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 受け入れる覚悟




 今からほんの数分前。


 全滅から一歩手前まで追い込まれていた妖族たちの元で、大きな異変が起こっていた。


『ぐ……ッ! なんだというんだッ、この無茶苦茶な闘いは……ッ!? 代闘者共めッ、この私まで巻き込むつもりか……ッ!?』


 代闘者同士が衝突を繰り返す度に巻き起こる激しい衝撃波は、それを遠見していた妖族やドクター・ラスにまで襲い掛かる。


 幸い、衝撃波で傷付くことは無いが、その暴風のような勢いに身動き一つ取れずにいた。


 妖族からすれば、まさに地獄絵図だった筈だ。


 ドクター・ラスと人造魔人にいつ命を取られるのか分からない状況でありながら、目の前では怪物と怪物が大震災を起こす勢いで大喧嘩を繰り広げているのだから。


「ひ、ぃぃぃぃッ……こわいッ、もう、やだぁぁ……ッ」

「た、たの、むッ……もうッ、止まってくれぇッ……もうッ、かんべんしてくれぇ……ッ」


 逃げ出すことも、抗うことも出来ない現状。


 そこへ。


 ほんの僅かな一筋の光明が差し込んだことを……無道山の樹木の上で、事の顛末を観察していた『とある人物』は見逃さなかった。


 妖族を人質に取っている人造魔人の耐久性が、代闘者の激突による衝撃波に耐え切れず、僅かに軋みを上げていたことを。

 


「────【雨叢槍アマノソウソウ】」



 その時、無道山から一斉に降り注いだのは、水で形作られた『水槍』の豪雨。


 それらは、既に限界を迎えていた人造魔人の装甲をアッサリと貫き────一瞬の内に、一体も残さず木っ端微塵にしてしまったのだ。


「うわぁぁぁァァァッ!?」

『なッ、なんだ……ッ!?』


 突然の出来事に、ドクター・ラスも妖族もたじろぐ。


 しかし、人造魔人が全て破壊されたことを察した妖族たちは、弾かれるようにその場から逃亡を始めた。


 それを目の当たりにして焦りの色を浮かべたのは、ドクター・ラスの方だ。


『誰だか知らんが小癪な真似をォ……ッ! だがッ、粉々にした程度で人造魔人は止められはしな……ッ!!』

「────いいやぁ? 残念だけど、これで終わりかなぁ」


 それは、ドクター・ラスの背後から、バシィッと力強くその肩を掴んだ人物の声。


 彼は大きく目を見開くと、ブリキ人形のように小刻みに震えながら、恐る恐ると背後を振り返る。そこで不敵な笑みを浮かべながら立っていたのは……。



 ────一人の『鬼娘』だった。



『ぁ……あぁッ!? バ、バカなッ!? 何でッ、どうやって……ッ!?』

「ぁ、あぁぁぁッ…………お、ぉ、ぉ────『お嬢』……ッ!!」


 『古地伊吹鬼こじのいぶき』……彼女は、他者の感覚を狂わせる【酒鬼の霧】という妖術を使う。


 それを身体を貫かれる寸前に使用し、ドクター・ラスの感覚を誤認させた。そして、わざと殺されたフリをしながら、ずっと反撃の機会を狙っていたのである。


 そう、こんな目の前で、こんなあからさまな妖術を使えば、簡単に気付かれる筈だったのだ……少なくとも、本物の古地鬼那が相手だったのならば。


「ドクター・ラス。お前は、母上を……妖族の誇りを踏みにじり、今も尚母上の身体を、そのゲロみたいな思想で汚し続けている」

『オ、オイッ! 待てッ、やッ、辞めろッ! この身体はお前の母親のモノだろッ!? それを傷付けるなどッ、心は痛まないのかッ!?』


 この期に及んで命乞いという愚策を取るドクター・ラスに、イブキは少しずつ顔を強張らせていく。その右手は、手の皮を引き裂かんばかりの力で、思いっ切り握り締められていた。


「痛いよ、今にも胸が抉られそう。だけど、お前みたいな奴に操られているのを見るのは、それ以上に痛い────腹わた煮え繰り返る位にな」

『待っ────ッ!?』


 これまで、母娘ともに、戦利品として、人質として、散々な目に遭わせてくれたドクター・ラス。


 その因縁を、自身の手で断ち切るかのように。



 死ぬ気で握られた拳で────その顔面を、全身全霊で殴り付けた。



『──ダバガァァァァァァァァァッ!!?』


 憑依した身であるとはいえ、その身で受けた痛覚がドクター・ラスにも伝わることは、エルマの自宅の一件でハッキリしている。


 鬼の全力をマトモに喰らった彼は、地面に叩き付けられ……そのまま、ピクリとも動かなくなった。


 そう、もう二度と……。


 ドクター・ラスを打ち倒したといえども……その身体の持ち主は、もう二度と帰っては来ない。


「…………はは、うえ……ッ」


 イブキは、ドクター・ラスを……いいや、母親を殴り倒した拳をギュッと握ったまま、一筋の涙を溢す。


  悲しみと、虚しさ、無力感……それらに苛まれ、今にも膝から崩れ落ちそうだったイブキだが……まるで、『見えない何か』に支えられるように、直立したまま嗚咽を漏らしていた。


 そこへ、イブキの元へ駆け付けてくる足音を耳にすると、彼女は慌てて袖で目元を拭い、彼らの方へと向き直る。


「──お嬢っ!!」

「ぐすッ……みんな……」

「まさか、本当に生きているだなんてっ……良かったっ、本当に良かったです……っ! さぁっ、早く逃げましょう!」

「逃げる……? まだ、英雄さんが闘っているんだよ……?」

「もう放っておきましょうよ! あんなのに関わっていたら、こちらの身が持ちませんよっ!」


 イブキの腕を引っ張って、その場から逃げ出そうとする餓鬼衆。


 すると、まるで我慢の限界と言いたげに、イブキは怒った様子で眉を潜めながら、無責任な彼らに喝を入れた。


「いい、加減に────いい加減にしろっ!!」

「お、お嬢……?」

「妖族が敗戦者でありながら、他の種族からの侵略が無かったのは、誰のお蔭!? 魔獣の襲撃から里を守ってくれたのは!? 人質に取られていた頭目を単身で取り戻してくれたのは!? 今、この瞬間も、ワレら妖族を守る為に闘っているのは誰!? それもこれも、全部っ────あの、湊本エルマじゃないのかっ!?」

「──! そ、それ、は……」

「彼は、戦争の為の道具なんかじゃない! 彼は、この世界に召喚されてから、ずっと妖族の恩人なんだよ! それなのに、いつまでもグチグチとッ……ワレら妖族は、ワレらの恩人の為に、お礼一つ言うことすら出来ないようなつまらない種族なのかッ!? ワレら妖族の本質は、そんなんじゃないだろっ!!」


 そこにあったのは、かつての頭目の面影。


 彼女と同じ鬼として勇ましくたけるイブキの説教に、餓鬼衆の面々はバツの悪そうな表情で立ち尽くす。


 言いたいことを全て言い切ったイブキは、誰に止められることもなく、一人闘う代闘者の元へ走り出すのだった。








─※─※─※─※─※─※─※─※─※─








「──イブ、キ……?」


 てっきり死んだと思われていたイブキが、俺の前に立って……『何を』している?


 こんな『化け物』みたいな俺のことが……恐くないのか?


 意図が分からず、唖然とイブキを見下ろしていると、彼女はまるで俺の心を読んだかのように優しく語り掛けてきた。


「──そうやって、いつも頑張ってくれたんだね」

「……!」

「誰にも受け入れられなくても、自分の功績を認められなくても、『物の怪』なんて罵られても……そこに居る人たちを守る為に、ずっと、ずっと、戦い続けてきてくれたんだね」


 今更、それが何だというのだ……?


 別に、頑張っていた等と強がるつもりもなけれな、誰かに認められたいとか……そんなつもりで戦っていた訳ではないのだから。


 それで、いいじゃないか。


 誰もが等しく嫌う『物の怪』だけが犠牲になってしまえば、他の誰も余計な苦しみを負う必要はなくなる。それで、世界という膨大な枠組みが抱える問題が解消されるならば、それでいいじゃないか。


 俺さえ……俺さえ、犠牲になれば、それで……。


「もう、いいんだよ────湊本エルマは、もう『報われていい』んだよ」

「ぇ…………?」


 その言葉を聞いた瞬間、ズキッと胸の奥に突き刺さったような感覚を覚えた。


 報われていい……?


 『物の怪』なんて罵られてきた俺が……?


 あまりにも馴染みのない言葉を口にしたイブキは、俺に優しく微笑みながら、まるで諭すように小さく頷いて見せた。 



「だって……『妖族の代闘者』としてのエルマも、この『化け物』としてのエルマも────ワレら『妖族』が、全部受け入れるから」



 イブキがそう言った、次の瞬間。


 俺の周りを取り囲むように、餓鬼衆の面々が次々と姿を現した。


 それは、俺を袋叩きにするため……ではなかった。


「──ま、魔族がッ、魔王がなんだってんだッ! 全員まとめて掛かってきやがれッ!!」


 それは、そう……まるで────俺のことを、庇ってくれるかのように。


 更には、あの女天狗までもが堂々と俺の前に降り立ち、仮面越しに魔族を睨み付ける。


「──微力ながら、助力させて頂きます」


 生まれて、初めての経験だった。


 誰かに、庇われるなんて……そんなこと、ある筈が無いって分かり切っていたから。


 常に、誰もが恐れる化け物として、誰かの敵として生き続けてきた俺には……理解者なんて、出来る筈もないって……とうの昔に、諦めていたから。

 

「おまえ、ら……」


 そう、『諦めていた』のだ。


 俺のやり方では……誰にも、『受け入れられなかった』……『拒絶しかされなかった』……『孤立していた』……。


 それが、苦しくて、ツラくて……気付けば、受け入れられることを、『諦めていた』のだ。


 世界を救う為に、自分を殺して、耐え難い苦痛を心の奥底に無理矢理押し隠していた。


 だとしたら。


 今まで、イブキの好意を……拒否し切れなかった理由は……。


 俺が……本当の意味で、求めていたことって……。


「これが、ワレらの答えだよ。湊本エルマが、ワレらの為に闘ってくれたことを……ここに居る者は、誰一人として、忘れはしない」


 イブキは俺の頭を慰めるように撫でながら、包み込むように優しく抱擁してくると、耳元でそう囁いてきた。


 その優しさが、あまりにも温かくて……。


 硬く凍り付いていた心が、ゆっくり溶けていくようで……。


 何もかもが初めての経験に、不覚にも心を動かされてしまったのか……イブキの胸の中に顔を埋め、彼女にだけ聞こえる声で弱々しく呟いた。


「別に……俺みたいな奴の為に、無理する必要なんかないんだぞ……?」

「何言っているのさ。エルマだからこそ、だよ」

「なんか、あれだ……こんな、温かいのは……生まれて、初めてだ……」

「そっか。良かった……」


 代闘者として情けない姿を見せる俺の心境を察してくれたのか、イブキは「大丈夫だよ」と囁き……俺の顔を胸元に隠すように抱いたまま、魔族の方を睨み付ける。


 すると、周囲に居る妖族たちの気迫が突然、爆発的に強くなり始めた。


 その異変に敏感に気付いた女天狗は肩越しにイブキを振り返り、驚いた様子で呟く。


「この、力が溢れてくる感じ……まさか、イブキ殿────【百鬼夜行】を……!」

「さぁ。奮い立て、妖族よ! 今こそ、我らの『居場所』を、我らが誇り高き『英雄』を────我らの手で守り通す時だッ!!」


 代理戦争停戦により敬遠状態となってから……『初』となる種族間抗争の幕開けは、もう目の前にまで迫っていた。


 互いに全戦力が揃っているとは言い難いが、力関係はほぼ互角だろう。


 そして、今この瞬間。


 遂に、妖族と魔族による抗争が始まろうとした……。


 その時だ。



「────そこまでだ」



 突如、両者の境目に眩い光線が落下。


 妖族も、魔族も、あまりにも突然の出来事に慌てて進軍を止める。


 すると、徐々に消えていく光線の中から、一人の女性が姿を現したのだ。


「──!?」

「あれ、は……?」


 並みの男を見下ろす程の高い背丈に、スラリと伸びた白い肌の腕と脚。まるで天女のように、半透明の羽衣らしきモノを身に纏っており、身体のラインが薄らと見える妖艶な姿は、男女問わずにその視線を釘付けにする。そよ風に漂う長く艶やかな金髪は、それ自体が光を発していると身間違える程の美しさだ。


 あの莫大な存在感と美しいまでの外見……それが手にする、先端に球体らしきモノが浮遊している不可思議な杖……間違いない、『あいつ』は……。


 彼女は、俺とミオの姿を一瞥すると、厳格な口調で語り掛けてきた。



「──久しいな。湊本エルマ、それにミオも」



 その言葉に驚きの顔を見せたのは、妖族と魔族の面々だ。


 彼らのもの問いたげな視線を受けた俺は、イブキに支えられながら立ち上がり、そいつの正体を口にする。


「あぁ……久し振り、だな────『天族の代闘者』」

「え……ッ!?」


 六人の代闘者の内の一人────『天族の代闘者』。


 その名は、ラゥ・コード。


 そして、『代理戦争』に対する徹底した『否定派』だ。


 良くも悪くも生真面目な彼女ならば、何処かしらで乱入してくると思ってはいたが……相も変わらず、厄介な同輩である。


「ラゥさま……漁夫の利でも、狙ってきたんですか……?」

「忘れたか? 我らは既に『停戦』した身だ。これ以上、身勝手な真似を続けるつもりならば────私がこの場で、全員まとめて制裁するぞ」

「ぅ……ッ!」

「ひ……っ!?」


 突如、ラゥが全身から発した、恐ろしいまでの気迫。それを目の当たりにした妖族と魔族は一斉に震え上がり、転がるようにして後退りする。


 一方の俺とミオは、怯えこそ無かったものの……自身の状態も考慮して、彼女へとこう答えた。


「悪いが……お前の【具念】を知っていて、わざわざ挑む奴は居ないだろ……」

「あはは、右に同じです……嫌でも、私はその【具念】とは相性最悪ですし……」


 それを聞いたラゥは気迫を落ち着かせると、手にした杖でカツンッと地面を叩く。


 すると、彼女の周囲に広がる『亀裂』が、みるみる内に塞がっていった。


 そして。



「良かろう。ならば、『天族の代闘者』の名の元に宣言させて貰う────此度の闘いは、これにて終焉だ」



 ラゥ・コードが切り出した、闘いの終わり。


 それを聞いた妖族も、魔族も、何処か安堵した様子を見せて、次々と武器を下ろしていく。


 闘うべきだったのか、辞めるべきだったのか……それすら、分かる者は居ないだろう。


 ただ、事態が悪化することだけは避けられた……今は、その事実だけで充分だったのかも知れない。



 







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