標と柱(2)
女天狗から報告を受けてから、ほんの数秒後。エルマと共に無道山の森林を駆け抜け、里に下り立てば……里は、既に戦場と成り果てていた。
ほんの数分前までの、平穏な里の景色は影も形もない。
数十体に渡る人造魔人が里を破壊しながら横行闊歩し、妖族たちを襲っている。里を燃やし尽くす戦火は世界を真っ赤に染め、まるで地獄に等しい悪夢のような光景がそこに広がっていた。
「里が……っ……こんな、酷いことを……っ!」
「俺から離れるな、イブキ。あの時ラボで見た人造魔人が数え切れないほどにいる」
いつにも増して険しい目付きでそう言うエルマは、地面を蹴って高く跳び上がると────目の前に立つ人造魔人を拳で殴り付け、木っ端微塵に粉砕。
そして、その隣も、更にその隣も、たった一撃で葬り去っていく。
相変わらずの人間離れした力業には感服するが……続けてワレらに襲い掛かってきたのは、明らかに正気を失った様子の妖族たちだ。
「──ゥガァァァァッ!!」
「なんだ? こいつら、何か様子がおかしくないか……?」
「この感じ、まさか……母上の【百鬼夜行】を……!?」
襲い掛かってくる妖族からも、周囲を動き回る人造魔人からも……良くも悪くも、『懐かしい気配』が漂ってくる。
戦争中、幾度となく前線駆け巡り、妖族の心を鼓舞し続けた『鬼』の気配────古地鬼那、我がいとしい『母』の力強く優しい気配、そのものだったからだ。
だとしたら、こんなにも……こんなにも、屈辱的なことは無い。
妖族を守る為にあった力が、こうして妖族を傷付ける為に悪用されているだなんて……。
「【呪術】……憑依した者が持つ妖術まで使えるのか、やってくれるな……」
「違う……母上の妖術は、他者を無理矢理従えるような力じゃないのに……」
このまま放ってはおけない。
エルマが操られた妖族の土手っ腹を蹴っ飛ばして彼らを気絶させると、その隙に、ワレは逃げ惑う里民たちへ向かって大声を張り上げる。
「──皆ッ! 急いで『大廻川』の方へッ!! 向こうの方が身を隠せる場所が多いからッ!! 早くッ!!」
『大廻川』には、妖族の中でも曲者ながらも武闘派が大勢揃っている。
『往古盆地』の里民とは馴れ馴れしく接してくれる間柄ではないが……この緊急事態下ならば、流石の彼らも避難の手助けぐらいはしてくれる筈だ。
里民たちは、ワレの避難誘導に戸惑いつつも、決心した様子で里の外へ逃げていく。
その最中、フラフラとワレに声を掛けてのは、擦り傷だらけになった餓鬼衆の面々だった。
「お、お嬢……ッ」
「餓鬼衆の……っ! 良かった、無事だったんだ……!」
「──と、頭目は、どうしちまったんですか……? まさか、本当に妖族を裏切ったなんて……そんなこと、あるわけないですよね……?」
「──ッ!」
その問い掛けに、思わず心臓が跳ね返る。
そうだ……今、この事態を引き起こしているのは……『母の身体に憑依した』ドクター・ラスだ。彼らからすれば、まるで古地鬼那が『また』裏切ったように見えてもおかしくはない。
しかも、彼女は────既に、死んでいる。
こんな……わざわざ餓鬼衆の心を折るような状況を……一体、どう説明すればいい?
「お嬢、もう、ハッキリして下さいよッ……頭目とお嬢は……『鬼』ってのは……俺たちの味方なんですか、敵なんですか……!?」
「え……」
「いい加減にして下さいよ……ッ! 俺たちは、裏切られるのも、敗けて辛い思いをするのも、もう嫌なんですよ……ッ!」
「……ッ………………」
まるでひび割れた硝子のように、今にも砕け散りそうな苦痛に満ちた声を聞いて、思わず胸を突き刺されるような痛みに襲われた。
すると、折角胸の奥に押し隠していた感情が溢れ出しそうになる。
ワレも、餓鬼衆も、目の前で起こっている惨状に、心がへし折れそうになって不様に立ち尽くしていると────そこへ唐突に、耳を疑うような発言が飛び込んできた。
「──だったら、『餓鬼衆』なんて小物の集まりはさっさと辞めちまったらどうだ」
湊本エルマ。
パンパンと手を払う彼の周囲には、既に、幾つもの人造魔人の残骸が転がっていた。
彼の無責任な発言を聞いた餓鬼衆は、顔面を憤怒で強張らせてその胸ぐらに掴み掛かる。
「なん、だとッ、代闘者ッ……たかが余所者がこんな時に下らねぇことぬかしてんじゃねぇぞッ!!」
「──信じたいモノを他人に委ねんな」
「なッ、に……ッ?」
「お前ら、何で餓鬼衆に加わったんだ? 誰かに強制された訳じゃないだろ。あのキナとイブキを信じたから……例え二人が部外者であろうと、一緒に戦いたいって思ったからだろうが」
「──! 英雄、さん……」
「それ、は……ッ」
「そんなワガママをしておいて、いざ立場が不利になったら責任を二人に押し付けるのか? いい加減にしておけ。自分が本当に信じたいモノがあるなら────最後の最後まで、自分自身のそのワガママを貫き通してみせろ……ッ!!」
そう怒号を放ちながら胸ぐらを掴む手を払い除けると────振り向き際に拳を振るい、目の前にまで迫っていた人造魔人の顔面を、粉砕。
だが、石人形が崩れ落ちた背後には、未だ、景色を埋め尽くす程の人造魔人がひしめき合っていた。この世の終わりのような光景を前に、エルマは一切怯みもせず、果敢に飛び掛かっていく。
すると、その直後。
彼が走っていった方とは逆の方向から、甲高い悲鳴が上がった。
「──きゃぁぁぁっ!!」
見れば、今まさに崩れ落ちそうな燃え盛る家の下に、少女の姿が。
それが音を立てて崩れ始めたと同時に。
ワレは即座に少女の元へ駆け出し、炎に包まれた家そのものを両腕で何とか支え切る。
「──ぐッ、ぎぎぎぃぃ……ッ!!」
「鬼の、お姉ちゃん……?」
「おい、イブキっ! あまり離れるなっ!」
「ぐッ、くッ……ワレもッ、母上もッ、信頼だとかッ、地位だとかッ、そんなモノが欲しいから戦っていた訳じゃない……ッ!」
腕を蝕む激痛と、重量と、高熱を死ぬ気で堪えながら、ワレは心の内にある想いを呟き始めた。
まるで、自分自身の身体を奮い立たせるように。
「──ただ、この妖族が大好きだから。ワレらを迎え入れてくれた温かい人たちを守りたいって……そう思ったから、一生懸命になれるんだよ……ッ!」
「お、嬢……ッ」
「『信じてくれ』なんて都合のいいことは言わないッ……『付いてきてくれ』なんて偉そうなことは言わないッ……ワレらは、自身のやりたいことを、自身の信じることを、自分勝手に貫く────それが、『餓鬼衆』……ッ!! ワレらの生きる信条なんだ……ッ!! ぉおおおおぁぁぁぁぁァァァァァァァァァァァァッ!!」
そして、全身の力を振り絞るように絶叫を発しながら────燃え上がる家を、放り投げる。
衝撃で、家の残骸は粉砕。
ワレは肩で息をしながら足元の少女を起こし、「早く逃げて」と急かしてから、唖然とこちらを見つめる餓鬼衆の面々へと視線を送った。
「ハッ、ハッ……ゲホッ、そうだよね、皆……っ?」
こちらの信念が伝わったのか、徐々に餓鬼衆の顔にも光が戻ってきた。
大丈夫だ。
例え母上が……古地鬼那が居なくても、ワレらは戦える。餓鬼衆の誇りと信念を胸に、生き続けることが出来る。
だが、現実は容赦なく牙を剥いた。
『────やはり、敵として置いておくのは脅威だな』
母上の……いいや、ドクター・ラスの呟きが聞こえた、次の瞬間。
突然、後ろ首筋を思い切り鷲掴みにされ、身体を持ち上げられてしまう。慌てて抵抗しようと足掻き苦しむが……その並外れた腕力を、引き剥がすことが出来ない。
「──!? ぁッ、ごは……ッ!?」
「──イブキ……っ!」
それに気付いたエルマが、即座にこちらへ駆け寄って来る。
しかし、その行く手を阻むかのように、突如、彼の目の前に一人の少女が立ち塞がった。
「──お久し振りです、エルマさま。申し訳ないんですけど、邪魔はさせませんよ?」
「──ミオッ、お前……!」
魔族の代闘者、ミオ。
何故彼女が、まるでドクター・ラスに与するような動きを……?
その答えが出るより前に、背中に何か鋭いモノを突き立てられているような感覚を覚えたと思ったら……。
『この世にいる鬼は────私一人で充分だ』
「あ……ッ」
ズブブッ、と鈍い音が響く。
同時に、背中から胸元に掛けて、強烈な違和感と鋭い激痛が走った。
すると、途端に全身の感覚が抜けていき、ガタガタと口元が痙攣し始める。
恐る恐る、視線を下げて目の当たりにしたのは────胸元の肉を引き裂いて突き出していた、母上の『貫手』だった。
「──がッ…………ふ……ッ」
あぁ、ようやく……ようやく、元通りになるかと、そう思っていたのに……まだ、死ぬわけには、いかないのに……どう、して……。
ワレは無意識の内に、小刻みに震える手をエルマの方が伸ばして、そして、そのまま……。
────真っ暗で無音な世界へと、堕ちていった。
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