隔てた扉は心の距離
とある世界で、全ての人々を巻き込んだ世界大戦があった。
戦場に赴いた兵士だけでなく、老いた者も、女や子供も、その戦火に呑まれ……何の罪も無い者たちが次々に命を落としていく、おぞましく凄惨な殺し合い。
終結の未来は、誰の目にも見えなかった。
怒りと、憎しみと、悲しみで支配された戦いは、他者を殺し尽くすまで収まることはない。『世界滅亡』という、世界中から命が無くなるのは時間の問題だと、そんな予測すら立ってしまう程に、人々は追い込まれていたのだ。
そんな状況下で、『世界滅亡』を防ぐにはどうすれば良いのか?
難しいことではない────ただ、『強くなればいい』のだ。
例え、どんな強力な兵器を用いたとしても、どれだけ膨大な兵力を用意したとしても、全人類が束になったとしても……決して負けない位に、全人類共通の『敵』と恐れられる位に……。
鍛えて、鍛えて、鍛えて、飽くまで鍛え続けて……世界で一番、『強く』なれば良い。
そして、全ての人々がこちらの敵に回った時……彼らの手で『処刑』されてしまえば良い。
「我らの勝利だ」と、「人類の敵は倒した」と……前までは殺し合いをしていた者たちが、互いに肩を組んで、その偉業を誇り────やがて、世界には平和が訪れる。
全ての存在の敵となり、最後には自らの身を捨てて……結果的に滅亡寸前の世界を救済した、『自己犠牲の怪物』。
────それが、『物の怪』と呼ばれた少年の選択だったのだ。
─※─※─※─※─※─※─※─※─※─
非難されるのは、慣れている。
孤独になるのも、慣れている。
敵対視されるのも、慣れている。
そうやって俺のことを嫌い、怖がり、突き放してくれれば……相反して、妖族の結束はより磐石なモノになっていく。
その為ならば、俺は喜んで犠牲になるつもりだ。
この妖族という種族は、今でこそ『敗戦者』として弱体化してはいるが……彼女らの雰囲気は、個人的に嫌いではない。だからこそ、俺みたいな部外者が居なくても大丈夫なくらいに強い種族になってくれれば……それだけで、彼らに召喚された甲斐があるというモノだ。
そう、思っていたのに……。
「何で付いてくるんだよ、お前は……?」
イブキ……この鬼娘だけは、どうやっても引き離すことが出来ない。
無道山の自宅前に戻ってくると、背後には少しだけ息を切らして立つイブキの姿。流石に呆れながら振り返ると、彼女はジッと俺の顔を見上げながらこう言い放った。
「──公平じゃないから、かなぁ」
「は?」
「だってさぁ、ワレは自分の隠したかった素性や過去を暴露されまくったのに……英雄さんのことは殆ど知らないんだもん」
「いや、そこは別に公平性を求めることじゃないだろ……」
「それはぁ、そうかもだけど……その、なんだろ……ワレが納得いかないのっ!」
「何をそんなムキになっているのかは分からないが……放っておいてくれるか。少し休みたい」
何だろう……いつものイブキと比べて、言葉の節々が妙に歯切れが悪いような……。
頭に引っ掛かる感覚を覚えながら、イブキを閉め出そうと引き戸を閉じようとしたところで……突然、入ってきた手に閉じるのを妨げられ、彼女はその隙間から俺を覗き込んでくる。
「──逃げないでよ、英雄さん」
「逃げる……?」
「さっきのことも、里の皆から糞を投げられていた時も、世界連合から母上を取り戻してくれた時も────英雄さんは、いっつも自分に非難が向くように立ち回っているでしょ?」
「──! なんの根拠があって、そんなこと……」
「見くびらないで欲しいな。これでも、ずっと英雄さんのことを見てきたんだよ? だから、さ……」
引き戸のほんの少しの隙間を隔てて、閉じようとする俺と、開こうとするイブキ……彼女は腕をプルプルと震わせながら、隙間の中からこんな懇願をしてきた。
「ちょっと、開けてくれない……ッ? 少し、話をしようよ、ねぇぇぇ……ッ?」
「なんか、やっていることが借金取りみたいだぞ、お前……」
「そんなこと言わずにさぁッ……美味しいご飯、いっぱい作ってあげるからさぁぁぁ……ッ?」
「え………………いやっ、もうその手には乗るかっ!」
「今ちょっと揺らいでいたじゃんかぁぁぁッ!」
(何でバレてんだ……ッ?)
「わきゃぁっ!?」
直後、心境を見抜かれた動揺で思わず戸を手離してしまい、その反動でイブキが地面に派手にひっくり返る。
流石に申し訳なくなって彼女を引き起こし、結局家に上げることに。
なんか……彼女とは、こんなパターンを繰り返しているような気がするのだが……どうしていつも、こうなってしまうのだろうか……。
「いったぁ~……あんないきなり開けるかな普通ぅ」
「お前が開けろって言ったんだろうが」
「閉め出されるのはワレも困るよぉ。ここには母上も居るんだからさぁ」
「それは、確かに……ちなみにずっと寝たっきりだが、食事とか取らなくても平気なのか?」
「あれっ、気遣ってくれるんだぁ」
「いや、その……あれだ。早く目覚めて貰って、早く出ていって貰いたい、それだけですが?」
「ふふっ」
「なんだよ」
「ううんっ。やっぱり英雄さんは優しいんだなぁって」
「からかうのは辞めてもらっていいか?」
「えっ、本音だよ?」
「んぐッ」
駄目だ……こういう言葉を向けられるのは苦手だ、慣れていない。
からかっているのか、気遣いで言っているのか……イマイチ読み切れない表情で微笑むイブキから反射的に目を逸らし、ガシガシと頭を掻く。そんな俺の姿を見た彼女は、その状況を楽しむかのようにまた小さく笑みを溢すのだった。
────そこに、何者かの悪意が近付いていたとも知らずに。
『────ミツケタゾ、鬼』
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『マグナ・レウム』。
『魔域』を支配する『魔王』たちの議場であり、魔族の活動方針、戦争中の作戦会議……魔族におけるありとあらゆる事柄が、この議場にて最終決定される。
此度、マグナ・レウムの円卓に集ったのは、三人の魔王。
魔域において最高級の威厳を誇る彼らが、各々で意味深な表情を浮かべて見つめる先には、ごくごく普通の少女の姿があった。
「『四原魔王』……全席が揃っていないのは残念ですが……皆さまがいれば、充分に目的を果たせます」
魔族の代闘者、ミオ。
おしとやかに空席に腰掛けて言う彼女に対して、一人の魔王が怪訝そうな表情で問い掛ける。
「──あちらの代闘者はどうするつもりだ。お前と同等の強さだとすれば……情けない話だが、我らでは到底太刀打ちは出来んぞ」
「心配は要りません。既に、種は蒔いておきました。それに、『妖族の代闘者』は私が相手をしますので」
平然とそう答えたミオはスクッと立ち上がり、ただ一人情勢を見通した様子で語りながら、円卓の周囲をブラリと歩き始める。
すると、また別の魔王が短い言葉を投げ掛けた。
「──貴様なら、勝てると?」
「──さぁ。それは分かりません。ただ一つ間違いなく言えるのは、仮に、あのお方が私より強かったとしても────私に『敗北』は有り得ない、ということです」
すると、その場にいる全ての魔王が納得した様子で息を吐いた。
彼らは誰もが知っている────ミオが有する、不可解な【具念】について。
間違いなく、『勝利だけが約束されている』……むしろ、『敗北だけは不可能』……あとは、自分達が決断するだけなのだと。
「──ミ、ミオ……」
ただ一人、ミオのことを心配そうに見つめているのは、魔王たちの中で最も幼い魔王、ガウス・デーモ・ハンナヴァルトだ。
その視線に気付いたミオは、彼の傍に寄り添って肩に手を添えてから、優しく微笑み掛けると……。
「さぁ、皆さま、いざ戦いの準備を。これから日の出までに、世界から一つの種族が消え去ることになるでしょう。今こそ、六種族が一角────『妖族』を、滅亡させる時です」
今ここに、魔族の代闘者による、戦争の合図が下されるのだった。
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