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 冒険家よ、永遠に



 密着取材五日目。


 四日目はどうしたのかって?


 昨日と一昨日のことは、殆ど覚えていません。気付いたら既に日付が経っていて、イブキさんからは、「アタリ一杯しかなかった」と、申し訳なさそうに何度も謝罪されました。


 まぁ、殆ど覚えていないので、アタリとか、一杯とか、何のことだか分からなかったのですけれど。


 ちなみに、ルキさんは二日前からずっと寝たきりになっており、意識不明の状態が続いているとのことです。何か、事故にでも遭ってしまったのでしょうか?


「むしろ、記憶が飛ぶくらいで済んだのは凄いと思うぞ……?」


 大廻川の下流に位置した、ホコロビの里の隣を流れる大河のほとりにて。釣糸を垂らして、のんびりと釣りをするエルマ様から、お誉めの言葉を投げ掛けられました。


 いやはや、照れますなぁ……。


「ちなみに、これからどうするんだ? もう滞在して五日間になるけど、『冒険家』って名乗る位だから、ずっと同じ場所に留まるつもりはないだろ?」


 そうですねぇ。


 この滞在期間、とても濃厚で、充実した経験をすることが出来ました。ここまで楽しかったのは、本当に久し振りです。


 お蔭様で、私の冒険記も珍しく一杯一杯になってきてしまったので……一度『人域』の拠点に戻って、冒険記をまとめてから、紙と食糧の補充を忘れずにして、また別の領域を訪れてみようかな、と。


「──えぇぇっ! アメーリアさん、もう行っちゃうのぉ!? 何だか寂しくなるなぁ」


 イブキさん……そう言って頂けるなんて、嬉しい限り…………って、いや、ちょっと待ってください。


 バシャバシャと川の水を踏み鳴らしながら現れたのは、なんと、『水着姿』のイブキさん。瑞々しい白い柔肌が露見されていて、局部を覆い隠すのは、その白髪と相対するような黒色の水着。黒と白、色と色のギャップをこれでもかという位に活用した色合いはまさに、眼・福の極・み!!


 あはぁぁぁんっ、ありがとうございますっ、ありがとうございますぅっ!


「なんかちょっと照れ臭いねぇ。前に人域から持ってきたヤツなんだけどぉ……英雄さん、どうかなぁ? 似合っている?」

「……なんというか、いつも以上に目のやり場に困る」

「うぅん? それだとよく分かんないかなぁ? 英雄さんなら、見たかったらもっとマジマジと見ちゃっていいんだよぉ?」

「誰がそんなにジロジロと見るか」

「ん~? じゃあ、似合っていない?」

「………………似合っている」

「──! えへへぇ、ありがとぉ」


 ────エモモモモモモモモモモモモモモモモモモモモモモォォォォォォォォォォォォォッッ!!


 ああっ、ありがとうございますっ、ありがとうございますッ! とってもエモい光景をどうもありがとうございますぅッッ!!


 今の一瞬でエモポイントは数え切れない程にあるのですがッ! 中でも、お二人とも何処か恥ずかしそうに、若干頬を赤く染めているのがイイッ!!


 最・高・デスッッ!!


「記憶が飛んだ反動なのか知らんけど、いつにも増してテンション高くない?」

「あはは、必要以上に恥ずかしくなっちゃうからやめてぇぇ」

「あまり恥ずかしいようなら、上にもう一枚何か羽織っておきな。そうすればこちらも助かる。それはともかく、だ……さっさと『ヌシ』とかいうヤツを捕まえるとしようか」

「だねぇ。だけど、本当に居るのかなぁ? さっきから結構素潜りしているんだけれど、それらしきモノは影も形もないよぉ?」

「泳ぎも達者なことで」

「それはまぁ、これでも鬼ですからぁ」


 話によると……ここ最近、この付近で見たこともない魚影の目撃証言が沢山出ているらしいです。


 その魚影が見える時に川に入ってしまうと……まるで、見えない力に引っ張られるように、川の中に引きずり込まれてしまうのだとか……!


 元々は、ルキさんが捜索の担当になっていたのですが……何故かダウンしてしまった為、これまた何故かイブキさんが代理を買って出た、という訳です。


「うぅ~ん……だとしたら、やっぱ『底無し』まで探さないと駄目かなぁ……」

「『底無し』?」

「うん。ほらっ、川の中心の辺り、ちょっと色が黒ずんでいるでしょぉ? あそこが、『底無し』。その名の通り、大廻川全域に渡って川底が存在しない部分だって言われてて、少なくとも盆地の妖族は誰一人として近付かないんだぁ」

「近付いたらどうなるんだ?」

「それが実は、色々な曰く付きの噂があるんだけどぉ……中でも一番有名なのは、近付いたら何か見えない力で引きずり込まれちゃう、ってヤツかなぁ」

「それって……」

「やっぱ、そうだよねぇ……?」


 エルマ様とイブキさんの訝しげな視線が、大廻川の『底無し』へと向けられました。


 『ヌシ』の噂と、『底無し』の噂……どうやら、両者の特徴は見事に合致するようです。つまり、『ヌシ』の事変を解決するには、『底無し』に近付かなければならないし……しかし、安易に近付いたら、何が起こるか分からない危惧がある訳で……。


 何とも悩ましい状況のようですね。


「道理で、釣竿だと普通の魚しか釣れないわけだ」

「そんな木の枝を少し改造したような釣竿じゃぁ、あまり大物は釣れないんじゃないのぉ?」

「俺の場合は魚と力比べをする必要ないから、釣り針が掛かったら、少し方向を調整してやればジャンジャン釣れる」

「へぇ~……って、ホントだぁっ! 結構川魚釣れているねぇっ!」

「こいつら、どうする? 川に返した方がいいか?」

「里の人は釣れた魚は好きにしていいって言ってたよぉ。幾つか魚屋に売って、必要な分だけ持って帰ろっかぁ」

「それはありがたい、分かった」

「ふふっ、今夜の献立はお魚さんだねぇ。妖風がいい? 魔風がいい? それともシンプルな仙風?」

「──全部でお願いします」

「返答早っ!?」


 それにしても……当初は、どれだけ厳格なお人かと思っていたのですが……食べ物のことになると、まるで子供のように目を輝かせるエルマ様は、とても親近感が湧きます。


 もしかすると、この食いしん坊な性格が、良い意味でエルマ様の本当の姿なのかも知れません。


 エルマ様とイブキさんが、今晩の献立に付いて話し始めた……その時です。


 突如、ザブンッと水に何かが落ちた音と共に、川の方で大きく水飛沫が上がりました。その場にいる全員が、同時にそちらへ視線を向けると……なんと、小さな女の子が溺れてしまっているではありませんか!


「────うぇぇぇぇッ、あぷッ、ごぼッ……うぁッ、たすけッ、ぶくぶくぶく……ッ!」


 どうやら、大河を横断する大橋の真ん中から、誤って転落してしまった様子。


 大橋の上には、彼女の保護者とおぼしき男女が居たのですが……狼狽えるばかりで、助けに行く気配は見せません。


 何故なら、女の子が落ちたのは……。


「──ヤバい……ッ!! あそこ、丁度『底無し』のど真ん中だ……ッ!!」

「なに……?」

「このままじゃ、本当に溺れちゃう……ッ!! 助けに行かないと……ッ!!」

「──待て、イブキ。不用意に助けに行けば、お前も引きずり込まれる可能性があるだろう」


 そんなことを話している内に、女の子は少しずつ水面に沈んでいきます。


 もはや、一刻の猶予もありません。


 ど、どうすれば……。


「だ、だけどッ、あの子を放っておく訳には……ッ!」

「分かっている。だから────俺が行く」

「エルマ……ッ!?」


 イブキさんの肩を引いて前に出たエルマ様は、若干腰を落とすと……地面を蹴っ飛ばし、一気に跳躍。


 たったのひとっ飛びで、溺れている女の子の近くに飛び込んで行ってしまいました。


「うぇぇ……ッ!?」


 いや、どんな跳躍力ですか……!?


 私もイブキさんも、驚愕してその場で立ち尽くし、女の子の様子を見ていましたが……エルマ様は、一度も浮上せず……遂には、女の子も頭の先まで川の中に沈んでしまいます。


 そのまま、数十秒経過……。


 あまりにも変化のない現状に、イブキさんが顔を青く染めて、恐る恐る呟きました。


「てか、ちょっと待って……? そもそも、エルマって泳げるの……?」


 ウソ、ですよね……?


 まさか、このまま浮かび上がって来ないで、永遠に会えなくなるなんて、まさか、そんなこと……。


 場に、絶望的な空気が流れ始めます。


 今から助けに行ったところで、もうどうしようもありません。


 このまま、あのお方を信じて待つしか……。


 そう思った、矢先のことでした。


「──んっ? な、なに……?」


 何やら、まるで風船のように、水面が『膨らみ』始めたのです。


 その規模は、大河の端から端にまで達する程の広さで起こっていました。これは……もしかして……川の下から、何か『大きな』モノが、飛び出そうとしているのでしょうか?


 私たちは、目を見張ってその異常な光景を見守っていました。


 そして、水面の膨らみが限界を迎えた……次の瞬間。


「────!!」

 

 水面を突き破るように────一匹のとてつもなく大きな『魚』が、空高くまで、飛び出してきたのです。


「で……ッッ!?」


 ────でッッッかぁぁぁぁぁァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァッッッ!!?


 その異常なまでの大きさは、大河を影で丸々覆い隠すほどでした!


 白色の身体に、赤い斑点が付いた、『鯉』な外見。一体何年、何十年、いいや何百年と生き続けているのか……全身には所々に苔が生えていて、無数の傷が刻まれています。そして、その形相は、獣よりも厳つい形をしていました。


 まさに、『妖域のヌシ』といっても遜色ない生物です!


 まさか、妖域での滞在中に、こんな超大物を目の当たりにすることが出来るだなんてっ!


「──冒険家さぁぁぁぁんッ!! こっちに落ちてくるよ逃げてぇぇぇぇッ!!」


 ────えっ。


 見れば、上空から一直線に……ヌシがこちらへと落下してきているではありませんか!


 大口を開けて……ただ、その巨体が重力に流れるままに────地面と、大・激・突ッッ。


 …………………………ァ゛ッ……………………。


 その後、ヌシは激しい地響きを起こすように跳び跳ね、自力で大廻川に戻っていったらしいです。


「──あっぶなかったぁぁぁッ!! まさか、大廻川にあんなのが生息しているなんて……」

「無事だったか、イブキ」

「英雄さぁん……良かったぁ、てっきり溺れていたのかと……あっ、さっきの女の子は……!?」

「この通り、もう大丈夫だ」


 エルマ様は、救出した女の子を抱いていました。


 彼女の保護者の方々が慌てて駆け寄ってきて、女の子の無事を確かめ合います。


 何度もお礼を言いながら去っていく彼女らを見送ってから、エルマ様とイブキさんは、大廻川を眺めながら事の仔細を話し合ったそうです。


「それで、川の中で何があったの?」

「多分あれは、膨大な『妖力』で膨れ上がった魚なんだと思う。水中に入ったら、『妖力』でヌシに引っ張られたもんで、逆に引っ張り返したら……あぁなった」

「【具念】と『妖力の体』……それらが合わさって出来た、ごり押しだったんだねぇ」

「ただ、ヌシから『悪意』は感じられなかった。多分、水面に浮かぶモノを、餌と勘違いして食べていただけなんだろうな」

「あの巨体だと、人なんて簡単に丸呑み出来ちゃうだろうしねぇ。その捕食活動が、『底無し』の噂に繋がる、と……それが分かっただけでも上出来かなぁ。あとは、餓鬼衆に報告して対応策を考えて貰おっかぁ」

「任せる…………と、イブキ? 冒険家は?」

「えっ? さっきまでそこに居たけれど……あれっ?」


 おっとっとぉ、どうやらここで初めて気付いてくれたようです。


 そう、そこには既に、私の姿はありませんでした。


 二人して辺りを見渡しますが、何処にも居ないことを確認した時……ふと、イブキさんが恐る恐る口を開いたといいます。


「………………ま、まさかぁ……っ」

「まぁ……大丈夫だろ、あいつなら。例えヌシの胃袋の中に居たとしても、逞しく生きていると思うぞ…………多分」

「────ぼッッ、冒険家さぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁんんんッッ!!」


 イブキさんの悲痛な叫び声は、大河の向こう側にまで、虚しく響き渡っていきましたとさ。


 ────めでたし、めでたし。


 え?


 結局、どうやって助かったのかって?


 そこは、私の悪運の強さが幸いとしたのでしょうか。気付いたら、妖域から随分と離れた川辺で目を覚ましたのです。


 ヌシの体内を冒険……と、いうのも中々に楽しそうではあるのですが、命が幾つあっても足りない気がするので、一先ずは保留としときましょう。


 さてさて。


 妖域の冒険記は、一旦終幕となります。


 次なる冒険の舞台は何処になるのか、私自身ハッキリとしていませんが……きっと、またとても楽しい冒険が出来ると予感しています!


 それでは、これにて……ごきげんよう~っ!








この作品に目を通して頂き、ありがとうございます!


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