飛んで火に入る鬼の子
相変わらず客足が少ない喫茶店、シャッド・セルヴ。
ロアと共に避難してきたワレは、カウンター席で『珈琲』というかなーり苦い飲み物を啜りながら、マスターとこんな会話を交わしていた。
「今のリダウト王が即位したのって、ワレがナビードの捕虜になるよりも前からってことだよね? じゃあ、その前は? 結構平和な王政が敷かれていたの?」
「あなた、元々人域の出身だったのでは?」
「随分前の話だよぉ。その頃に人域がどうだったかなんてもう覚えていないってばぁ」
長い年月が経てば、古い記憶は儚く消えていってしまうモノ……つまりは、そういうことだ。
ワレの適当な返答に対して、マスターは呆れた様子で溜め息を吐く。そんな態度を見せつつも、せっせと食器類を拭きながら、こちらの疑問にしっかりと答えてくれた。
「前リダウト王……ゴットハルト・リダウト・クィンランの時代は、良くも悪くも、とても強大な王国として世界に名を馳せていましたよ」
「『異端の王』と呼ばれて、多くの人々から称えられていたっていうのは、結構有名な話ですよね」
「へぇ~。今は、全然そんな感じしないんだけど……なんで、その頃はそんなに強かったの?」
「元々人族は、遥か昔から、他の種族と異文化交流を積極的に行う種族でした。その中で、人族でありながら、他の種族の【能力】を習得する者たちが現れたのです」
「それって、つまり……人族なのに、【魔術】とか、【妖術】とか、別の種族の力を使えちゃうってこと?」
「その通りです。彼らは、他種族との戦争において、そういった【能力】の知識を駆使して幾多の武功を上げた、いわば『対種族のスペシャリスト』────またの名を、『異端協会』と呼ばれていました」
『異端協会』……そういえば昨日、エルマとルコシャルが『魔女』と呼ばれる人物に遭遇したとか言っていたような気がする。
そんなことを思い返した時……。
コンコンッ、と小さなノック音が表から聞こえてきた。
「──ん?」
「おや、お客様でしょうか? ロアさん、見てきて頂けますか?」
「あっ、分かりました。はーいっ、いらっしゃいませー!」
ノックなんかしないで、普通に入ってくれば良いのに、などと文句も垂れずにわざわざお客様を迎えに行くロア……優しい子だ、まさにウェイトレスの鏡である。
そんな後ろ姿を見送ってから、話題を『異端協会』へと戻す。
「今は、引退しちゃったのかな? 少なくともワレが見てきた戦争で、その『異端協会』の名前は聞いたことが無かったけれど……」
「いえ、今も活動を続けていますよ────人族の『裏切り者』として、ね」
「──『裏切り者』? な、なんで……? だって、その人たちって前リダウト王と協力して戦った、戦争の功労者なんでしょ?」
「それはですね、こう、何といいますか……」
「……?」
何やら、マスターにしては珍しく少し言い淀んでいた……。
その時だ。
彼の言葉を遮るように、『別の人物』が、衝撃的な発言を投げ掛けてきた。
「────皆殺しにされたのよ、あのギーク・リダウト・クィンランの手でね」
聞き覚えのない声に、反射的に振り返る。
そこには、全身を覆い隠すローブと、鍔の広いとんがり帽子を被った、仮面の人物が立っていた。
彼女は魔方陣らしきモノが発生している手を、ロアの方へ向け、今にも【魔術】を放出させようとしていた。
「マ、マスターッ……イブキちゃん……ッ」
「噂をすればなんとやら────『異端協会』の、『遺恨の魔女』のようですね」
「──ロアに、何をするつもりかなぁ?」
店内に漂う、張り詰めた空気感。
予想だにしなかった来訪者の襲撃に、ワレは警戒心を剥き出しにして、『魔女』を睨み付ける。
「──見て分からない?」
「やってみればぁ? もしロアに手を出したら────その瞬間、あなたの首をへし折るから」
「……」
「……」
飛び出す準備は出来た。
『魔女』が何かしでかそうとした瞬間、距離を詰め、あの細い首を鷲掴みにして一気にトドメを刺してやる。
しかし……何故、『魔女』がこんな所に……?
今一つ、真意が把握し切れない緊迫した状況下で────『魔女』は、静かに口を開いた。
「そこの『鬼』────あんたと、話したいことがある」
「む……?」
「イブキちゃん……?」
「──ワレ、に……?」
誰もが、耳を疑った。
当然ではあるが、あの『魔女』とは完全に初対面だ。
しかもこちらは、『異端協会』の存在をたった今知ったばかりだというのに、どうして……?
「──付いて来なさい」
ワレが疑問を投げ掛けるより前に、魔女は手を下ろしつつ、さっさと店から出ていってしまった。
明らかに、不自然だ……嫌な予感しかしない。
もしも彼女が、何らかの悪意を持っていたとしたら……わざわざ彼女に付いていくのは、飛んで火に入る夏の虫も同然。
そんなリスクを犯して、彼女の言う通りにするのは、こちらには何のメリットもない。
だが……。
「ロア、マスター……もし、ワレの帰りが遅かったら、このことをソーマに伝えておいてくれるかなぁ?」
「え……!?」
「本気ですか?」
「──うん。ワレ、ちょっとあの人と話をしてくるから」
後で、エルマに怒られちゃうかも……なんてことを考えながら、ロアとマスターにそう言い残して、ワレは魔女の後を付いていくことに。
元から路地に面したシェッド・セルヴよりも、更に薄暗い路地裏へ。
完全に人の目が無くなった静かな通路で、魔女は立ち止まると、その華奢な手を何の変哲もない壁へ向かってかざす。
すると。
目の前の強固な石の壁が、渦巻くように蠢き始めたのだ。
「えぇぇ……っ?」
まるで、ペーパーアートのような……。
明らかに自然な動きではないが、何処か神秘的にも見える不思議な光景に目を奪われ、唖然と立ち尽くしていると……魔女の目の前には、空間が捻れたような『黒い穴』が出来上がっていた。
彼女は躊躇もなく中に足を踏み入れると、こちらへと手招きしてくる。
「──入りなさい」
「いやぁ、そしたら出る方法分からないんだけどぉ……?」
「話が終われば出してやる」
「うわぁ、全っ然信用出来ないなぁ……」
「あっそ。言うこと聞けない奴を、無事に帰してやる義理はないんだけれどね」
「それ、もう選択肢が無いヤツだよねぇ……?」
問答無用だ……。
付いてきたからには最後まで付き合え、という脅迫染みた意志が感じ取れた。
仕方がない、と勇気を振り絞って穴に飛び込む。
「──ここ、は……?」
その先に広がったのは、『廊下』だった。
両手を広げても届かない位の幅はある豪邸並の広さに、数え切れない程の多種多様な形をした扉が立ち並んでいる。
そして、何よりも……『長い』。
目を凝らして見ても、何処までも、何処までも、一直線に先へ続いている、長い長い『廊下』。一体、どんな構造の建物だろうと、ふと背後を振り返ると……先程入ってきた筈の穴は、既にそこには無かった。
(ひぇぇ……案の定、閉じ込められちゃったんですけどぉ……)
もう、逃げられない。
出る手段すら検討もつかない『不可思議な廊下』の真ん中で、こちらの方へ向き直った魔女は、ワレにこんなことを尋ねてきた。
「単刀直入に聞く。あんたにとって────『妖族の代闘者』って、何?」
「……へ? 代闘者って、なんで……?」
「別に隠す必要はない。前に、あんたらが一緒に行動しているのを見ている」
「なんで、そんなこと聞くの……?」
「──これは警告よ。もし、大した思い入れが無いなら、さっさと手を引いた方がいい。アイツらは、所詮この世界にとっての『部外者』。自分の為ならば、平気で他者を裏切る……それが、代闘者なんだから」
部外者、裏切り……。
そう語る魔女の口振りには、憎悪や憤怒と共に……どこか、物悲しげな感情もあるように感じられるのだった。
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