な目に遭わされてきた身だ。彼らが自分のことを『疫病神』と呼んでくれるのは、願ってもない。
ニヤリと不敵な笑みを見せ付け、イミュテリエルを挑発していると……ヤツは、ワレの背後で動き出したギークとセオドーラを発見してしまう。
「──逃がさねぇよ?」
「ぁ……ッ」
ヤツが二人に向かって手をかざすと……空気が抜けるような音と共に、その手中から光線を放出。
さっき、ギークの土手っ腹に風穴を開けた術だ。
それは、ギークを支えるセオドーラへと容赦なく襲い掛かるが────当たることなく、『すり抜ける』。
そして、二人の姿は、まるで風景に溶け込むように消失した。
「──【妖術】か……!」
「──ありゃりゃぁ、残念。逃がしちゃったねぇ」
【酒鬼の霧】。
ワレから離れてしまえば効力は薄くなるが、二人をこの場から離脱させること位は可能だろう。
どうやら、イミュテリエルの視界を欺くことは出来たようだ。
さて。
そうなれば、彼のヘイトは完全にワレの方へ向けられる訳で……。
「鬼め……遂に、頭角を現したな……? いいだろう……これよりリダウト王国は────妖族の襲撃に対する迎撃措置を取る」
「──!」
あぁ……妖族の一員として、また大変なことをしてしまった。
これでは、皆から恨まれても仕方がないとは思う。
だが、それでも……こう思うのだ。
もし、この場にエルマが居たら……きっと、同じことをしている、と。
例え、その身を危険に晒そうとも、ワレのやりたいことと、全く同じことをするって……そう思わせてくれるから。
「これよりリダウト王国は、領域内にいる妖族の駆逐……そして、やがては妖域に対する報復戦争を執り行うことになるだろう。お前の身勝手な行動が、全ての妖族を危機に陥れたということ……その身を持って、思い知るが良い」
だから、ワレも諦めたりはしない。
事態は、限りなく瀬戸際に迫ってはあるが、まだ窮地に陥っている訳ではない。今この場で、元凶であるイミュテリエルを、『殺害』、もしくは『再起不能』にすれば……。
全ての事変が、丸く収まる。
ヤツが人族だけでなく、妖族にまで被害を及ぼす前に────何としてでも、ここでくい止めなければ……。
─※─※─※─※─※─※─※─※─
秘境から少し離れた場所で振り返るが、誰も追ってきていない────どうやら、無事に逃げ切れたようだ。
それにしても……ここに辿り着くまで、本当にイミュテリエルには一切認識すらされなかった。それだけでも、イブキ様が扱う妖術が相当優れていることが分かる。
いつまで効力が続くのかは不明だが、この調子ならば、宿屋まで逃げおおせることは出来そうだ。
「はッ、はッ……何故、妖族である奴が、俺たち人族を庇ってくれる……?」
肩を貸す御兄様が、不意に、苦しそうな呼吸を繰り返しながら尋ねてきた。
「何故、なのでしょう……わたくしにも、詳しいことは分かりません。ただ彼女には、わたくしたちのような敵種族へ対する『悪意』が無い……純粋に、本心から、助けてくれようとする強く優しい意思を感じるのです」
「……そんな奴、この世に居るわけが……」
「分かっています。それより、今は安全な場所へ急ぎましょう。イブキ様の、決死の厚意を無駄にする訳にはいきません」
「……」
窮地を脱したとはいえ、腹から血を流し続ける御兄様をこのまま放っておけば、どちらにせよ命が危ない。
せめて、ニリアンが待つ隠れ家まで急がなくては。
今後のことについて話すのは、それからでも遅くはないだろう。
「────」
その時。
いきなり、目の前に『一人の人物』が立ち塞がった。
その姿を見た途端、わたくしは少しだけ動揺すると共に、若干の安心感を覚えるのだった。
「──あれ? あ、あなたは……どうしてここに……? もしかして、助けに来て下さったのですか……?」
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