英雄様を讃えよ
おいおい、マジか……。
こんな人通りの多い場所のど真ん中で────堂々と、彼らを『斬り殺す』つもりか……?
「──ちっ、どいつもこいつも」
「……!」
それは、一瞬の出来事だった。
ルコシャルが舌打ちをしながら忽然と走り出す。
すると、何処からともなく、やたらと年季の入った『ボロボロな槍』を手中に顕現。
そして、容赦なく剣を振り下ろした兵士の前に躍り出ると……その重厚な一撃を、槍の柄で一切の狂いもなく受け止めたのだ。
「なッ、なんだ貴様ッ、何処から……ッ!?」
「──こんなガキと老いぼれを相手に、偉そうに手ぇ上げてンじゃねぇよ」
そう威嚇しつつ、動揺する兵士の剣を弾き飛ばす。
続けて、地面に付けた石突を支点に跳び上がり……その硬そうな兜で覆われた顔面を、思いっ切り蹴り飛ばした。
──ガツンッ! と、強い衝撃で兜は大きく凹むと、兵士は一言も発することも出来ず……そのまま地面に倒れ伏してしまった。
なんという、身軽な身体捌きだ。
しかも、その一撃一撃が重い。
「お、おい……あいつ、なんてことを……!」
「リダウト王家に歯向かうとか、馬鹿じゃないの……!?」
「命が要らねぇのか……?」
その一連の事態を前に唖然と立ち尽くすのは、兵士の凶行を見て見ぬふりしていた野次馬たち。
彼らの視線を浴びていたルコシャルは、酷く苛ついた様子で声を張り上げた。
「なに見てンだ、てめぇら……見せ物じゃねぇよ────散れぇッッ!!」
いきなり怒鳴られた野次馬たちは、ビクッと竦み上がり、一斉に逃げ出していく。
彼らの情けない姿を一瞥したルコシャルは、苛立った様子でもう一度舌打ちをしてから、襲われていた老人と幼女へと視線を向けた。
「──ほら。ボサッとしてねぇで、そのガキ連れてどっか行け」
「お、おぉ……なんと、なんと礼を言ったらよいか……!」
「いいから、さっさと行け。また絡まれても知らなねぇぞ」
「あ、ありがとうございます……!」
「……」
そんなやり取りを交わしてから、老人は幼女の手を引っ張り、俺の脇を通って走り去っていった。
さて、一先ず大事には至らなかったが、兵士を蹴り倒してしまった始末はどう付けるのか……と、ルコシャルへと向き直った、その時だ。
「──ん?」
「あ、あれは……っ!」
「い、『異端協会』だッ────『遺恨の魔女』が現れたぞぉぉーーッ!!」
彼女の頭上の背後に、一人の人物が浮遊していたのだ。
体格はルコシャルよりも少し小柄で、性別は女、だろうか。風でたなびく黒いローブ、鍔の広いとんがり帽子。いわゆる、『魔法使い』のような外見の人物は、顔面を仮面で覆い隠していて表情を窺うことは出来ない。
「────【命令よ】・【万物よ、凍り付け】」
ルコシャルが振り返った、その時には────彼女の眼前に、巨大な『氷塊』が出現。
普通の人間よりも遥かに巨大な氷塊は、明らかな敵意を持って、ルコシャルへ向かって落下してきた。
「で、けっ……まさか、【魔術】か……ッ!?」
「──『これ』、借りるぞ」
「んぴゅっ!?」
即座にルコシャルの前に割り込んだ俺は、彼女の咥える棒を引ったくると……。
【蓄積】の力を振り絞り────氷塊を狙って投擲。
一糸違わず、一直線に飛翔する棒は、氷塊に直撃。
その衝撃で、棒が欠片も無く四散すると共に────氷塊は、木っ端微塵に粉砕した。
「「「え……えええええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇッッ!!?」」」
「──ただの棒で、私の【魔術】を……?」
流石に、派手にやり過ぎたか……。
眩く光を反射する氷の雨が降り注ぐ中、周囲の野次馬たちは一斉に驚愕の声を上げていた。
「…………って、おぉいっ! なに邪魔してンだ、英雄!」
「その呼び方、シーっ」
一応助けに入った筈だったのに、何故か怒りの矛先を向けてくるルコシャル。
彼女が勢い余って余計なことを口走らないように、やんわりとたしなめていたところで……。
「──何の騒ぎかと思えば、派手にやってんなぁ?」
そこへ、横やりを入れる『人物』が現れた……その背後に、無数の兵士たちを引き連れて。
見た目の齢は、三十代前後。
俺よりも長身であるが、身体回りは若干細め。まさに『貴族』の名が相応しい、豪華な装飾が成された服で着飾っており……堂々と大通りの真ん中を歩く姿は、他の者にはない貫禄すら感じさせる。
「あ……あぁぁ……っ! あの『お方』は……っ!」
「やはり、来てくださった……!」
「我らの『希望』よっ……我らの『英雄』よっ……そのお慈悲に、感謝致します……っ!」
彼の姿を見た途端に、周囲の野次馬が一斉にザワつき始めた。
一瞬の内に皆の視線を釘付けしてしまった男は、宙に浮遊する魔女を見上げながら、何処かフレンドリーな口調で声を掛ける。
「──よぉ、また国の兵士をコテンパンにしてくれたみたいだな」
「……」
「これで、ざっと百人は越すか? お蔭様で、兵士も国民も酷く怯えているぞ、『魔女に出会ったら殺される』ってな」
「……」
「──俺たちは、争いを望んでいる訳じゃねぇんだ。だから、そんなカリカリしてねぇで、もっと仲良くしようぜ? なぁ、『遺恨の魔女』」
『遺恨の魔女』……どうやら彼女は、このリダウト王国では随分と名の通っている人物のようだが……二人は、顔見知りなのだろうか……?
そんな疑問が湧き出てくると同時に、魔女の方は『強い敵意』を剥き出しにしながら、男へと脅し掛けた。
「この国で勝手なことを続けるようなら、ただじゃ済まないわよ────『代闘者ども』」
「──!」
そう吐き捨てて、魔女は建物の向こう側へと鳥のように飛び去ってしまった。
それを眺めていた男は、溜め息混じりに、手早く後ろの兵士たちへと命令を飛ばす。
「────追え、逃がすな」
「「──はっ」」
兵士たちは、洗練された動きで一斉に散開。
それを見届けた男の方はというと、民衆の視線を浴びながらゆっくりとこちらに近付いてくる。
すると、俺たちの足元で倒れる兵士が、助けを求めるように手を伸ばしながら彼の『名前』を口にした。
「オ、『オーム』様……ッ」
「おう。災難だったな、大丈夫か?」
「こ、このような無様な姿を晒してしまい、申し訳ございませんッ……どう、責任を取ればいいのか……ッ」
「そう思うなら、次で挽回してくれりゃそれでいい。だが、お前もリダウト王国の名を背負っている兵士の一員だ。その栄誉に掛かる責任の重さを、今一度考え直すべきなんじゃないのか?」
「は……ははッ! 誠に有り難きお言葉……ッ! 感謝致します……ッ!!」
オームの投げ掛けた優しさと厳しさが織り混じった言葉に、兵士は素早く姿勢を正して、地面に頭がめり込むような勢いで土下座した。
それを眺めていた民衆からは……。
「なんて、素晴らしい光景だ……」
「『英雄』様……素敵なお人……」
「『英雄』様ーーっ!!」
彼の行いを称賛するような声が、あちらこちらから上がる。
何と言うべきか……人間性の違いが出ている、というか。俺の妖域での扱いとは雲泥の差がある、なんて思わず苦笑いを浮かべてしまう。まぁ、もしも自分がこんな称賛の渦の中心にいたら、息苦しさで窒息死してしまうかも知れないが……。
「よし。誰か、こいつに手を貸してやれ。俺は、少々話をしたいヤツがいる────なぁ、『妖族の代闘者』?」
(おいおい、アッサリとバラすなよ……)
それを聞いた民衆が、再び一斉にざわめき始める。
「よ、妖族の代闘者……ッ!?」
「な、なんで、そんな奴がリダウト王国に……っ!?」
「ま、まさか、妖族が攻め込んで来ているんじゃ……っ」
堂々と表に出てきた俺にも非はあるとはいえ、こんな人の目がある場所で堂々とバラしやがって……と、憤るよりも前に。
俺は、彼の馴れ馴れしい態度に対して、反射的にこう返していた。
「────『俺の事を知っている』のか?」
「おいおい、何言ってんだよ。同じ代闘者の顔を、もう忘れちまったのか? 俺だよ────『人族の代闘者』だっての」
確かに、こいつは……『人族の代闘者』だ。
姿形も、口調も、全て……あの時、『代理対談』で初めて出会ったオームと全く同じ。『外見』だけ見れば、疑う余地も無いと断言できる。
だが、何故だろう……。
こいつを見ていると……どうしても、猛烈な『違和感』を覚えてしまう。
「まぁ、俺にはそれを否定する証拠も無ければ、そもそも、『オーム』のことを全て理解している訳でも無い。だから、これは俺の勘に過ぎないんだけどな?」
「何言ってンだ、英雄……?」
「こちらの堪忍袋の緒が切れる前に、一応、念の為に、もう一度だけ聞いておくぞ────お前、『何者』だ?」
ざわつく民衆に聞こえないように声を抑え、そして、威嚇にも似た低い声で……目の前にいる『男』に、そう問い掛ける。
そいつは、少しの間だけ顔を硬直させて立ち尽くしていた。
しかし。
直ぐに何かを諦めたように溜め息を吐くと、ニヤッと不敵な笑みを浮かべながら、更にこちらへ歩み寄ってくる。
すると……。
「今はちょいと取り込み中でな。外からの面倒事に構っている暇は無ぇんだよ。だから、悪いことは言わねぇ。さっさと、人域から出ていってくれねぇか? さもないと……」
「さもないと?」
「────お前も、あの『人族の代闘者だったヤツ』と、同じ末路を辿ることになるぞ?」
「────へぇ?」
人拐い、ルコシャル、リダウト王家、異端協会、魔女、人族の代闘者……そして、それを『騙る』者……。
どうやら。
現在、この人域では……俺の想像を遥かに凌駕する程の、奇怪な異常事態が起こっているようだ。
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