拒絶を贈る
ベッドに横になっているニリアンの身体には、未だに【呪術】の影響が残っているようだ。
顔面の右側半分、左腕と右半身、右脚と左足……それらの部位が真っ黒に染まっており、まるで神経が欠落しているかのように感覚が無く、満足に動かすことが出来ないという。
上体を起こすにも、誰かに支えて貰ってようやく、といった具合だ。
起きていても、寝ていても、身体が気持ち悪いので、いっそのこと気を失っていた方が楽であるほどらしい。
「──それで? お前たちはあのイミュテリエルが何をしようとしているのか、知らないのか?」
「いえ……わたくしたちも、イミュテリエルの名を聞いたのは初めてな位ですから……」
「そうね。ただ、あいつが何を企んでいるのかは────城下町封鎖の一件で、何となく分かってきた」
「──!」
ベッドで上体を起こしているニリアンは、顔面の黒ずんだ部分を手で押さえながら、強い意志を持ってこう続けた。
「鍵となるのは────『人族の代闘者』よ」
「『人族の代闘者』……それって、イミュテリエルの話、だよね?」
「あれはあくまで偽物。重要なのは……あいつが『人族の代闘者』って『肩書き』を、十二分に活用しているってこと」
「『肩書き』を……?」
「今現在、圧政を強いるリダウト王への、住民からの信頼は最悪の状態よ。そんな中で人族の代闘者は、傷心中の住民たちに寄り添う姿勢を見せ、次第に人々からの圧倒的な支持を得ていった。今や文字通り、『異世界からの英雄』として、誰もが彼のことを称え、信仰すらしている」
「『支持』、『信仰』…………はぁン、なるほどな。だからイミュテリエルは、逃亡したリダウト王を捕まえようとしているのか」
「どういうこと……?」
ニリアンの話を聞いていた、窓際に腰掛けるルコシャルが何かを察した様子で呟く。
「────『国家転覆』」
「え……ッ!?」
「城下町閉鎖の様子を見る限り、リダウト王国の大半の兵士ですら、『人族の代闘者』に寝返っているンだろうな。今や人々の認識は、代闘者が『英雄』であり、リダウト王が『逆賊』。そんな状況下で、リダウト王が民衆の目前で首を落とされれば……」
ルコシャルが自身の首をトントンと叩きながら言うと、セオドーラが深刻そうな面持ちで、一度小さく頷いた。
「──はい。そうなれば、当初から民衆の信頼が厚い、『人族の代闘者』……つまり────イミュテリエルが、『新たな王』として、ログマリット城下町の実権を握ることになってしまうのです」
「そ、そんな……!」
(つまりは『公開処刑』、か……モヤモヤするな……)
かくいう俺も、前世で公開処刑をされた身だ。
リダウト王という『悪』を見せしめに殺すことで、リダウト王国とログマリット城下町に秩序を取り戻す……それが、正しいのか間違っているのかは……正直、経験者としてもハッキリしない。
だが間違いなく、良くも、悪くも、歴史の大きな分岐点になる。
「ルコシャル様の言う通りです。今、御兄様……リダウト王の権力も兵力も、大半が『人族の代闘者』に奪われている状況です。万が一にも捕縛されてしまったら……もう、抵抗しようがありません」
「……」
「イミュテリエルをこのまま放置していては、人族……いいえ、他の種族にもどんな影響を及ぼすか予測がつきません。ですから……妖族の皆さま、代闘者さま────あの者を止める為に、皆さまの手を貸して頂くことはできないでしょうか……?」
改めて、セオドーラが俺たちの顔を見渡してから、深々と頭を下げた。
まさか、リダウト王家の兄妹両名から協力をお願いされることになろうとは……ニュアンスこそ違えど、やはり血は争えない、というべきだろうか。
彼女のプライドを捨てた懇願に対して、やはり、ルコシャルがあっさりとそれを切り捨てた。
「────ハッ、冗談じゃねぇよ」
「──ッ!」
「お前らが何に翻弄されようが、どンだけ無様に死に晒そうが、どうでもいい。むしろ、願ったり叶ったりだぜ? 戦争の相手が、勝手に脱落してくれようとしているンだからよ」
「ぅッ……く……ッ」
セオドーラの言い分は、分からないこともない。
彼女らが相手にしようとしているのは……城下町に居る人々、反旗を翻した兵士……彼らを懐柔し、人族の代闘者をも打ち倒したとされる怪物だ。
多勢に無勢……その野望を阻止するのは、限りなく難しいだろう。
なら、例えプライドを捨ててでも、敵対種族の力を借りるしかない……そうせざるを得ないほどに、リダウト王家は瀬戸際まで追い込まれている。
しかし、俺たちは友達などではない。
ほんの数時間前に会っただけの顔見知りに過ぎない関係性だ。
そんな相手を助けてやる義理はない……ルコシャルの主張も、当然といえば当然の事実なのかも知れない。
ただ。
世の中には居るのだ────理屈や義理では動かない、不思議な存在が。
「──ルコシャル、そんな言い方は無いんじゃないかなぁ……?」
「──ハァ? ンだよ、何でお前が声をあげンだよ、鬼ぃ?」
「確かに、おかしいのかもねぇ……だけど、ワレは……このまま人族の人たちがイミュテリエルに、ナビードに支配されるのは……納得出来ない」
突如横やりを入れてきたイブキに、ルコシャルは明確な敵対心を持って迫り、目と鼻の先で睨みつけた。
「あー……そういや、お前は元々人族出身なンだったっけな? この機会にハッキリしたらどうなンだ? 『自分には、妖族よりも人族の方が大切なんです』ってよ?」
「ワレにとっては、妖族は大切な存在だよ。だけど、ニリアンやセオドーラにとっても、人族は大切な存在なんだ……それを天秤にかけるなんて……そんなの、絶対におかしい」
「──それじゃあ何も変わりゃしねぇンだよッ。最後に生き残るのは、ただ一つの種族だけだッ。人族を助けた見返りに、妖族が滅ぼされる危険性だってあンだぞッッ」
「──違う。戦って生き残ることが前提なんて……その考えこそが、根本的に間違っているんだよ。戦いとか殺し合いなんて……最初っからやらない方がいいに決まっている」
それから、互いに火花を散らして無言で睨みあっていたが……。
「──下らねぇ。お前みてぇな頭のイカれた奴と話していても時間の無駄だ、あたしは降りるぜ」
「ルコシャル……」
ルコシャルが舌打ちをしながら顔を逸らし、とてつもなく苛立った形相で部屋から出ていってしまった。
再び、部屋の中に流れる重い空気。
特に、真っ正面から要請を切り捨てられたセオドーラは、心苦しそうな様子で項垂れていた。
「……」
「お前の言っていることは、きっと間違いじゃない。現状を考えれば、それが敵対種族であろうと、少しでも助力を求めることは重要な判断だ」
「代闘者様……」
不意に俺の吐き出した言葉に、セオドーラは恐る恐るこちらはと視線を向ける。
そこで、俺は彼女と真っ直ぐに目を合わせてから、こう言い放った。
「だけど。それだけじゃあ────ただの甘えだ」
「え……」
「自分達だけじゃどうしようもならない……だから、他の強い奴に頼るしかない。分かるか? お前たちリダウト王家は、もう諦めているんだよ……自分の力で戦うことを」
「──!」
「生きること、戦うこと……それを諦めた赤の他人を、わざわざ助けてやる義理はない。現状を変えたいと思うなら、まずはその無責任な願いに身を委ねるのは辞めろ。生きることも、戦うことも────願望を乗り越えた先でしか、行使することは出来ないんだから」
いずれにせよ……このままでは、リダウト王家は確実にイミュテリエルの手に落ちる。
俺の見限った言葉を受けたセオドーラは、今にも泣き出しそうな顔で、激しく呼吸を乱していた。そんな彼女に背を向け、俺もその場から立ち去ろうとすると……イブキが後ろからこう尋ねてくる。
「英雄さん。ワレは、もう少しここに居てもいいかなぁ……?」
「大丈夫か?」
「うん。ごめんねぇ、自分勝手で……」
「それは、お互い様だろ」
「……うん」
今は下手に動くよりも、この結界の張られた部屋に居た方が安全だろう。
そう判断した俺は、複雑な表情を浮かべるイブキと互いに頷き合ってから、その部屋を後にする。
一人で外へ出て行ってしまった、ルコシャルを追って……。
─※─※─※─※─※─※─※─※─
はてさて。
そんなやり取りを交わして残ってしまった訳だが……一体、どうしたものか。
部屋の中では、先程のエルマの言葉でしっかりと打ちのめされてしまった、ニリアンとセオドーラが暗い顔をして沈んでおり、とてつもなく重苦しい空気が流れている。
エルマとルコシャルの言う通り、ワレにも彼女たちを庇う義理はない。
しかし、どうしても放っておけなかった。
かつては、ワレにもどうしようもない時があった……絶体絶命の危機に瀕した時があった……今の彼女たちは、あの時と同じ状況だと……そう思ったから。
「………………た……」
「ん……?」
そこで、ふとセオドーラが何事かを呟く。
それを辛うじて聞き取ったワレは、彼女の呟きに耳を傾けようとすると……セオドーラはガバッと顔を上げてから、ワレの前で膝をつき、額を床を擦り付けるようにして土下座してきたのだ。
「────申し訳ありませんでした……っ!」
おぉ、なんと綺麗な土下座なことか……なんて感心している場合ではない。
「えっ、えっ、ど、どうしたの? なんで急に謝っているの?」
「まさにっ……まさに、代闘者様のおっしゃる通りですっ……これは、我ら人族が死力を尽くして解決に当たる問題っ……それを他の種族に頼るなど言語道断でありました……っ!」
「あー、えっとぉ、少し落ち着いてぇ……ねっ?」
「そして何よりも、その行為は────ニリアンや、オーム様、人族の皆様を、裏切る行為に他ならないこと……ようやく、理解しました……申し訳、ありませんでした……っ」
「ぁ……」
直ぐに分かった……誠実な人だ、と。
自分の過ちを直ぐに受け入れ、反省すべきことは反省し、それを改善出来るように努める。
それに……きっと、誰よりも仲間思い。
特に、オームとニリアンへの信頼感は、とても深いものがあるように感じた。あんな風に、誰かに思われたら……きっと、嬉しいんだろうな、なんて思ってしまう程に。
すると、彼女の堂々たる謝罪を見ていたニリアンは、溜め息混じりに制止の声を投げ掛けた。
「はぁ……あんたって子は本当に真面目ね、セオ。別に、頭まで下げる必要はないでしょ」
「ニリアンっ……で、ですが……っ」
「いーいから。それに、わざわざそんな大袈裟なことしなくても……このお節介な鬼には、ちゃんと伝わると思うわ」
「ありゃっ、勘がいいねぇ」
こちらの魂胆はしっかり見抜かれていたみたいだが……二人の様子を見る限り、わざわざ心配する必要もなかったようだ。
彼女たちは、もう既に立ち直っている。
目の前の現実を、ちゃんと見据えている。
普通ならば考えられない立ち直りの早さは、こちらの方が面食らってしまう程だ。だからこそ、気になる……彼女たちの、普通とは違う『強さ』は何処からやってくるものなのか、と。
「二人は、人族の代闘者……その、オームさんっていう人と、どういう関係なの? 随分と信頼しているみたいだけれど」
「えっと、それは……」
「ニリアン、大丈夫。もしも不審な行動を取ったら、私が燃やし尽くすだけだから」
「怖ぁ……」
いけないいけない……ワレも、セオドーラのように誠実な態度でいなければ、ニリアンの手で火炙りの刑に処されてしまうかも知れない。
そんな恐怖心を覚えながら、次はどんな脅迫が飛んでくるのかと身構えていると……。
「──恩人なのです、あのお方は」
「──! 恩人……?」
「まぁ、そんなところね。あの適当さ加減にはウンザリする時もあるけれど」
「あはは……だけど、そんなオーム様に、わたくしは何度も励まして貰った記憶があります」
「へぇ~……」
やっぱりだ……。
オームのことを話している時のニリアンとセオドーラは、不思議と楽しそうな顔をしているような気がする。
異世界の存在と敬遠されていたとしても、彼の存在は、二人の胸の中にしっかりと刻まれているのかも知れない。
「あいつとの付き合いはもうそんなに短い訳でもないから、あいつがどんだけ桁違いの強さを持っているのかも、何となく分かっている」
「本当に……あのお方と出会ってからは、驚かされてばかりでしたね」
それは分かるぅ……。
実際に、ワレも一生分は仰天させられた気がするし……。
「えぇ。それに……」
「セオ……?」
「こうして、イミュテリエルの【呪術】を実際に受けて、思ったのよ。やっぱり、『有り得ない』……あの馬鹿が、この程度のことでくたばる筈がないって……」
「えっ……それって、もしかして……」
イミュテリエルと初めて遭遇した時から、エルマが口にしていた違和感。
ニリアンとセオドーラが、絶え間ない苦痛の中でずっと抱いていた疑惑。
恐らく、それもニリアンの憶測に過ぎなかったのかも知れない。
すると、彼女が考えるように口にした言葉に、彼女自身が驚いた様子で弁明し始める……何処か恥ずかしげに、その頬を少しだけ赤く染めて……。
「…………あ、いやっ、違うのよ? 別に、期待しているとかじゃないからっ……あんなヤツ、居なくなった方が清々するっていうかっ……だから、その……そういうんじゃない、から……」
「……ふふっ」
そんな魔女らしからぬ可愛らしい反応に、ワレも思わず笑みを溢してしまうのだった。
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