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 誰が為の英雄に



 一瞬、世界の時が止まった。


 目の前でイブキの身体を貫かれ、そのまま力なく地面に倒れ伏すと、瞳孔が開いたままピクリとも動かなくなる。


 『絶命』した……それを認識したのは、背後から餓鬼衆が悲痛な叫び声を発した時だった。



「────お、お嬢ぉぉッ!!」



 周囲に悲哀に満ちたムードが漂うと、それを目の当たりにした餓鬼衆も里民も次々に泣き崩れてしまう。


 その光景を勝ち誇った様子で眺めるドクター・ラスは、まるで見せびらかすように、イブキの頭を容赦なく踏みつけた。


「──ククッ、クククク……ッ! 何処までもてこずらせてくれたものだなぁ、『鬼』ィ? だが、欲しい力は手に入れた……お前に、もう用は無いッ!」


 イブキや妖族を冒涜したような振る舞いに、頭の中でプチンッと何かが切れた。


 思わずドクター・ラスに詰め寄ろうとすると、俺の前に立ち塞がるミオが、優しげな笑みを浮かべながら制止の声を投げ掛けてくる。


「──オイ」

「エルマさま、まずは少し状況を見ませんか?」

「あ?」


 ミオが指差す方向を追って振り返ると……そこには、妖族を取り押さえる人造魔人の大群があった。


「──うわぁっ!?」

「ひッ、ぃッ……コイツら、まだ……ッ!」


 既に相当な数を倒していた筈だが……そもそも、コイツらには自己修復機能が備わっている。やはり、元を絶たない限り、連中を沈黙させるのは難しいようだ。


 しかし、悪夢はそれだけでは済まされなかった。


「ナビードだけじゃありませんよ。見えますか? あの丘の向こうに待機している『軍勢』を」


 そう言われて地平線の彼方を見てみれば……そこには、丘を埋め尽くす程の黒い影。


 それを目にした妖族たちは、顔を真っ青にして、頭を抱えてガクガクと震えながら、絶望の嗚咽を漏らし始めた。


「うそ、だろッ────『魔王の軍勢』が、何でこんな時に……ッ!?」

「あ、ァァァァァァ……ッ!」

「無理、だ、こんなのッ……もう、終わりだッ……」

「たす、けてッ……だれか……だれかぁぁ……ッ」


 前方に、魔王の軍勢……後方に、人造魔人の大群……だが、今すぐに行動を起こすつもりは、無さそうだ。


 この、自身らの力を誇示するような立ち振舞いは……。



「分かりますか、エルマさま────妖族は、人質に取らせて貰いました」



 ミオがそう言うと、それを聞いたドクター・ラスが苛立った様子で怒鳴り声をあげてくる。


「おいッ! なにをそんなモタモタする必要があるッ!? もうコイツらは虫の息だッ! 代闘者共々さっさと皆殺しにしてしまえばいいだろうッ!」

「──黙ってて貰えますか、ドクターさま」

「ぅ……ッ」


 言葉と眼力の圧であのドクター・ラスを黙らせたミオは、改めて俺に向き直り、友と雑談するような口調で語り始めた。


「何故、そんな真似をするのか……それは勿論、エルマさまが居るからです。エルマさまがその気になれば、一人で魔族を滅ぼすなんて造作もないことでしょう?」

「何故、急にやる気になった?」

「この世界の本質は、『闘い』です。魔族の存続を願うならば、他の種族は必然的に障害となる。これでも私、魔族の皆さんのことを結構好いているんですよ」

「……」

「それに、エルマさまも気になっているんじゃないですか? この世界に召喚された代闘者同士────私とエルマさまが戦ったら、果たしてどちらが勝ち残るのかと」


 いつか、イブキも尋ねてきた疑問だ。


 代闘者と代闘者が戦ったら、どうなるのか……それは、誰も知る由が無い。この世界の住民も、俺たち代闘者自身でさえも。


 何もかもが、どうなるのか……全くの予測がつかない。


「つまり、再開する訳だな────あの時取り辞めた、『代理戦争』を」

「受けざるを得ませんよね?」

「その前に……一つだけ言わせて貰えるか」

「はい、もちろんです。何ですか?」


 以前までの俺だったら、話し合いで終わらせようとしていたところだろう。自らの命を懸けてまで、代闘者と闘う理由はなかったから。


 だが、『理由』が……出来てしまった。


 山奥での平穏な暮らし……毎日のように絡んで来る鬼の賑やかし……これまで食べたことも無い位に美味しい食事……妖族の絆と思いやりの涙……そして、イブキの無惨な最期……それら全ての記憶が、俺に『理由』を与えたのだ。



 ────お願い。妖族を守ってあげて、英雄さん……。



 異世界の『英雄』……。


 俺には、まるで相応しくもない称号。


 『物の怪』には、遥かに遠く、眩し過ぎる肩書き。


 ただ、もしもそれに必死にすがる者が居るのならば……命を懸けてまでも助けを求める者が居るのならば……今は、せめてこの時だけは────『英雄』とやらの真似事をしてやろう、と。



「もし、この闘いで俺が勝ったら────魔族も、世界連合も、誰一人としてただで帰れると思うな」



「くすっ、エルマさま────それは、こちらの台詞ですよ」








─※─※─※─※─※─※─※─※─※








 妖域の往古盆地を遠目に眺める丘の上で、魔王の一人が少し苛立った様子で呟く。


「何故、我らが後方待機などしなくちゃならんのだ。オマケに、こんな離れた場所に配置させる意味が分からん」


 魔王軍が兵を構えるのは……往古盆地から見て、広大な平地を挟んだ反対側の丘の上だ。


 こんな所からでは、いざ進軍を試みようにも妖域までの距離が遠過ぎる。【遠距離魔術】や【転移魔術】を使用する手もあるが……いずれにせよ、妖族に反撃までの猶予を与えてしまうのは間違いない。


 それを聞いた隣の魔王は横目で彼を見ながら、呆れた表情で首を横に振った。


「『英雄』である彼女の言葉にケチを付けるつもりならば、魔域で待機していれば良かったではないか」

「ケチなど付けていない。ここまで警戒する意味があるのかと思っただけだ」

「ふむ?」

「ミオ……奴の強さは、度を越えている。六種族の中でも最強と名高い、我ら魔族よりも『遥かに』な。あんな怪物よりも強い者など、存在するわけが無い。少なくとも、我にはとても想像がつかん。そうは思わんか?」

「それは、確かに……む? アレは?」


 何かに気付いたような声に、魔王軍の面々は同時に上空へと視線を向けた。


 妖域の方から、何かが飛んで来る。


 視力の優れた魔族たちは即座に、それが後ろ向きになっている『ミオ』であることに気付き、思わず顔をしかめた。


 妖域に単身乗り込んでいった彼女が、何故こちらへ飛んで来るのか……と。



「──ミオ……?」



 心配そうな表情を浮かべるガウスがそう呟き、ミオが、だだっ広い平地のど真ん中に着地した……次の瞬間。



 ────世界が、痙攣した。



 ミオの着地した場所を中心に地割れが起き、大地が物理的に波打つと、彼女の周囲の地盤が花弁のように捲れ上がる。


 身体が地面から跳ね上がりそうな凄まじい衝撃に、魔王たちでさえも、慌てて体勢を立て直す。


「──むぉぉッ!?」

「くッ、な、なんという衝撃だ……ッ!? い、いや、待て……妖域の方から、また何かが来るぞ……?」


 驚いている間もなく、次は往古盆地の入り口から、地面を這うように黒い人影が飛び出す。


 人間とは思えない速度で平地を駆け抜ける一人の青年が、その先でゆっくりと立ち上がるミオと、勢いよく腕と腕をぶつかり合わせると……。



 ────衝撃波、そして爆裂。



 その周囲にある捲れた地盤が木っ端微塵に粉砕し、再び、周囲の大地を揺るがす程の大振動が発生した。


「──むぐぉぉぉぉォォォォッッ!!?」

「な、なるほどッ……こういう、ことだったか……ッ」


 もしも今、魔王軍があの平地に待機していたら────その瞬間、彼女らの天地を揺るがす衝突に巻き込まれ、一瞬で全滅していたかも知れない。


 恐らくは、全員が同じ考えに至ったのか、シンッと静まり返る魔王軍。


 その中で、一人だけ恐る恐る前に進み出たのは、ガウスだ。


 彼は、平地で展開された闘いを見下ろしながら、何処か興奮したような表情で喉の奥から滲み出すようにこう呟くのだった。



「遂に、始まるのかっ……『代理戦争』────代闘者と代闘者の、本気の潰し合いが……っ!!」














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