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《 period 2 - 1 》 美食に種族隔たり無し



 大通りから離れた路地に、『シャッド・セルヴ』という小さな喫茶店がある。見るからに客足も少なく、繁盛しているとは言い難い様子であり、知る人のみぞ知る隠れ家といった感じの店舗だ。


 その喫茶店でウェイターを勤めるエプロン姿の少女、ロア・レルオスの先導で店内に入る。


 すると、正面にあるカウンターから、眼鏡を掛ける長身の中年男が来店を迎えた。


「いらっしゃ……おや、あなたは……」

「──マスターっ! 久し振りぃっ!」


 イブキが慣れ親しんだ様子でカウンターに駆け寄ると、マスターと呼ばれた男は、そっけない態度でグラスを吹き始める。


「ふぅ、誰かと思えば……久々に喧しい人が来たものですね」

「ふふっ、マスターは相変わらず辛辣だねぇ」

「あなたこそ、良くも悪くも相変わらずの様子で。後ろの方は?」

「どうも、初めまして」

「彼の名前は、『ソーマ』。今、妖域で居候している人なんだよぉ」


 『ソーマ』こと、湊本エルマです。


 『偽名』を使っている理由は、単純明快。他所の代闘者が他所の領域に堂々と乗り込んできたら、間違いなく大騒ぎになってしまうからだ。


 まぁ、それでもただの急凌ぎの策に過ぎない。


 幸いにも顔は割れていない為、少し顔を隠して偽名を使っていれば、ある程度誤魔化していられるようだが……果たして、それもいつまで騙し切れるものか……。


「左様ですか。ようこそいらっしゃいました、ソーマさん。どうぞ、ゆっくりとおくつろぎ下さい。ロアさん、お客様をお席へ」

「あっ、は、はいっ!」


 ロアに案内された窓際のテーブル席に腰掛けると……頬杖をついて、ボンヤリとカウンターで談笑しているイブキ、ロア、マスターの姿を眺める。


 話によると……この喫茶店は、イブキが捕虜として人域に来ていた時によく利用していた、憩いの場だったらしい。そこで、ロアやマスターには大変お世話になったのだとか。


 『国境なき世界連合』……通称『ナビード』。


 奴らからの命令で妖域に戻ってからは、まったく連絡を取っていなかった為、一度直接会って現状報告をしておきたかったとのことだ。


 別に今じゃなくてもいいのではないかと思ったが────「なんか、胸騒ぎがするんだよねぇ」とイブキが呟いていたのを聞いて、俺も同行を買って出る。『人族の代闘者』のこともあった為、アジュラも渋々許可を出し、二人で正体を隠して人域にやって来た……という流れだ。


 懸念はあったが、今のところ悪いことは起きていないし、イブキも楽しそうに会話しているし……それも杞憂で終わりそうな気がしてきた。


 そう、何も起きさえしなければ……。



「────いい雰囲気のお店ですよね、ここ」



 それは、突然背後から掛けられた言葉。


 背中合わせに座る『そいつ』に、俺は溜め息を吐いてから言葉を返した。


 まったく……つい数日前に、『殺し合い』をした間柄とは思えない話しぶりだ。


「──まさか、ここでまたおっ始めるつもりじゃないよな、『ミオ』?」

「いえいえ。私も、少しばかり気になってしまったので、『あのお方』のことが」


 魔族の代闘者、ミオ。


 どうやら彼女も、『人族の代闘者』の動向が気になっているらしい。


 いいや、恐らく彼女だけでなく、他の三人の代闘者も同等の疑惑を抱いた筈だ────「何故、あいつが?」と。


「どう思う?」

「──さぁ。ただ、あのお方はラゥさまと同様に、代理戦争には『否定派』の意見でしたから。心変わりでもしたのでしょうかね?」

「そんな簡単に心変わりする奴じゃないとは思うんだがな……」


 そう、なのだ。


 『人族の代闘者』は当初から代理戦争は否定派であり、他人に流されて意見を変えるような柔い人種じゃない……と思っていた。とは言っても、『彼』と話したのはほんの一日程度。


 それだけでは、彼の真意を見抜くのは難しいだろう。


 だが、もしも彼が本格的に闘いを挑んでくると言うのならば……こちらも、相応の覚悟をしておく必要がある。


「──お客様。珈琲セットをお持ちしました」


 そこへ、唐突に。


 目の前にやって来たマスターが、俺とミオの前にそれぞれ、珈琲のカップとサンドイッチのセットを静かに置いてきた。


「──マスターさま?」

「頼んでないんだけれど……」


 俺もミオも、マスターの冷めた顔を見上げて首を傾げると、彼は少し声を殺しながら、こんな忠告を投げ掛けてくる。


「軽々と内情を口にするのは控えた方が良いかと。特に今は、お二人のような────『代闘者』の話題には、誰もが敏感になっていますから」


 それだけ言って、マスターは再びカウンターへ戻っていった。


 こちらは一切素性を話していない。それなのに、こんなにも早く見抜いた上に……『代闘者』を前にしながらも、あの堂々とした佇まい……とても、ただの『喫茶店のマスター』とは言い難い。


 しかし、彼は「出ていけ」とは言っていない。


 恐らくこの料理は、一種の意志表示なのだろう……「お前らが何者であろうが、ここでは俺のルールに従え」と言いたげな、力強いメッセージを感じた。


「あははっ。私、このお店、気に入っちゃったかもしれないです」

「俺も、同感かも…………」


 互いにそう呟きながら、俺は目の前に置かれたサンドイッチにかぶり付く。


 同時に。


 ピシャァッと頭の中に鋭い電撃が走り、思わず全身が硬直した。


「エルマさま?」



「──これ、めっっっっっっっっちゃうまい」



 シャキシャキとした新鮮な野菜と、分厚くてジューシーな肉が、柔らかくて舌触りのいいパン生地にギッシリと詰め込まれていて……一口一口の満足感が半端ではない。口の中で食材が踊っているような幸せな快感に浸っていると、背後からはミオの「んん~~っ!」と歓喜の声が聞こえてくる。


 あぁ……これ、最高かも……。


 ただ一つ気になったのは、この味付け。


 以前に、自宅でイブキが作ってくれた料理と似ているような気もするのだが……気のせいだろうか。







─※─※─※─※─※─※─※─※─






 往古盆地、ホコロビの里入り口にて。


 平時と同じく里の警備に付いていた餓鬼衆の二人、『首無し』のスズヒコと、『猫男』のルキが腰掛けに座り、お椀に入った汁粉を啜っていた。


 舌触りが滑らかで鮮やかな小豆色のお汁、弾力感のあるモチモチとした一口サイズの丸餅、立ち上る湯気から漂う胃袋を鷲掴みにするような甘い香り……見ているだけで食欲を促進させるお汁粉である。


「はぁ~~……お汁粉うんめぇ~~……」

「ホントッ、えぐッ……お嬢のッ、作ったのはッ、全部美味いッスッ、ひぐッ……」


 スズヒコがほんわかした様子でお汁粉を堪能する中、何故か、ルキの方はボロボロと涙と鼻水を垂らしながら号泣していた。


「感極まり過ぎだろ……どうした、お前……」

「だっでッ……しばらく里を離れるからっでッ、わざわざ作り置きを作っといてくれるなんてッ、優し過ぎじゃないっすか……ッ! もうッ、感激しちゃってッ……うぅぅぅぅッ……自分ッ、一生お嬢に付いていくっすぅぅぅ……ッ!」

「一応言っておくが、あの人は盆地の頭目でもねぇし、餓鬼衆の代表でもねぇからな? あんま、余計な重荷を背負わせんじゃねぇぞ?」

「──肝に命じておくっすぅぅぅッ!!」


 グイッとお汁粉を勢い良く掻き込みつつ、力強く敬礼。


 それを見ていたスズヒコは深く溜め息を吐くと、お椀に口を付けながら、先日に過激な代理戦争が勃発した平野をボンヤリと眺める。


「しっかしまぁ、『魔王軍』が攻め込んできた時からは平穏なもんだなぁ。もしかしなくても……嵐の前の静けさってヤツかねぇ……?」



「────それにしては、少々気を抜き過ぎではありませんか?」



 それは、真横に現れた『女天狗』のカラルテが、唐突に彼らに投げ掛けた言葉。


 あまりにも突然の出来事に、二人はギョッと目を見開いて勢い良くお汁粉を噴き出した。


「ぶぅぅぅぅーーーッ!!? て、天狗殿ぉぉぉぉッ!?」

「んぐぶッ!? げほッ! のどッ、餅がッ! けほッ、おぇ……ッ」

「大丈夫かぁぁぁぁーーーッ!!?」

「…………あの……わたくし、何かしましたか?」


 そもそも、無道山の天狗がわざわざ里に降り立ち、里民や餓鬼衆と言葉を交わすこと自体が、相当珍しいことだったりする。ならば、彼らが驚きの声を上げてしまうのは、何ら不思議なことではないだろう。


 餅を喉に詰まらせたルキの介抱をした後、カラルテは少し戸惑った様子で謝罪の意を示した。


「なんか、申し訳ございませんでした……」

「い、いえいえ、あんな勢い良く飲んだアイツが馬鹿なだけなんで、お気になさらず……」

「なる、ほど……門番の業務をサボってお汁粉を飲んでいた、という訳でございますか?」

「いッ!? いやいやいやいやッ!! 決してそんなッ、サボっているなんてことある訳ないじゃないですか~ッ! あはっ、あははははっ!」

「でも、確かにいい香りがしますね……まるで、食欲がそそられるような……」

「へ?」


 カラルテが漏らした発言に、スズヒコは思わず目を丸くする。


 しかし、即座に正気に返った彼女は、一度咳払いしてから、素早く話題を切り替えた。


「こ、こほんっ。と、ともかく、今は妖域に代闘者殿が居ない状況ですから、尚更警戒を怠らないようにしなくてはなりません。何か、異常はありませんでしたか?」

「異常は、特に…………あっ、そういえば……」

「そういえば?」

「あ、いえ……異常という程ではないのですが……実は今から数時間前に、ここから出ていったヤツが居て……」

「こんな時期に? 誰ですか?」

「名前は確か、ルコシャル、でしたっけ? ほら、最近『大廻川』の縄張りで大暴れしているっていう、あの問題児……」


 ルコシャル。


 その名は、カラルテも把握していた。


 妖族きっての『悪童』。


 彼の言う通り、最近はアジュラですら扱いに困っている程の傍若無人ぶりであり、あの代闘者にまで噛み付いたとのことだ。


 なんでも、彼らの目の前で「あとは勝手にやらせてもらう」等という強気な宣言をしたらしいが……そんな彼女が、今このタイミングで妖族の外へ出ていった、ということは……。



「…………なにか、悪いことが起きなければいいのですが……考え過ぎでしょうか……?」


 







この作品に目を通して頂き、ありがとうございます!


もしも、少しでもこの作品が「面白かった」「続きが気になる」……。


もしくは、イブキのお汁粉とマスターのサンドイッチを食べてみたい、と思ったら、


ブックマークや、広告下の『☆☆☆☆☆』をタップもしくはクリックして、続話をお待ちください!


モチベーションの上がった作者が、美味しい料理の描写を頑張って増やすかもしれません!

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