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 他種族の壁が軋轢を生む


 空から落下してきたイブキに急かされ……俺たちは、その『隠れ家』とやらに入った場所へと走りながら、彼女から事の詳細を聞き出していた。


「──つまり、リニアンとオーム……あの『遺恨の魔女』と『人族の代闘者』は、元々何らかの親しい関係性にあったかもってことか?」

「うん。だから、リニアンは許せなかったんだと思う……人族の代闘者の名を騙る、あの『偽物』のことを」


 そして、今……その魔女と偽物が対峙している。


 イブキが言うには、まるで『今生の別れ』のようだったらしく……。


 もしかすると────自身も死に、偽物を道連れにするつもりかも知れない、という話だった。


「その『偽物』が、『異端協会』の生き残りをしつこく追いかけ回しているのも気になンな。それに、あのリダウト王は人族の代闘者……つまり、『偽物』の排除を英雄に願い出てきた。と、いうことは……」

「前リダウト王、そして『異端協会』のメンバー……それらを皆殺しにしたって事件には────あの『偽物』が関わっている可能性が高いな」


 そうした幾つもの問題が錯綜する中でも、今のところ、俺が個人的に一番分からないのは……オームのことだ。


 俺たちと同じ代闘者である『あの男』が、そう簡単にくたばるとは思えない。


 あの偽物が、異常なまでに強いという可能性もあるが……それにしては、なんというか……言葉に出来ない、妙な違和感がある……。


 考え過ぎなのだろうか……。


「──ここっ! ここの路地裏の壁に穴が開いてっ、そこから中に……入ったんだけどぉ……」


 辿り着いた場所は、本当にただの路地裏だ。


 先程までリダウト王と一悶着起こした場所と、なんら変わりはない。


 何処を見渡しても、『隠れ家』とやらの入り口なんて何処にも見当たらなかった。


「なぁ、英雄。お前、【魔術】は使えねぇの? 『魔女』ってことは、【魔術】を使って何かしたってわけだろ?」

「魔族の代闘者なら何とかしたかもしれないけど、生憎、【魔術】に関してはからっきしだ」

「使えねぇヤツだな、代闘者のくせに」

「……散々な言われようだけど、うん、すまん」


 この短い期間でどんな交流が成されたのかは不明だが……他の種族である筈のニリアンと、随分と仲良くなっているようだ。


 妖族である自分たちではどうしようもない事態に、イブキは酷く困惑した表情を浮かべる。


 そこへ……。



「────『隠れ家』は、もうそこにはありません」



 俺たちの背後から、フードで顔を覆い隠した少女が話しかけてきた。


 フードを外すと、金髪碧眼な美少女の色白い顔が現れる。体格はイブキと同じくらいの小柄で、何処か気品溢れるような落ち着いた佇まい。その穏やかな口振りで発せられる言葉を聞くと、まるで彼女に意識を持っていかれるような、不思議な感覚を覚える。


「そこの、『鬼』の方。貴女様が隠れ家から放り出された後────『魔女』は、『隠れ家』をこの空間から切り離してしまいました。あの『人族の代闘者』を、二度と外へ出さない為に」

「それって……っ」


 どう足掻いても、ニリアンを救出することは────不可能。


 それを察したイブキは、視線を落として強く拳を握り締める。ただほんの少し会話を交わしただけの相手に、そこまで自分の感情をぶつけることが出来るのか、と……彼女の懐の広さが見て取れる一瞬だった。


 一方、突然声を掛けてきた女を警戒するルコシャルは、鋭い目付きで彼女を睨みながら尋ねる。


「そういうおまえは、何者だ?」

「わたくしの名は、セオドーラ・リダウト・クィンラン────現リダウト国王、ギーク・リダウト・クィンランの、妹です」

「──! つまり、『王女殿下』? そんな高貴な人が、何でこんな所に……?」

「『王女』、という訳では……」 


 セオドーラは、少し戸惑った様子で目を逸らすと……それを見たルコシャルが、当然のごとく疑いの色を深めていく。


「あン? なんで言い淀むんだ? そもそも、本当に国王の妹なのかどうかも怪しいぞ。それに、仮にリダウト王国側の人間だとしたら、異端協会の魔女は敵の筈だろ?」

「──人族の代闘者……オーム様は、わたくしの恩人……そして、ニリアンは、わたくしの親友です」

「──!」

「これ以上、悲劇が繰り返される前に……今、リダウト王国で起こっている負の連鎖を食い止めなくてはなりません。ですから、彼女の覚悟を無駄にしない為にも────『お願いします』、話だけでも聞いて下さい……」


 どんな立場であるにせよ、敵対種族である妖族に対して『お願い』するだなんて、一体どれだけの覚悟を振り絞っていたのだろうか……。


 セオドーラは、今にも泣き出しそうな顔で、深々と頭を下げていた。


 「信じられない」と言いたげに、ルコシャルはそれを見下ろしていたが……イブキは直ぐに彼女に寄り添って、その小刻みに震える肩を撫でながら頭を上げさせる。


「──本当に、無理なのかな……このまま、放っておくしか…………って、英雄さん?」

「────方法はあるぞ」

「え……っ!?」

「な、何を言っているのですか……? ニリアンの扱う魔術は、わたくしたちのような凡人では到底理解出来ないような高度な術です……それを破るなんて……それこそ、『魔族』の方々でないと……」

「だから、その『魔族』に頼ろうって話だ────なぁ、そこでコソコソとしている二人組?」


 そう呼び掛けると、その場にいる全員の視線が路地裏の更に奥へと向けられる。


 すると、闇に紛れた物陰から二人の人影が現れ、片方の小柄な人物が仁王立ちになって、こちらを見据えてきた。


「──気付いていたのか。相変わらず油断のならない男だな、湊本エルマ」

「どうもお久し振り、『魔王様』」

「どうも、とはなんだっ! どうもとはっ! この魔王たる我が誉めておるのだぞっ! もっと光栄に思えっ! そして我にひれ伏せぇっ!!」

「──イヤです」

「貴様ぁッ! この無礼者がぁッッ!」

「まぁまぁ、ガウスさま」

「ぐぬぬぬぬぬ……ッ」


 ガウス・デーモ・ハンナヴァルト。


 この小さい魔王様も相変わらずの剣幕だ。


 ただ、あのリダウト王と比べると、裏表を感じさせない雰囲気であって分かりやすいのが、むしろ安心感を与えてくれる、と言うべきか……。


 その粗暴ぶりも、彼の後ろに立つミオがしっかりと静めてくれる中、セオドーラは衝撃を受けた様子で目を見張っていた。


「──ま、まさか……『魔族の代闘者』と、『魔王』……っ!? 魔族の者が、何故リダウト王国に……っ!?」

「あはは……なんか、あの闘い以来だねぇ……」


 一方、イブキは若干笑みを浮かべるものの、その顔の節々からは複雑な心境が見え隠れしていた。


 当然だろう。


 彼女らは数日前、ナビードと共謀して、本気で妖族を滅ぼしに掛かってきた連中だ。


 直接的な関係はなかったとはいえ、イブキからすれば、自分の母親を亡くした戦いでもある。それでも安易に飛び掛かっていかない彼女の精神力は、尋常ではない強さを秘めているように感じる。


「──それで?」

「話は聞いていただろう? 『遺恨の魔女』が、【魔術】を使って隠れ家とやらを隔離したらしい。お前たちなら、何とかすることが出来るんじゃないのか?」

「──造作もないことだ。どれだけ優れた【魔術】であろうと、所詮は我ら魔族の真似事。なんなら、今すぐにこの場で道を開いてやってもいいぞ」

「──! ほん、とうに……?」


 瞬間、セオドーラの顔に熱が戻ったように見えた。


 『親友を見捨てるしかない』……そんな選択肢しか無かった絶望的状況に、『助けられるかも知れない』という新たな希望が生まれたからだろう。


 ただ、助けられると決定した訳ではない。


 問題はむしろ、ここから先……まだ、辛うじてスタート地点に立っただけだ。



「──ちょっと待てよ、英雄」



 しかし、そこへ容赦なく横槍を入れる者が現れた。


「ル、ルコシャル……?」

「……なんだ?」

「まさかとは思うが……『助けにいく』なんて言うつもりはないよな? 『魔族』の力を借りて? 見ず知らずの『人族』を助けるってか? オイオイ、笑わせンな────おまえ、誰の味方だよ?」

「──俺は、妖族の代闘者だが?」

「なら、助ける義理はねェよな? 今、人族は限りなく弱っている。六種族の一角が、勝手に自滅しようとしてンだ────妖族側のおまえが、それをわざわざ阻んでくれンじゃねぇよッ!」

「……ッ!」


 ど正論、としか言いようがない。


 今、俺がしようとしていることは……間違いなく、自身の守る妖族に対する反逆だ。妖族の窮地をわざわざ助長する、愚か者の行為だ。


 そればっかりは、ルコシャルの言い分が十割方正しいと言えるだろう。


 そんな彼女の怒りに顔を滲ませ、脅しのように吐き出した怒号に気圧され……その場には、重苦しい空気が流れる。


 だが──。


「──誤解の無いように言っておくけど、別に、俺は『魔女』を助けに行くつもりはない」

「え……?」

「事態の裏側で、全部操っている気になって、調子に乗っているヤツを────個人的にぶん殴りに行くだけだ」


 









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