湖面はかくも真実を映す
事態の要となるのは、現リダウト王……ギーク・リダウト・クィンランだ。
彼をイミュテリエルよりも先に保護出来るかどうかで、リダウト王国との未来が大きく変わってしまう。ニリアンや、セオドーラには酷な話だろう。支配か、未明か……どちらに転んだにせよ、明るい未来は未だ見えはしないのだから。
そんな想いを抱えて、ワレはセオドーラと共に、リダウト王捜索の為に城下町へと身を乗り出した。
ニリアンも同行を願い出たが、【呪術】の影響でマトモに歩けない状態だった為、一先ずは、ガウス様の作り出してくれた安全領域で安静していてもらうことに。
「これ、【妖術】ですよね……? 本当に、誰にも見えていないのですか……?」
流石に、イミュテリエルとその配下には顔が割れているだろうと判断し、城下町を出歩く際には、【妖術】で姿を消すことを忘れない。
ワレの隣にピッタリくっついて歩くセオドーラは、多くの人とすれ違うのに、見向きもされない状況に困惑しているようだ。
「『見えていない』ってより、『誤認させている』って感じかなぁ。だけど、気を付けてねぇ? ワレから離れたり、大騒ぎしたりしたら、効能はかぁなり薄れちゃうからねぇ」
「な、なるほど……もしかして、この甘い香りがそうさせていたり……?」
「おやおやぁ、ワレの香りが甘いってことぉ? 攻めてくるねぇ」
「えっ!? いやっ、どういうことですか……っ!?」
「しーっ」
「ぁ……っ! ご、ごめんなさい……」
この子、カワイイな……。
気弱な性格が故の生真面目さといい、反応の良さといい、ついつい、からかいたくなってしまうような純真さを持ち合わせている王女様だ。
思わず『鬼』の本性が溢れて来そうな感覚を抑えつつ、ワレらは城下町の大通りを歩いていた。
「王様の居場所、心当たりがあるんだよね?」
「城下町の外れに、小さな湖畔があるのです。かなり奥まった場所に位置するので、国民でさえ滅多に足を運ぶことはありません」
「そんな場所に、王族の人が居るものなの?」
「幼い頃の、わたくしと御兄様の遊び場だったのです。御兄様は、湖のほとりで本を読んで過ごすのが好きで……わたくしも、よく読み聞かせして貰っていました」
「んー……? なんか、その、ごめん……ちょっと、英雄さんから聞いた話とは、随分とイメージがかけ離れているっていうか……」
エルマとルコシャルが目の当たりにしたリダウト王の人間性は……まさに独裁者。
他者を気遣うことすらしない身勝手な思想の持ち主で、とてもじゃないが、国王として信頼されるような人物ではなかった……ということらしい。
そんな人物が、実は湖のほとりで楽しそうに読書する本の虫だった……なんて言われても、とても想像し難い。
「それは、無理もないかと思います。兄妹であるわたくしでも、あの変貌ぶりには驚きを禁じ得なかった位ですから……」
「じゃあ、あなたもお兄さんがどうして変わっちゃったのか、詳しくは知らないってこと?」
「……はい。実は、御兄様の変化について知ったのは、わたくしが城から飛び出した後のことなので……」
「城から飛び出した……?」
そう以上セオドーラは何も答えず、暗い顔のままでどんどん先へ進んでいく。
何処か切なさすら感じさせる背中を追いかけていくと、次第に周囲から町並みは消え、小さな丘が幾つもある土地に出た。その岩肌を縫って進んでいくと……やがて、丘に囲まれた大きな空間が目の前に広がる。
「着きました、ここです」
「──うわぁっ……すっごい、のどかな場所……」
中央には大きな湖があり、その周囲には豊かな草原の景色。まるで絵本の世界に迷い込んだかのようだ。
城下町から少しだけ距離があるとはいえ、全く人の手が加わらず、のびのびとした自然が広がっているということは……あまり人々から認知されていない秘境なのかも知れない。
そして、その湖のほとりに……取り巻きを誰も連れず、一人で佇む人物の姿があった。
「────御兄様」
「すごい、本当に居た……」
「──っ! セオドーラ……!? お前、何故ここに……!? そっちの女は誰だ……!? その頭の角……まさか、妖族の者か……!?」
どうやら、既に相当疲弊しているようだ。
こちらの姿を見るなり、顔を真っ青にして狼狽えては、敵対心剥き出してこちらを睨み付けてきた。
「まぁまぁ落ち着いてよぉ、国王さん。別に、危害を加えるつもりで来たわけじゃないんだからさぁ」
「昨日妖族の代闘者とその配下に襲われたばかりなんだぞっ! 妖族の言うことなど信じられるかっ!」
(あちゃぁ~、エルマとルコシャルのことかぁ……)
「御兄様、話を聞いて下さい。人族の代闘者……いいえ、あのイミュテリエルは、リダウト王国を乗っ取るつもりです。現国王である、御兄様を見せしめに処刑して……」
セオドーラの言葉を聞いたギークは、一度目を見開いてから深く肩を落とし、絶望に暮れた表情で小さく呟いた。
「──もう、手遅れだ」
「手遅れ……?」
「リダウト王国は、既に奴の手に渡っているも同然……お前たちが何をするつもりかは知らんが……例え何かしたところで、情勢が変わることはない」
「いいえ。御兄様が生きてさえいれば、反撃の機会は幾らでもあります。ですから、今はイミュテリエルの手から逃れましょう。これ以上、彼の思い通りにしてはなりません」
セオドーラが提案したのは即ち、亡命。
兵力も武力も不足した今のままでは、確実にイミュテリエルにやられるのを待つだけ。ならば、一旦は奴に国を明け渡して国外へ逃亡し、反撃の機を伺った方がいい……それが、セオドーラの出した最善策だ。
しかし。
「────どうしてだ……どうして、お前はいつも『そう』なんだ……ッ」
「お、御兄様……?」
「俺よりも頭が良いくせに、俺よりも勇敢なくせに……俺を置いて、あの代闘者と逃げ出したじゃないか……ッ!」
「そ、それは……っ」
「そのせいで俺は、あのクソ親父の理不尽な英才教育を一人で受ける羽目になったんだぞ……ッ! 俺よりも先に現実から逃げ出した奴から────偉そうに説教される義理はないッ!!」
「──!?」
次の瞬間。
ギークは一気にセオドーラに詰め寄ると……。
────その頬を、思いっ切りひっぱたいた。
セオドーラはその場に倒れ込み、ギークはそれを息を切らしながら見下ろしていたが……彼女は叩かれた頬を拭ってから、ゆっくりと立ち上がる。
「──許しを、乞うつもりはありません。わたくしが、御兄様を残して、御父様と王族のしがらみから逃げ出したのは……紛れもない事実なのですから……」
「その顔はなんだッ、同情でも誘おうというのか……ッ? いい加減にしろセオドーラ……ッ! その事実を理解しているならばッ、二度と俺の前に面を見せるな……ッ!!」
セオドーラの発言に激昂したギークは彼女の胸ぐらに掴み掛かり、再び腕を振り上げたところで……。
ワレは素早く彼に詰め寄り、振り上げた腕を鷲掴みにして、その素行を阻止する。
「──いい加減にするのはあなたの方だよ、国王さん」
「なんだとッ、妖族風情が偉そうに……ッ!!」
「いいよ別に、ワレのことなんていくらでも嫌ってくれても。だけどさ、必死なのはセオドーラだって同じだよ? お兄さんのくせに、その言葉を受け止めてあげることすら出来ないの?」
「イブキ、さま……」
「──ッ! 貴様に、何が分かる……ッ! 昨日今日に首を突っ込んできただけの貴様らにッ……我らの何が分かると言うんだ……ッ!!」
あくまでも、ギークは聞く耳を持たない。
まるで、自身の感覚を麻痺させるように……現実から目を逸らすように……怒鳴り声を上げ続ける。
そこへ、彼の怒鳴り声を掻き消す勢いで、セオドーラが彼女らしからぬ大声を張り上げた。
「────御兄様っ!!」
「──ッ!」
「わたくしに、こんなことを言う権利は無いことは重々承知の上です……っ! ですが、どうか、わたくしの口から言わせて下さい……っ」
「何をッ……今更ッ、お前が何を言ったところで……ッ!」
「わたくしは、この世に生を授かった時から────御兄様を、愛しています」
「………………ぇ……?」
瞬間、まるで時が止まったかのように、ギークの表情が固まったかと思ったら……小鳥のさえずりのような声が彼の口から漏れる。
彼の目線の先に立つセオドーラは、強く口をつぐみながら……ポロポロと、大粒の涙を溢していた。
「お城での軟禁生活……御父様の教育……それは、わたくしにとっても苦痛以外の何物でもありませんでした。そんな折に、御兄様はわたくしの手を引いて外へ連れ出してくれました……この場所で沢山のご本を読み聞かせてくれました……それこそ、わたくしの唯一の救いであり、何よりの安らぎだったのです……」
「…………」
「そんな、沢山の救いと安らぎを与えてくれた御兄様を、わたくしは裏切った…………言い訳なんて、するつもりはありません……赦して欲しい、なんて言いません……ただ……ただ────『生きて欲しい』と、願うことを許して頂けないでしょうか……ッ」
「──ッ! セオ、ドーラ……」
「ごめん、なさいッ……こんなッ、出来の悪い妹でッ、ごめんなさいッ……御兄様……ッ」
罪悪感、不安、後悔……これまで溜め込んでいた感情が、一気に溢れ出てきたのだろう。
子供のように泣きじゃくるセオドーラの顔は、既に涙でグチャグチャになっていた。一方、そんな彼女を見ていたギークは、どうして良いのか分からないのか、唖然と立ち尽くしている。
「前リダウト王の殺害……異端協会の皆殺し……国民への圧政……それらを顧みれば、あなたが本当に王として優れているのかどうかは、正直のところ、首を傾げるところだと思う」
「……」
「これは、ワレの妄想だけど……それらの行為が『自暴自棄』によるものだとしたら……そこまで自分を見失う必要は、なかったんじゃないかな。だって────あなたは、あなたのままでも、こうして誰かを救うことが出来るんだもん」
「…………ッ……」
「もしも、あなたが今もセオドーラのことを大切に想っているなら……どうか、その心を忘れないであげて。あなた自身の幸せを見付けることが出来れば……きっと、あなたが一番なりたいあなたに、変わっていける筈だから」
「…………俺の、一番なりたい俺に……」
そう小さく呟いたギークは、もう一度セオドーラへと視線を戻す。
すると、まるで磁力に引き寄せ合うように、少しずつ、少しずつ、互いに寄り添っていった。
「セオドーラ……俺、は……」
「御兄様……」
どうやら、ようやく……。
リダウト王国にとって……いいや、彼女らにとって、大きな大きな第一歩を踏み出すことに成功したようだ。
情勢に変化こそ無いが……彼女たちの変化は、ここから先のリダウト王国に、大きな好転を生み出してくれる筈だろう。
そう思った……矢先のことだった。
「────やっと見つけたぜ」
何者かが、溜め息混じりにそう呟く。
直後。
バシュッと、何かが弾ける音が辺りに響いたと思ったら────セオドーラの身体に、鮮血が飛び散った。
「………………え……?」
「おにい、さま…………?」
「…………セ……オ……………………」
気付けば、ギークは自身の腹を手で押さえていた。
そこから、止めどなく血が流れ続けていて……彼は苦しそうな呼吸を、一度、二度、浅く繰り返すと……。
────そのまま、力なく地面に倒れ伏してしまった。
「────こんな隠れ場があったなら、前もって教えてくれれば良かった。そうすれば、痛い目に遭うこともなかったかも知れないのになぁ?」
そいつは、どこか優しげな笑みを浮かべ……リダウト兄妹だけの安らぎの地へ、足元の草花を躊躇なく踏み荒らしながら現れる。
その姿を目の当たりにした瞬間。
胸の奥底から……沸々と……怒りに似た感情が沸き上がってきた。
「────イミュテリエル……ッ!!」
─※─※─※─※─※─※─※─※─
安静にしていてと言い残していったイブキとセオドーラが、ギークを探しに行ってから、もうだいぶ時間が経ったが……あの二人、本当に大丈夫なのだろうか。
こんな時に、満足に動けないのはもどかしい。
そう思った私は、上半身を起こそうと力を込めるが……。
「はぁッ、はぁッ……ぐッ、く……ッ!」
動かせない……。
自分一人では、寝返りを打つのが精一杯だ。
全身が点々と黒く変色した部分に、全く力が入らない。まるで、その部分の神経が削ぎ落とされてしまったかのようだ。
かといって、無理矢理動かそうとすると……。
「うッ────ぉえぇぇぇぇ……ッッ!」
あぁ、最悪だ……。
身体の不快感に耐え切れず、胃の中の物が容赦なく逆流してしまう。
ベッド脇に吐いてしまった吐瀉物をボンヤリと眺めながら……私は、自身の情けなさを嘆いていた。
「オエッ……ゲホッ、ゲホッ……ハッ、ハッ……うご、けない…………くッ、そ、ォッ…………あき、らめてッ……たまる、か……ッ!」
こうして無様に喚いている間にも、彼女たちの身に、どんな事態が襲い掛かっているのか分からない。
そう考えると、何もせずに黙って寝ている訳にはいかなかった。
だが、どうすればいい……?
このままではただ嘔吐するばかりで、容態は一向に改善しない。しかし、私一人ではマトモに動くことも出来ないし、対応策を考えることも出来ない。
どうする……どうすれば……?
その時。
私は、まだ気付いていなかった。
外側からの侵入は不可能だと思われていたこの結界へと────静かに、忍び寄る者が居たことを。
「────どうやら、ここのようですね」
この作品に目を通して頂き、ありがとうございます!
もしも、少しでもこの作品が「面白かった」「続きが気になる」と思ったら、
ブックマークや、広告下の『☆☆☆☆☆』をタップもしくはクリックして、続話をお待ちください!




