信頼の形
それは、遡ることほんの十分前。
『魔女の隠れ家』に連れ込まれていたワレは、『異端協会』の『魔女』から不可思議な問答を受けていた。
ワレにとって、妖族の代闘者とは、何か……。
その哲学的な問い掛けに対して、ワレは無言で考えてから、ようやくこんな答えを絞り出した。
「──正直のところ、よく分からない」
「分からない?」
「あなたみたいに、『信じられない』とも言い切れないし……自身を持って、『信じている』とも言い切れない、かなぁ」
「その程度の認識で、よくあんな異質な存在と一緒に居られるものね」
「でもね? 彼のことを────『信じたい』とは思っているんだぁ」
「『信じたい』……? 私は、あんた個人の願望を聞きたい訳じゃないんだけれど」
「だって、最初に彼のことを裏切ったのは────ワレの方だったから」
「え……?」
ナビードの捕虜だったワレは、ある意味で内偵として彼の身元に入り込んでいた。
その思惑は、彼の鋭い洞察力で見抜かれてしまった訳だが……立場的に考えれば、最初に彼を陥れようとして騙していたのはワレである事実には、違いはない。
「だけどね? 彼は、ワレの罪を責め立てることもしないで、見返りも求めずに、黙ってワレの境遇を救ってくれた。そして、妖族のことをその身一つで守ってくれた」
「……」
「確かに、ワレは『代闘者』のことについては、何も知らない。それに、ほら。彼って端から見ると、誤解されやすいし、ちょいと分かり辛いところがあるからさぁ」
「それじゃあ、結局曖昧じゃない。『信じている』訳でも、『信じていない』訳でもないなら……どうしてあんたは、あの代闘者と一緒に居られるわけ?」
「────『信じたい』と、思わせてくれるからだよ」
「──! 『信じたい』……?」
それを聞いた魔女が、何やら少し驚いた様子で短く息を漏らした。
何か……思い当たる節でもあったのだろうか……。
「希薄、って思うかも知れないよね。だけどワレは、後になって裏切られても、期待外れな結果になったとしても、どうでもいいんだよ────ワレは、彼という存在を『信じたい』。ワレにとって、妖族の代闘者っていうのは……そう思わせてくれる、不思議な存在なんだ」
「……『信じたい』と、思わせてくれる、か……」
「もしかして、さ……あなたも、『同じ』なんじゃないの?」
「──!」
「世間の言葉や、常識に流されるんじゃなくて……あなたの、その心の中にある感情……それを信じてあげても良いと思う。ワレも、彼にそう教えて貰ったから」
異世界の部外者だとしても、正体が分からない不確定な存在だとしても……そんな彼に救われ、守られたからこそ、今、ワレはここに居る。
その事実がある限り、ワレの主張は揺らぐことはないだろう。
そして、その境遇はきっと……目の前に立つ『遺恨の魔女』も、同じなのかも知れない。
「──あんた、名前は?」
「ワレは、イブキ。妖族の、古地伊吹鬼だよ。あなたは?」
「………………あたしは、ニリアン・サルナーヴ。ここ、リダウト王国では『遺恨の魔女』と呼ばれている」
「不思議な感じ……なんだか、あなたとは仲良くなれそうな気がするなぁ」
「あのねぇ……あたしは人族、あんたは妖族、本質は敵同士でしょ。仲良くする義理はこれっぽいも無いのよ」
「ふふっ。まぁ、それはともかく。さっき言っていた、異端協会の話って……」
『異端協会』、『皆殺し』とは……随分と、穏やかではない話題が飛び出してきたものだ。
エルマやルコシャルも話していたが、今、このリダウト王国で起こっていることは、不可解な点が多過ぎる。だが、その当事者であるニリアンに話を聞けば、事の詳細が明かされるかも知れない。
そう思って、彼女に問い掛けようとした……その時だ。
「────そちらの『鬼』の言う通りだ。仲良くしようぜ、『遺恨の魔女』」
突如、聞き覚えのない声が聞こえたと思ったら……ワレの背後で、何かが軋むような音が鳴り響く。
「──!」
「……いよいよ、ここまで乗り込んできたわね……」
慌てて振り返ると、風景を引き裂きながら現れた、一人の男。
『空間を引き裂く』……それはまるで、あの時の妖域で、エルマとミオが闘った時と同じような事象だった。
つまり……。
「まさか、あの人が……?」
「そう────『人族の代闘者』よ」
「もう、いい加減に俺を信じてくれよ。短い間だけでも、これまで苦楽を共にしてきた仲じゃないか。なぁ?」
あれが、オーム……人族の代闘者。
まるで友に語り掛けるような馴れ馴れしい口振りで、少しずつこちらへ歩み寄ってきた。
しかし、ニリアンは冷たい態度で、彼を突っぱねようとする。
「──悪いけれど。例えどんな言葉を投げ掛けられたとしても……人族の代闘者、あんたのことは何があっても『信じない』」
「あの、これは聞いた話なんだけれど……もしかすると、あの人は……」
『偽物』かも知れない……。
その情報を投げ掛けようとした時、まるで『分かり切った』ような口振りで、ニリアンはこう断言した。
「──分かっている」
「え……」
「私、決めたわ。これからは、何があってもあいつのことは『信じない』。例え、もうこの世界には居なかったとしても……私が、本当に『信じたい』のは────あいつであっても、あいつじゃない……ッ!」
そう語るニリアンの口振りは、これまでとはうってかわって、強い意志が込められているように感じた。
もう、迷わない。
もう、惑わされない。
言葉の節々から、そんな覚悟が伝わってくるような発言に、オームは呆れた様子で溜め息を吐く。
「──はぁ……どうして、そうなっちまうのかねぇ……そんなこと、断言されちまったら────ここで、二人とも始末せざるを得なくなるだろうが」
「……!」
瞬間、オームが『敵対心』を剥き出しにした。
確かに、彼は『偽物』なのかも知れないが……『人族の代闘者を倒した』という事実から考えると、その実力は、あのエルマをも大きく上回る可能性だってある。
そんな奴を敵に回すのは……正直、命知らずとしか言いようがない。
「──ごめんなさいね。あんたを、こんなことに付き合わせちゃって」
「え……っ?」
「あんたらは、早くこのリダウト王国から脱出して。こいつらの問題は、私たちが解決するから」
「ちょっと待って、どうするつもり……?」
ニリアンの発言に驚いて、彼女の方へと視線を向ける。
彼女は少しだけ視線を落としながら、ワレの足元を真っ直ぐに指差すと……。
「まぁ、最期に……それなりに有意義な話が出来たことは、感謝しとく────ありがとうね」
「ニリアンっ、待っ────わぁっ!?」
最後の最後に、とても柔らかい言葉を投げ掛けられたかと思ったら……突如、ワレの足元に、大きな黒い穴が開く。
突然の出来事に、逃げ出すことも出来ず。
そのままワレは、穴の中……異空間の外へと放り落とされてしまうのだった。
─※─※─※─※─※─※─※─※─※─
王国に仇なす『危険因子』として、リダウト王の手で、異端協会の皆が皆殺しにされた時────私は、ただ一人だけ、たまたま生き残ってしまった。
残ったのは、強烈な怨念。
リダウト王を、この手で殺してやろうと思ったが……『それが出来ない理由』があったから……。
────私は、荒れに荒れた。
まるで、八つ当たりするように……とにかく感情のままに、全く関係のない者を相手に、リダウト王国のあちこちで大暴れし続けた。その内に、周囲からは『人族の裏切り者』だの、『遺恨の魔女』だの、そう呼ばれて恐れられるようになっていた。
身体がボロボロになっても、神経をすり減らしても、私の中にある怨念は晴れない。
やがては、疲れ果ててしまった。
行き場の無い感情に翻弄され続けた結果、身も心も廃れ果てて……遂には、「私も、協会の皆の後を追ってやろう」なんて決断をした時に……。
────あの『男』と、出会ったのだ。
「────死ぬには、まだ早いぞ」
誰も入ることが出来ない筈の『隠れ家』で、一人孤独にくすぶっていると……そいつは唐突に乗り込んできて、上から目線でそう提案してきた。
最初は、ただの雑音に過ぎなかった他人の声。
耳を傾けるどころか、意識を傾けることすらしようとしていなかった。
しかし。
「生きることの意味も、歩むことのも意味も、何もかも失ってしまったというのならば────この俺様が、それを与えてやろうじゃないか」
そいつの、喧しい声と、目映いまでの存在感は……何故か、私の胸を叩いた。
孤独と、怨念と、絶望……影で染まった負の感情を、極限にまで光満ちた正の感情で、明るく照らしてくれたのだ。
「さぁ。俺様と一緒に来い、ニリアン。お前にも見せてやる────俺様の見ている、偉大な景色をな!」
そう言って、一切の遠慮も無しに差し出された手を……気付いたら私は、まるですがるように、掴み返していた。
それからしばらくの間、私は彼と行動を共にすることになった。
────人族の代闘者、オームと共に。
時折、その破天荒な行動力に度肝を抜かれながらも……異世界にて、『王』として大成を遂げた存在と……これまで、体験したこともない刺激的な日々を送った。
その中で、私は……。
ほんの少しだけでも……。
怨念や孤独を、忘れることが出来ていた……のかも知れない、と……。
─※─※─※─※─※─※─※─※─※─※─
「こうしてお前と関わってしまった以上、今、このリダウト王国に居る部外者は誰一人として生かして置くわけにはいかなくなった……残念なことだ」
「────【命令だ】・【我が憤怒よ、我が遺恨よ、燃え盛る氷炎となれ】」
全くの部外者にまで手を出そうとするオームを前に、私は大きく目を見開く。
直後、私が口内から『白い息』を吐くと────私の全身と、廊下一面が、一斉に燃え上がった。
火属性と水属性による【結合魔術】。
万物を焼き付くす────【青炎】によって。
「青い、炎……?」
「理解してんのよ、『代闘者』との圧倒的な実力差は。あんたをぶっ倒して、無事に逃げようなんて、思い上がったことをするつもりはない」
「ほぅ?」
「だけど、一応こちらも幾多の戦争を戦い抜いてきた『異端協会』の端くれ。例え、この身が滅びたとしても────せめてあんただけは、ここで道連れにしてやる」
私の意志が、覚悟が、強まっていく度に……私の全身から、この空間全体から、発火する【青炎】の勢いが増していく。
常人ならば、即座に卒倒してしまうであろう超高温環境である筈だが……。
人族の代闘者は一切揺らぐことも無く、ニヤリと不敵な笑みを浮かべてから、こちらを見据えていた。
「────なら、やってみな?」
「────その下らない『真似事』も、ここまでよ」
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