天より降り立った『代弁者』
やはり、か。
最初に対峙した時から、何となく違和感を覚えていたが……。
あの程度の不意打ち一発をマトモに食らい、もう動かなくなってしまうとは────あまりにも、弱過ぎる。
そもそも、俺は【無殺】という【具念】を有している為、意図的に他人を傷付けることは出来ない。だが、その衝撃で転んでしまったりして、何らかの二次災害に見舞われてしまった場合は別の話だ。
俺は、ただ彼の顔面を、横に思い切り動かしただけ。
つまり、彼はあの程度の受け身すら取れず、モロに床に叩き付けられてしまったということだ。
とてもじゃないが、同じ代闘者を名乗る程の実力を持っているとは思えない。
いや、今はそれよりも……。
「あっつぅ……」
やたらと長い廊下を、今にも焼き尽くすそうと燃え盛る『青い炎』。
熱いような、寒いような……不可思議な感覚を覚える空間で倒れ込む魔女、ニリアンの姿。そんな彼女の元に、一緒にやって来たイブキとセオドーラが慌てて駆け寄っていった。
「──ニリアンっ!」
「生きている!? 大丈夫!?」
「ぅ……セオ……鬼、まで……? あんたら……どうして一緒に……私は、逃げろって、言ったのに……」
「恨み言なら後で聞きます! 今は、とにかく脱出いたしましょうっ!」
「英雄さんっ! こっちは大丈夫だよっ!」
「分かった」
まだ余裕があるように振る舞っているが、イブキも、セオドーラも、ニリアンも、この異常な空間に居るだけで辛そうにしているように見える。
俺も早く彼女らに手を貸し、なるべく早く逃げ出そうとした……その時だ。
『──酷いことするよな、まったく』
呆れたような声が飛び込んでくると同時に……床に倒れていた偽物が、ゆっくりと立ち上がった。
弾かれるように、彼の方へ視線を向けると……その場に居た全員が驚愕して目を見張る。
立ち上がった彼の首が、まるでハリボテ人形のように────直角に、折れ曲がっていたからだ。
「な、に……?」
「ひッ、ぃ……ッ!?」
「どんな人体構造しているんだ、お前は?」
『──この身体は俺の物であって、俺の物じゃない。ただ、それだけのことだぜ?』
そう言ってほくそ笑む偽物は、自身の頭を掴み、ボキンッと鈍い音を立てながら、余裕綽々と首を元に戻す。
気味が悪い光景を目の当たりにして、ふと、イブキが何かを思い出したように、こう呟いた。
「ねぇ、英雄さん。これって……あの時、ドクター・ラスが使っていた、【呪術】と同じなんじゃ……?」
「なるほどな。『人族の代闘者』を手に掛けたことといい、【呪術】を利用していることといい、段々と話が繋がってきた……」
『ほう……?』
「つまり、お前は────『境界なき世界連合』、『ナビード』の構成員だな?」
『ナビード』……まさか、人域でもその名前を聞くことになるとは……。
現時点で、『代闘者』に次いで警戒しなければならない組織の出現に、俺は警戒心を強くして、目の前でニヤリとほくそ笑む偽物を睨み付けた。
『──ご名答。流石に冷静だな、妖族の代闘者』
「あの時は、『鬼』の力を利用していたな。今回は、何を企んでいる?」
『──阻もうってつもりなら、もう遅いぜ?』
「うん……?」
『──これで、欲しいものは全て手に入れた。後は、それらを釜の中で一つに混ぜ合わせるだけだ。なぁ、簡単な話だろう?』
どういうことだ……?
彼の言葉の真意が分からずに眉を潜めると、背後から、突然セオドーラの悲鳴のような声が上がった。
「──ニっ、ニリアン……っ!?」
「──!」
反射的に、肩越しに後ろを向くと……ニリアンの仮面が外れており、素顔が露見していた。
しかし……。
「ハァッ、ハァッ…………ぁ……?」
「どう、なっているの……? ニリアンッ、顔が……ッ!?」
その顔面の半分が────まるで、絵の具で塗り潰したように、『黒』で染まっていたのだ。
これまで見たこともない不気味な光景に衝撃を受けていると、偽物が、まるで高揚感を抑え切れない様子で笑い声を漏らし始める。
『──ふふっ。悪かったわねぇ、「中途半端」に取っちまって。だが、こちらとしては……これで充分なのよ、ふふふっ』
「──!」
そちらへ目を向けてみれば……更なる悪夢が、姿を現す。
俺たちの目の前に立っていたのは、まるで悪意に染まったかのようなニヤけた顔を浮かべる────もう一人のニリアン、だったからだ。
「──ニリアンが……二人……? な、んで……?」
「これって……そんな、まさか────ニリアンの体を、奪い取ったっていうの……!?」
「それが、お前の使う【呪術】とやらか……?」
以前にドクター・ラスも、キナの死体に【憑依】して、その身体を乗っ取っていたこともあった。
そんな現象を起こすことを可能とするならば……他者の身体を【奪取】する……それもまた、不可能ではないのかも知れない。
『ふふっ、これは「足掛かり」に過ぎないわ。だがこれで、俺たち「ナビード」がこの世界を支配することが出来る。そして、その時こそが────お前たちの最期と成るのよ』
「──!」
偽物はそう言ってほくそ笑みながら、こちらへ背を向ける。
『以後お見知りおきを……憎たらしくも偉大なる、代闘者よ。俺は、「十四番目の代弁者」────イミュテリエルだ』
即座にその後を追おうとするも、目の前に燃え盛る瓦礫が落ちてきて、一瞬だけ視界が途切れる。
その間に、イミュテリエルの姿は炎の中へ、完全に行方を眩ませてしまった。
「イミュテリエル……十四番目の、代弁者……?」
『────オイ、貴様らぁっ!! これ以上は空間が保てんぞぉっ!! さっさと出てこいぃぃぃぃッ!!』
突如、空間全体にガウスの声が鳴り響く。
どちらにせよ、このままでは後を追いようが無い……そう判断した俺たちは、ニリアンに手を貸して、その空間から脱出を図るのだった。
─※─※─※─※─※─※─※─※─
『天族』……別称、『神意の守護者』。
世界の深き禁忌より出でし『深族』と対をなす存在とされており……『創造神ソウラー』の意に従い、世界の調律に務める者たちだ。
彼らは『クレスボアの目』という、『世界全体を見渡せる』世界観測所で、常に下界の様子を見守っている。
今日この日、『クレスボアの目』にて。
天族の代闘者、ラゥ・コードがその観測所の情報を閲覧していた。
彼女の周囲には、下界に関する情報の数々が、文言や図形のホログラムとなって空間に表示され、絶えず変わり続けている。
その数、毎秒幾千万……いいや、幾億にも及ぶ膨大な情報郡だ。
視界を埋め尽くす程に流れ続ける情報の波……常人ならば、演算能力が追い付かずに、卒倒してもおかしくはないだろう。そんな異空間のど真ん中で、ラゥ・コードは平然とその情報郡と睨み合いを続けていた。
「──イミュテリエル、か……」
幾ら巧みに素性を隠しても、クレスボアの目を騙し通すことは出来ない。
少なくとも、リダウト王国の人族よりも早い段階で、その正体に気付いていたラゥ・コードは、彼に強い関心を向けていた。
「──『天族』でありながら、『ナビード』に心を売った裏切り者。もはや、あの者は『天使』の役割から深く堕落した罪深き存在、『堕天使』と言えるでしょう……この、私と同じ様に」
そんな彼女の元に、情報の荒波の中を涼しい顔で歩いてくる小柄な少女、ロノウェルスが現れた。その背中には、ガラスのような光沢感のある、半透明の大きな黒い片翼を生やしている。
ラゥ・コードは彼女の方を見向きもせずに、背中で尋ねた。
「奴は、何故人域に?」
すると、ロノウェルスは、絶えずに流れ続ける情報の中で手を伸ばし、正確にイミュテリエルの情報だけをスワイプさせながら素早く答えた。
「──仔細は不明です。ただ、今イミュテリエルの手元には、五つの【力】が全て揃っています。それらを利用して、何らかの企てをしているのは明白でしょう」
「ふむ……」
「────始末しますか?」
そう言明したロノウェルスの目には、まるで死刑執行人のように残忍で冷たい気配が漂っていた。
それは、『殺戮』の真意を理解した瞳だ。
見るだけで背筋が凍り付くような鋭い目付きを前に、ラゥ・コードは一切狼狽えもせず、小さく首を横に振った。
「ナビードの行いは、世界の『理』から大きく外れている。それを天族の『調律対象』としてしまえば、更なる混沌が生まれる危険性があるだろう」
「しかし、『御姉様』……このまま奴の愚行を放って置いては……」
「無論、捨て置くつもりはない。仮に、あの地に生きる人族が、このまま混沌の釜に煮え堕ちてしまうようならば……」
そう語るラゥ・コードは、目の前に表示されたリダウト王国の画像へとゆっくり手を伸ばしながら……こう、断言した。
「────天族の代闘者たる私が、リダウト王国もろとも、奴を跡形もなく消滅させる」
次の瞬間。
それを握り潰すようなジェスチャーを取ると、彼女の目の前に浮かぶ画像は、粉砕し、光のチリとなって消失してしまうのだった。
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