イイコトしてあ・げ・る
「分かるか、エルマ────俺は怒っている、かつてない程にな」
「…………まぁ、左様で」
無道山の本殿。
側近の天狗たちを表に配備させ、二人っきりの重苦しい空間で、俺は正座した状態でアジュラに見下ろされていた。
「確かに、これはたかが『遊戯』よ。戦と異なり、負けたからといって、命を取られる訳ではない。だが、エルマ。お前は縁もゆかりもない赤の他人と遊戯を嗜みたいとは思うか? 思わないだろう? 故に、遊戯とは、相対する者と真摯に向き合わなければならない。『手加減』や『気遣い』など、もっての他だ。違うか?」
「…………まぁ、仰る通りで」
「『何が』などとわざわざ言及するつもりはない。俺はただ、真摯に遊戯を嗜みたいだけよ。その点に関して、お前の見解を聞こうか」
いつもならば重い口調で語るアジュラが、いつにも増して早口だ。
目上の者に叱られているというより、気心の知れた友人から嘘を追求されているような、歯痒い気まずさ。
そんな空気感の中、わざわざ無駄な反論をする意味はなかったので……。
「──嘗めた真似してすみませんでした」
「ふむ? 意外だな。そこまで正直に謝罪されるとは思っていなかったが」
「『代闘者』っていう立場としては、そちらと険悪的な仲になるのは避けたい。それに、『下らない気遣い』をしたのは事実だからな。まさか、見抜かれるとは思わなかったけれど」
わざと自分で負けて、相手に勝たせる……これまで、俺が何度もやってきたことだ。
この作戦の肝は、『いかに自然に負けるか』……これに尽きる。理屈は簡単だ。まずは相手の力量を見極め、最後には相手の勝利で終わらせられるように、戦いの流れを最初からこちらが掌握してしまえばいい。
これまで一度たりとも見抜かれたことは無いのだが……それを、たった一度対局しただけで見抜かれるとは、とんでもない洞察力である。
「ふん、まぁいい。足を崩せ、エルマ────再開するぞ」
あれはあくまで、アジュラの面子を守る為にやったことだが……どうやら、彼自身はまったく納得していなかったようだ。
ならば次は、彼の言う通り『真摯』的に挑むとしようか。
一度、目の前に置かれた将棋盤を見下ろしてから足を崩し、いざ勝負…………と、意識を集中させた時だ。
「────アハハッ。いい大人が駒遊びに真剣になるなんて、馬っ鹿みたーいっ」
突然、背後から何者かの甲高い声で、一切包み隠すつもりもない悪口が飛んできた。
見れば、そこには一人の少女の姿。
背丈は、イブキよりも少し高いくらい。柔らかい色合いの茶髪のロングヘアーを後ろ束ねており、まるで宝石のように煌めく翠眼。腰マントのように着物を腰に巻き、動きやすさと重視してのことか、黒色薄手のインナーを一枚だけ着用している。なんとも、反骨心が強そうな外見だが……。
色々な意味で問題なのは、そのインナーだ。
体のラインが見える程にフィットしている為……彼女の華奢な体つきと、豊満な胸囲が、とてつもなく強調されて見えてしまう。
イブキに匹敵する程にエロチック……いいや、目のやり場に困る格好をしていやしないだろうか。
「──先程から妙に表が騒がしいと思ったら、『お前』の仕業か。あまり兵を疲弊させてくれるな、体力の無駄遣いだ」
「無駄遣いってんなら、それはそっちの方じゃなーい? どんだけそれっぽい理屈を並べようが、遊びは遊び。勝てば、金銭を貰える訳でも、領地を広げられる訳でもない。そんなことに、有限な人生を捧げるなんて、時間の無駄遣いにしかならないと思うんだけどなー?」
「まぁ、言っていることは間違っていないよな」
「オイ」
珍しくアジュラが困った様子で口ごもった声を漏らしたのを聞き、俺も首を傾げながら彼女の意見に同意する。
無駄と言えば、確かに無駄だ。
だが、人が何に興じるかはその人次第だし、それに対する意見をわざわざ広げる必要もないだろう。
「アハッ。流石は代闘者様ー、話が分かるー。あたしは、ルコシャル。よろしくねー」
「どうも」
俺の隣に膝を着いたルコシャルが手を差し出してきたので、俺も軽く会釈しながらその手を握り返す。なんだか、ヌメついた手を触っているような……不思議な感触だ。
すると、彼女はいきなり俺の手を引き、ズイッと目と鼻の先に顔を近付けてきた。
「ねぇ、代闘者様────あたしと、手を組まない?」
「手を組む?」
「そしたらさ~。あたしたちで協力して────他の種族を、全員ぶっ殺しちゃおうよ~」
忽然と、死神じみた提案をするルコシャルは、まるで小悪魔のような可愛らしい笑みを浮かべていた。
「おい、ルコシャル」
「ただでとは言わないからさぁ~。連中を皆殺しにした暁には、このあたしが色々とイイコトしてあ・げ・る。ねっ、悪くないでしょ~?」
そう言いながら、ルコシャルはその豊満な胸元をギュッと俺の腕に押し当ててくる。いや、マジで大きい……大きさだけみたら、あの女天狗、カラルテに負けない位なのではないか……?
だが、彼女の言葉に『妙な気配』を感じた俺は、無表情で首を横に振った。
「今、俺たちは停戦中なんで。無闇に闘うつもりはない」
「こんなに可愛い子が、こんなに頼み込んでも~?」
「悪いがな。というかお前たちも、闘わないならそれに越したことはないんじゃないのか?」
また、天族の代闘者、ラゥ・コードに睨まれるのも面倒だし……そもそも、他の種族を皆殺しにする、というのは俺の主義に反することだ。
俺の答えに対して、ルコシャルは手を離してゆっくりと立ち上がると……。
「────ケッ、どいつもこいつもチキン野郎がよ」
豹変。
先程の可愛らしい顔はどこへやら……嫌悪感を剥き出しにしたように凶悪的な顔つきになると、唐突に乱暴な言葉遣いで悪態をついてきた。
「……!」
「随分と偉そうなクチを叩くようになったではないか、ルコシャル。以前までは、『河童』の足元に引っ付いていただけの小娘だったのだがな」
「過去のことひっくり返してマウント取ってンじゃねぇよ木偶の坊。てめぇこそ、あの『鬼』に随分と執着だっただろ────あいつがおっ死んでおつむが弱っちまったンじゃねぇか?」
「──口には気を付けた方がいいぞ、『井の中の蛙』ふぜいが」
今、色々と気になる言葉を連発していたが……それよりも、あのアジュラと正面から睨み合えるなんて、なんという肝っ玉の持ち主なのだろうか。
ただならぬ因縁の付き合いに挟まれ、大人しく様子を見ていたが……ルコシャルの反感は、俺の方へ向けられてしまった。
「はンッ、代闘者も代闘者だ。まさか、こんなヘタレ野郎だとは思わなかったぜ。これなら、あの『人族の代闘者』の方がまだマシだっつーの」
「人族の……? 『あいつ』がどうかしたのか?」
「ハッ! オイオイ、呆れたな。同じ代闘者のくせして知らねぇのか────ヤツは、『ナビード』に加わったみたいだぜ?」
「──! 『あいつ』が、ナビードに……? 何故、そんなことを……?」
「そんなの、てめぇらが呑気に駒遊びしている間に、着々と戦争の準備進めてンに決まっているだろうがよ」
『魔族の代闘者』とのいざこざがようやく去ったと思ったら、次は『人族の代闘者』の話題が降ってきたか……。
ただ、正直のところ、ルコシャルの発言には驚きを禁じ得なかった。
個人的に言えば……それは、『有り得ない』事実だったからだ。
「とにかく。あたしはこのままぬるま湯に浸かってンのはゴメンだ。てめぇらが動かねぇってンなら、あたしは勝手にやらせて貰うぜ。じゃあな、ボンクラども」
そう吐き捨て、鋭い目付きでこちらを睨みつけてから、ルコシャルはマイペースな足取りで本殿から歩み去っていくのだった。
まるで、嵐のような少女だ。
そんな彼女の後ろ姿を眺めながら、ふいにアジュラに尋ねてみる。
「あれ、何者だ?」
「『大廻川の悪童』と名高い、妖族きっての問題児だ。その粗暴さには誰もが手を焼いてはいるが……相応の実力者でもある」
「お前に啖呵を切れるなんて、相当だな」
「ふん。こちらも是非とも聞かせて貰いたいのだが……『人族の代闘者』は、強いのか?」
「──あぁ、強い。代闘者の中でも、『全容が把握し切れない』という意味では、『あいつ』が一番だからな」
「言っている意味は分からんが……そいつが世界連合に加わったということは、それは一種の意思表明かも知れん────自らの手で他の代闘者を全滅させる、とな」
確かに、そうなる……だが、「らしくない」というのもまた事実だ。
代闘者の中で、たった一人だけ反旗を翻すということは……即ち、たった一人で一度に他の五人の代闘者を敵に回す、ということだ。
そんな無謀な行為を、あの『人族の代闘者』がするとは思えないのだが……一体、何故……?
「──あのぉ、もしかしなくても修羅場だったりするぅ……?」
そこへ、本殿の入り口からヒョコッと顔だけ出して様子を窺う鬼娘、イブキが姿を現した。
「修羅場には違いなかったけど……今、唐突に安心感を覚えた」
「……? なんでぇ?」
「さぁ」
「普段は来訪者も居ないというのに、お前を呼び出せばこれか。まるで台風の目よな」
「厄介者扱いですか……?」
あれ、なにやらまた妙な風評被害が……。
いい具合に重苦しい空気を中和してくれたイブキは、俺の隣に立つと、アジュラを見上げながらこんなことを切り出した。
「それより、アジュラ。お願いしたいことがあるんだけれど、いいかなぁ?」
「なにようだ?」
「少しの間だけなんだけどさぁ────『人域』に、行ってきてもいい?」
あぁ、どうやら今回の一件は、俺たちを現実から目を逸らさせるつもりはないらしい。
代闘者の問題は、代闘者が解決すべきだ……そんな、天からの意図らしきモノが見え隠れしているような気がした。
「……ふぅ」
「……お前、すごいタイミングだな」
「ふぇ? 二人ともどうしたのぉ?」
アジュラが短く溜め息を吐き、俺もガックリと肩を落とす。
一方の、波乱の決定打を引き連れてきたイブキは、不思議そうな表情で、キョトンと首を傾げていたのだった。
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