あたしも、あいつも、お前も、『悪』
宿屋の外へ出てルコシャルを探すが……もう、何処にも彼女の姿はなかった。
だが、彼女が出ていってからは、そんなに時間は経っていない筈だ。その付近を出歩いている人が、彼女の姿を見ているかも知れない。
そう思って辺りを見渡すと……宿屋の入り口脇にあるゴミ置き場で、ゴソゴソと蠢く小さな影が……。
「──モグッ、ハグッ、もぐモグ……ッ」
見れば、どうやら幼い女の子が、ゴミをひっくり返してそこから出てきた残飯を貪り食っているようだ。
これも、リダウト王の圧政の末路と言えるだろうか。
これまで城下町を歩く中でも、通りの隅っこで膝を抱えて座っている、みすぼらしい格好の人物たちは何度も見てきたが……こんなにも幼い子供をも貧困に陥れるとは、もはや狂気の沙汰だ。
それはともかく……あの少女、何処かで見たことがあるような……。
そうして、頭の中にある記憶を呼び起こしていると、彼女の後ろから、年配の男性が叱責の言葉を飛ばした。
「──これこれ、ウリカ。道端の食べ物を拾い食いしてはいけないと何度も言っておるではないか」
「これ、もったいない……」
「きっと、この残り物の食物たちも、お前さんに見つけて貰えて幸福だったのだろうさ。しかし、まずは自身の身体をいたわることを覚えなければいけないよ」
「んー……よくわかんないけど、わかった」
少女は無邪気な表情で小さく首を傾げてから、散らばしたゴミを元に戻し始めた。そこへ、俺の視線に気付いた男性が、頭を下げながらこちらへ歩いてくる。
この二人……確か、ルコシャルと城下町を出歩いている時に遭遇した……。
「──おやっ。いつぞやの男の人ではありませんか。今日は、あの女の人は一緒ではないのですか?」
「あぁ、ちょっとハグれてしまって…………その子、娘さん?」
「いえいえ、まったくの赤の他人です。親御さんがいるのかも分かりません。ただ、放っておけばこうしてゴミ漁りをし始めるので、諌めている内に、一緒に居るようになっていました」
「世話焼き、なんだな」
「慣れれば可愛いものですよ」
そう言いながら、男性は顔にシワを寄せて微笑む。
笑顔で取り繕ってはいるが、本当はこの二人も、相当苦労した日々を送っている筈だ。どこかで景気が良くなってくれれば……なんて思ってしまうが、それは妖族側の存在が考えることではない。
不意に浮かんだ同情の心を押し殺し、話題を切り替えた。
「ところで。さっき言っていた女の人、何処かで見なかったか?」
「ははぁ。なるほど、道理で」
「うん?」
「いえね、先程その女の人がたった一人で歩いていくのを見かけまして。何やら険しい表情をしていたので、何かあったのか気になっていたのです」
「そうか……どっちの方角に歩いていったか分かるか?」
「そうですねぇ……あれは確か……」
────それから、数分後。
日が沈み、辺りが暗くなり掛けた頃。
男性に教えて貰った目撃情報を元に、ルコシャルの足取りを追い、王城から逆方向にある『古教会』という場所に辿り着いた。
今や人の手が届いていない、古ぼけた教会。
一体、いつからあるのかは不明だが……かつては、『大いなる意志』とか呼ばれる『三神』を奉っていたのだとか。
無道山の自宅よりも、おどろおどろしい雰囲気を醸し出している教会に慎重に足を踏み入れると────その中心地に、ルコシャルが背を向けて立っていた。
「──なんで追ってきたンだ、英雄?」
「今、外にはナビードとイミュテリエルの目がある。迂闊に出歩くのは危険だ。それに……」
「あン?」
「よく考えたら……結構一緒に行動しているのに、お前のことよく知らないなと思って」
「ンなこと知って、どうするってンだよ?」
「──さぁ。ただ、代闘者としては身内の事情くらい頭に入れておきたいもんだろ」
「誰が身内だ。勝手に仲間に入れンな」
なんか、全然打ち解けられない……。
敵対種族を嫌うのは当然ではあると思うが……彼女の場合は、少々異質な感情が入り交じっているような気がする。
それは……『孤高』、悪く言えば『孤独』。
誰かに理解されなくても、一向に構わない。例え一人になったとしても、自分の持つ目的は必ず果たしてやる……そんな暴走しがちな強い意志を感じるのだ。
まるで、そう……。
前世の俺と、似たような意志を……。
「────『大廻川の河童』……」
「──! 確か、『明朧会戦』で戦死したっていう……?」
「あの『河童』は……『鬼』や、『天狗』のように、優れた統率力を持っている訳じゃなかった。自らが先頭に立って皆を引っ張りたいなんてリーダー気質を持っている訳でもなかった。そんな奴が、何故『頭目』になれたと思う?」
「……何故だ?」
「────ただ、何よりも、誰よりも、『強かった』。その並外れた腕力も、その苦難に屈しない精神力も、覚悟も、懐の広さも……力自慢ばかりの大廻川の誰も、河童には敵わなかった」
「あのアジュラが、同じ頭目として一目置いていただけのことはある、ってことか」
「気付けば……大廻川の荒くれ共は、河童の後に付いていくようになっていた。そうして、リーダーシップも、協調性も欠片も無い、厄介な頭目が生まれちまったって訳だ」
「その力に惚れ込んで、次第に信頼を置くようになったんだな」
「頭の中まで力が全てな脳筋共の考えていることなンざ、あたしに分かるかよ」
「だけど、お前もそれと似たような感情があったんじゃないのか?」
俺の問い掛けに対して、ルコシャルは一度肩越しにこちらを見ると、何も答えずに鼻を鳴らして話を続ける。
「そんな河童が、『明朧会戦』で命を落とした。まとめ役が居なくなった大廻川には荒くれ者だけが残り、天狗連中も頭を抱える羽目になった訳だな」
「それだけ強い奴でもやられる程に熾烈な戦いだったんだな、その『明朧会戦』ってのは」
「────違ぇよ」
「違う? なにが?」
「あいつが死んだのは……戦死によるものじゃねぇ……あそこまで有利に動いた戦況の中で、あいつが戦いに負ける筈がねぇンだよ……」
ふと、ルコシャルが後ろ姿に見せたのは……苛立ち、そして憎しみ。
過去のトラウマが、その人の人間性を形作ることもあるというが……どうやら、その『河童』の辿った末路が、今のルコシャルを生み出したきっかけとなったのは間違いなさそうだ。
彼女は、屋根の穴から差し込む月明かりを仰ぎ見ながら、話を続ける。
「懐が広いって、言ったろ? 会戦より少し前……あの河童は、何処からか大廻川に流れ付いた、数人の『人族』を保護していたンだよ」
「人族を……?」
「周りは大反対だった。これから大きな戦が始まるって時に、人族なんて妖域に置いておくべきじゃない、ってな。だけど、人族の必死な懇願と、河童の言葉で、仕方がなくそいつを介抱することにした。そして、運命の会戦の真っ只中……その事変が起こったンだ」
「事変……まさか、『明朧会戦』で妖族の背後から襲撃してきたっていう『人族』ってのは……」
「──そう、河童が保護した『人族』どもだ。そいつらは、『ナビード』の扱う【呪術】によって、一種の『爆弾人間』になっていた。自らの命と引き換えに、里一つを消し飛ばす程のエネルギーを暴発させる、な」
「その爆発に巻き込まれて────河童は、死亡した……?」
「そして、河童っていう妖族の主力を失った隙を狙い、人族が一斉に妖域に雪崩れ込んできやがった。天狗の尽力で撃退したとはいえ、もう一人の頭目である鬼は拉致され、妖域は半壊状態……晴れて、歴史的な敗北を喫したって訳だ」
妖族が容易に背後を取られたのは、『河童』の死が原因だったのか……。
もしかして……あの時、アジュラが敢えて『討ち死に』という言葉を用いたのは……人族を庇って死んだ、というあるまじき事実を包み隠す為だったのかも知れない。
しかし、その『爆弾人間』とやらも気に掛かる……。
まさか、本当に自ら命を捨てる覚悟で、妖族を殺害するつもりだったのか……?
「その『爆弾人間』にされた『人族』……何者なンだか知っているか?」
「……いや」
「────あの『異端協会』だよ」
「──!」
「恐らくはリダウト王国から、命からがら逃げてきた連中だったンだろ。必死に助けを乞いていたよ、助けてくれ、匿ってくれ……ってな。確かに、そこに悪意は無かったンだろうさ。だけど、結果的にこちらは史上最悪の被害を被る羽目になった」
「異端協会も、妖族も、人族も……ことごとく、ナビードに利用されていたんだな」
大きな出来事の裏側に、必ずといっても良い程に身を潜めている『ナビード』の影。
奴らが何を考えて行動しているのかは不明だが……異端協会を皆殺しにして、妖族を半壊にまで追いやった張本人だ。少なくとも、人々にとって友好的な組織とは思えない。
「──だから、『ナビード』だけが『悪』……なんて下らねぇことは言わねぇよな、英雄?」
「なに……?」
「悪意のある悪、それ以上の『悪』は無ぇが……悪意の無い『悪』、それもまた『悪』である事実に違いはねぇ。ナビードも……爆弾人間にされて死をばら蒔いた異端協会もっ……この国の、目の前の現実から目を逸らしている愚民どももッ────どいつもこいつもクソみてぇな『悪者』ばかりだッッ!!」
そう怒鳴りながら、こちらを振り返った時……彼女の顔は、ドス黒いまでの『憤怒』と『殺意』に染まっていた。
その面持ちは、鬼と呼ぶことすらも生温い。
まるで、地獄から這い上がってきた悪魔のような形相を浮かべていたのだ。
ルコシャルは……何よりも『悪』を憎む。
自らの居場所をメチャクチャにした『悪』を、その手で根絶しようとしている。
仮に、このまま彼女を野放しにしておけば……本当に、この地にいる人族を皆殺しにしてしまうかも知れない。
「それは……」
「──『お前が言うな』ってか?」
「──!」
「だがなぁ────それはてめぇも同じだぜ、『異世界の英雄様』よぉ?」
「……何が言いたい?」
「昨日、お前が魔女を助けに行っちまったところで、ハッキリした。このままお前を放っておけば、いずれ、妖族は破滅の一途を辿る羽目になる。そうなる前に……」
そう呟きながら、ルコシャルは自身の手に古ぼけた槍を顕現させた。
本来ならば、敵なんて一人も居ない筈のこの場所で、彼女は唐突に臨戦態勢を取り……手にした槍よりも鋭利な視線で、真っ直ぐに『俺』を睨み付けていたのだ。
すると……。
「────ここで、あたしが殺してやンよ」
そこで反射的に、ルコシャルの腕が槍ごと消失していることに気づく。
いいや、違う────既に、『来ている』。
「──!!」
視界の端で影が僅かに動いたことを認識した俺は、その場で素早く屈むと……ルコシャルの槍が、俺の髪をギリギリ掠めて、頭の上を薙ぎ払ったのだ。
まるで、鞭のように。
彼女伸長した腕によって薙ぎ払われた槍は、恐ろしい遠心力で背後の壁を切断し、その衝撃で崩壊させた。
なんという強烈な一撃だ……。
「チッ、惜しい。あとコンマ一秒速けりゃ────首を跳ばせたンだがよぉ?」
「……そうかよ」
完全に、臨戦態勢だった。
もはや話し合いは無駄だと判断した俺は、崩壊した壁から溢れ落ちる瓦礫を────強気で『蹴り飛ばす』。
同時に。
蹴り飛ばした瓦礫の飛翔速度に匹敵する速さで駆け出し、ルコシャルと一気に距離を詰める。
そして、その顔面を狙って、握り締めた拳を振り絞るが……。
「──甘ぇよ」
「──!」
弾丸のごとく蹴り飛ばした瓦礫が……強気で突き出した拳が……ルコシャルに直撃した瞬間。
────全て、外れる。
当てた感覚は間違いなくあった。
しかし、インパクトの瞬間……拳が彼女の顔を『滑る』ように、大きく軌道が逸れてしまったのだ。
まるで、こう……『油』でも殴り付けたかのように。
「────驚くのは、まだ早ぇぜ?」
目と鼻の先で、ルコシャルがニタリと不敵な笑みを浮かべた瞬間……。
────突如、全身に強烈な脱力感が襲い掛かってきた。
何が起きたのか理解するより前に、彼女は俺の胸元をなぞるように、その華奢な手を這わせると……逆の手で、ギュッと拳を握る。
「この感覚……お前、『いつから』……?」
「何言ってやがる────最初っからだぜ?」
そう言って一層深い笑みを見せ付けたルコシャルの顔を目の当たりにしたと同時に……彼女と、初めて出会った時のことを思い出す。
まさか……。
あの時、俺に馴れ馴れしく『触れてきた』のは……。
これまで、事あるごとに俺に接触してきたのは……。
俺の身体に、【呪術】を馴染ませる為だったのだしたら……。
「────『使わせて貰う』ぜ、お前の【力】」
そして。
ルコシャルが【それ】を振り絞った拳を、容赦なく、俺の腹にぶち込んだ瞬間……。
────俺の身体は……。
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この世に、『悪』を持たない人間は居るのでしょうか?
心当たりのある方はコメントで教えてください………………っていう、それっぽい雰囲気を醸し出す作者の戯言でした。




