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 『ようこそ、ワレらの世界へ』



 特に目立った痛手を負っていないが、魔王軍の帰路の足取りは重い。


 ありありと見せ付けられたのは、代闘者たちとの決定的な実力差。世界最強とも名高い魔族にとって、その事実は、何よりも精神的苦痛となって彼らの心を蝕んでいた。


 ただ、それは今に始まったことではないが……。


「なぁ。結局、貴様とエルマは……どっちが強かったのだ?」


 魔獣の背中に腰を落ち着かせるガウスは、その後ろでのんびりと寝そべるミオに尋ねる。


 彼女は、「よいしょっ」と上体を起こすと、相変わらずの優しい笑みを浮かべながらこう答えた。


「さぁ。決着は、つきませんでしたから。ただ、流石はエルマさま、といったところでしょうか。まさか、私の【具念】と相対して────誰一人死なせずに生き残るとは」

「──! ミオ。貴様、まさか……」

「くすっ。はい、お察しの通りです、ガウスさま。私はあの場で、魔族も、妖族も────『皆殺し』にするつもりだったんですよ」


 そう言いながら、ミオはゆっくりと背後の妖域を肩越しに振り返る。


 最後にエルマが見せ付けた、『変異』。


 やはり、代闘者たちは本来の素性を『人』の姿で覆い隠している。何よりも恐ろしいのは、あれだけの被害を及ぼしながら、まだほんの『一段階目』に過ぎないということだ。何故、この世界に見合わないだけの力を、六つも召喚するに至ったのか……違和感ばかりが交錯する。


 此度の闘いは、エルマにとって……少しばかり、『守る者』が多すぎた。


 ただ、湊本エルマという代闘者が、如何なる闘い方をするのか……それが分かっただけでも、収穫と言えるだろう。


(次こそ、『本気』で殺り合える時を楽しみにしていますね、エルマさま)


 『やりがい』は、腐る程にある。


 停戦を貫くか、代闘者の役割に準ずるか、もしくは本能に従うか……。


 これから先も、どの代闘者が、どのような動きを見せるのか……楽しみでならない。







─※─※─※─※─※─※─※─※─※─







 喪ったものは、大きかった。


 往古盆地と餓鬼衆の頭目にして、妖族の精神的支柱だった、古地鬼那。


 里と餓鬼衆の妖族たちは、彼女の死を泣きながら追悼し、その日は誰もが沈んだ顔で静かな夜を過ごしていた。


 ただ、彼女の遺志は、しっかりと盆地の皆が受け継いでいたのだろう。


 その翌日から早速、餓鬼衆の主導で、盆地の妖族が一丸になって、焼け崩れてしまった住居の修繕を開始。「いつまでも悲しんでいられない」、という意志がヒシヒシと伝わってくるような力強い働きで、みるみる内に、里の景観は元の姿に戻っていった。その中に、然り気無く天狗の面々が混じっていたことは……言及しないようにしておこう。


 かくいう俺も一応変装だけして、密かに修繕作業を手伝っていたのだが……そんな手助けは必要ないかのような頼もしい働きぶりだった。


 そうして、代理戦争終焉からほんの一週間後。


 ホコロビの里は完全に修繕され、妖族たちも元の生活に戻っていった。そして、その日は俺も無道山の自宅に戻って、のんびりとくつろいでいたのだが……。


「…………そろそろ聞くのも馬鹿らしくなってきたんだが……何で居るんだよ、お前……?」


 囲炉裏を挟んで反対側には、相変わらずだらしなく寝転ぶイブキの姿。


 彼女はお猪口でお酒を呑みながら、楽しそうに笑いながら答えた。


「監視役は続けるって言ったじゃーん」

「あぁ、言っていたな、確かに言っていたよ。だけど……」


 ふと、イブキから目を逸らし、自分の周囲を見渡す。


 すると……。


「──監視役になればここに居ていいってマジっすか『兄貴』ぃぃっ!!」

「ボロ家……ボロ家だ……」

「壁に穴が空いてる~っ! キャハハ~ッ!」

「ふぁぁ~っ。待ってぇ、待ってよ~っ」


 隣には目を輝かせる餓鬼衆、上を見上げれば幽霊みたいな物体が浮遊し、道具類に身体が生えた付喪神みたいな小さい奴らが部屋の中を走り回ったり、俺の身体をよじ登ったりしている。


 もはや、ドンチャン騒ぎである……いや、うるせぇ……。


「──なんか増えてんだが? 家ん中埋め尽くされて妖怪屋敷みたいになってんだが? つーか、誰が『兄貴』だ? 監視役のこと言いふらしたの誰だ?」

「あ、ワレです」

「──お前かァァァァァッ!!」


 あっけらかんと手を上げたイブキに、思わず腹の底からツッコミの声が暴発。


 いや、確かに妖族との距離が縮まった方が、面倒が無くていいのかも知れないが……そもそも、俺は一人で静かに過ごしたいから、こんな山奥に住んでいるのだ。それなのに、こうも大人数で押し掛けられては元も子もない。


「はむはむっ、んぅっ! これ、美味しいでございますねっ」


 ガヤガヤと賑やかに騒ぐ妖族の中に、天狗のお面を被った見覚えのある人物がいた。


 行儀よく正座で座り、少しだけ上げたお面の隙間から団子を差し込んで、美味しそうに召し上がっている女天狗だ。


「……いや、天狗殿?」

「んぐぅっ! ごほっ、ごほっ! あ、あの、えとっ、その……芳しい香りと、鬼の誘惑に釣られて、つい…………お恥ずかしい限りでございます……」

「胃袋掴んでやったぜ、いぇいっ!」

「イブキ殿、ご勘弁を……」


 彼女にしては珍しく、ビクンッと肩を震わせてから慌てて弁明し始める。


 そんな彼女の後ろから抱き付くように密着するイブキは、目をキラつかせながら、堂々とピースサインを見せ付けてきた。


「お前な……一体どういうつもりだ……?」


 流石に呆れて首を横に振りながら尋ねると、イブキは俺の隣に座り、いつにも増して真剣な面持ちでこう切り出した。


「──エルマや、代闘者からすれば、ワレらはちっぽけな存在に過ぎない……そんなことは、よく分かっている」

「イブキ……?」

「だけど、ワレらは負けない。例えどんな困難が立ち塞がろうと、ワレらは、ワレらの生き方を貫いてみせる。母上の遺してくれた信念と、そして、それを精一杯に守ってくれた────エルマの強い想いに、応えるためにも」


 イブキの言葉に、それを聞いていた妖族たちが全員一斉に力強く頷いた。


 どうやら、こうして異世界の人間をも受け入れてしまうのが彼女たちのやり方であり、これからは、そのやり方を貫き通していくつもりのようだ。


 そんなこと、頼んだ覚えはないというのに……本当に、厄介でお節介な奴らだ。



「だから、ね。改めて歓迎するよ、異世界の英雄さん────ようこそ、我らが妖族の地へ」



 そう言いながら、優しい笑顔を浮かべるイブキは、俺に手を差し出してきた。


 恐らく、この妖域に来たばかりの俺だったら、絶対にその手は取らなかっただろう。俺には俺のやり方があり、俺の生き方があった……それを、ねじ曲げるようなことは出来なかったから。


 だが、そんな俺を受け入れてくれる者が、この世界に現れたこと……それは、俺にとって、きっと……。



 ────生まれて初めての『救い』だったのかも知れない。



 だから、俺は差し出された手を、少し戸惑いがちに握り返す。「ありがとう」と、心の奥に確かにある感謝の想いを添えて。


「──どうも」

「ふふっ。今は、何処に行っても油断ならない情勢ではあるけれど……出来ることなら、いつまでもこうして平穏な日々が続けばいいね」

「……あぁ、そうだな」


 生きる形は、闘いばかりではない。


 生きる術は、孤独ばかりではない。


 こうして自身を受け入れてくれる近しい者と、馬鹿みたいで平穏な日々を過ごす。


 それもまた、悪くないのかも知れない。







─※─※─※─※─※─※─※─※─※─







 それは、今から数年前。


 『エーレ城会戦』が終焉し、妖族が歴史的大敗を喫した直後のこと。無道山の本殿で、二人の人物がこんな会話を交わしていた。


(──断る。受け入れられんぞ、そのようなこと)

(──『アジュラ』。あなたの気持ちは嬉しい。だけど、ワタシが戦利品として差し出されることが、連中にとっても、妖族にとっても、一番妥当だよ)

(妥当など……オレは納得していない)

(今は、妖族の総大将として適切な判断を下す時なんじゃないのさ?)

(総大将としてだと……? 冗談ではない。俺は、お前のことを……)


 決心が固い様子の『鬼女』が発した言葉に、アジュラは思わず何かを口走ろうとしたが……咄嗟に口をつぐんだ。


 この時から、彼らは互いの想いを分かり合っていた。


 だが、明晰な思考を持ち合わせていたアジュラは、反射的に、彼女の言動に猛烈な違和感を覚えたのだ。


(何故だ、『キナ』。俺にも、お前にも、力がある。奴らを、一人残らず討ち滅ぼす程の力が。それなのに何故、わざわざ他者に下るようなことを……?)


 アジュラの問い掛けに、キナは何も言わずに背を向ける。


 すると、彼女は一度を振り返らず、ハッキリとこう言いながら、本殿から歩み去ってしまったのだった。



(────『闘い』を終わらせる訳にはいかないの。何があっても、絶対に)



 その時のキナの後ろ姿は、今もアジュラの脳裏に焼き付いている。


 戦争の場に立てば、妖術・【百鬼夜行】を駆使して味方の指揮を高めながら、自らも最前線に躍り出て、その豪腕で敵を薙ぎ倒していく……その姿は、まさに『鬼神』そのもの。


 そんな勇ましいキナが……まるで、恐怖に怯える子供のように、小刻みに肩を震わせていたのだ。


 そして、世界連合に身柄を引き渡された彼女は、実験体としてドクターラスから非人道的な扱いを受け続けた末に……帰らぬ人となってしまった。


「キナ。あの時、お前は────一体、『何を見ていた』のだ……?」


 終わらせてはならない『闘い』……推測こそ出来るものの、今でも、あの時にキナが口にした言葉の真意は分からないままだ。


 だが、考えるだけ無駄なのかも知れない。


 彼女がどんな感情を抱いていたにせよ……その真意を問いただすことは、もう永遠に出来ないのだから。

 








 





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