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 火中の里巡り



 ────一緒に里へ遊びに行こう。



 キナが帰還してほとぼりが冷め始めた頃、唐突にイブキが口にしてきた提案に、俺は思わず「いや、馬鹿か?」と否定的な言葉を返す。


 しかし、イブキが言った「美味しい食事処、いっぱい紹介してあげるからさぁ」という口車に乗せられ、布地で口元を隠した状態で里に下りてみることに。


 一体、どうしてしまったのだろうか、俺は……。


「お腹が空いた時は、あそこの立ち食い蕎麦がオススメ! 気軽に立ち寄れるし、色々な具材を選べるから全然飽きが来ないんだよぉ。少し休憩したい時は、あっちにある甘味処かなぁ? あそこの抹茶ようかんが、スッゴく美味しいんだよねぇ」

「こんなに色々なお店あったのか、全然気付かなかった……」

「里に下りて帰ってくる頃には、いっつも糞まみれだったもんねぇ」

「お陰様で、食料調達するのも至難だったな」


 まぁ、今も素性を隠していなければ、即座に糞の集中砲火を喰らう羽目になるのだろうが……。


 そんな心配を抱えながらイブキと共に里の中を歩いていると、里で暮らす形状様々な妖族たちが次々に彼女へ声を掛けてきた。


「おや、イブキちゃんじゃないかい。今日もお散歩かい?」

「お嬢ちゃん! 今日も新鮮な野菜が入っているよ! 一つどうだい?」

「お嬢っ、いつもみたいにお酒の補充しとくかい? 今ならサービスするぜ?」

「鬼のおねえちゃんっ! あ~そ~ぼ~っ!」


 彼らに声を掛けられると、イブキは誰に対しても優しい笑みを浮かべながら楽しそうに言葉を交わす。すると、その笑顔がまるで伝染するように、彼女の周りにも広がっていくのだ。


 その光景を見ていると、イブキが盆地の妖族たちに慕われる理由が何となく分かるような気がする。


 そうして何度か住民と言葉を交わしてから、俺たちは川沿いにある和傘付きの縁台に腰掛けて一休みすることに。


「人気者だな」

「うんっ、里のお酒は相変わらず美味しいよねぇっ」

「聞けよ。ていうか真っ昼間から酒盛りですか?」

「そういう英雄さんも、抹茶ようかん三棹目じゃん」

「これめっちゃウマイ」

「ワレも食べたいっ、ちょうだいちょうだーいっ」


 そんなやり取りを交わしながら、二人の間に置かれた菓子類を分け合って川辺のスイートタイムと洒落込む。イブキは里で分けて貰った酒を小さな平盃でチビチビと呑んでいたが、一向に酔いの気配が見受けられず、相当酒に強いことが窺える。


 そうやってしばらくの間、自然の空気を感じながら他愛もない会話をしていると、話の内容は妖族についての話題になった。


「妖族って、六種族の中でも特に『外来者』が多いらしいんだよぉ。特異体質者、障害者、孤児……そんな住む場所を追われた者たちが沢山集まって、今の妖域が形成されていったんだってぇ」

「その中でも、お前たち親子は新参者ってわけか」

「結構前の話ではあるけれどねぇ。だけど、妖族の皆は見ず知らずのワレと母上を快く受け入れてくれた……あの時は、本当に嬉しかったなぁ」


 まるで昔を思い返すように青い大空を見上げながら語るイブキの横顔は、今まで見てきた笑顔の中でも、何よりも穏やかな雰囲気を醸し出していた。


 ようやく、戻るべき形に戻った……そんな感じだ。


「敗戦者として身柄を差し出された時、恐怖こそあったけれど、恨みなんて感じなかった。むしろ、その逆。ワレらを受け入れてくれた妖族には、せめてもの恩返しをしたい……例え、この身を犠牲にしてでも、また住む場所を追われたとしても、妖族の皆だけは守りたいって」

「それほどに大切な居場所、なんだな」

「うん。ここは、『鬼』が『鬼』らしく居られる場所……だから、とても居心地がいいんだぁ」

「自分が自分らしく、か……」

「英雄さんは、どうなのぉ?」

「俺?」

「自分にとって居心地がいい場所、元居た世界とかにもあった?」


 不思議そうな表情で、イブキは首を傾けて俺にそう尋ねてくる。


 この世界に召喚されてから自分の過去を尋ねられるのは、他の代闘者との会談以来だ……俺は頭の中でボンヤリと過去を思い出しながら、こう言葉を返した。


「──考えたことも、無かったな」

「ふぅん……? そういえば、これまで聞いたことなかったけれどぉ……英雄さんって、何で『英雄』って呼ばれるようになったのぉ?」

「いや、そもそも俺は『英雄』なんて呼ばれたことは、一度も無い」

「えっ? あっ、そうだったの?」

「あぁ、なにせ俺は────世界の平和を脅かす『危険人物』として『処刑』された身だからな」

「え……ッ!?」


 イブキにしては珍しく、大きく目を見開きながら驚きの声を漏らす。


 するとそこへ、俺たちの背後から、こわごわとした口調で何者かから声を掛けられた。


「──お嬢」


 振り返った場所に立っていたのは、険しい顔つきをした『餓鬼衆』の面々だった。


 先頭に立っているのは、鬼の面を被った妖族。彼は、『首無し』の異名を持つ妖族、名前はスズヒコというらしい。餓鬼衆の中でも信頼が厚い妖族であり、キナに代わって餓鬼衆のまとめ役を務めている。


 彼らの警戒心を剥き出しにしたような様子に、イブキは若干戸惑いがちに問い掛ける。


「あれ? 餓鬼衆の皆……どうしたの?」

「──何故、まだそんな奴とつるんでいるんですか? その男は、英雄の身でありながら戦いを放棄した卑怯者ですよ?」

「……!」


 俺の目の前で、堂々と非難の声を上げるとは……どうやら、中々に優秀で肝が据わった人材が揃っているようだ。


 俺はゆっくりと腰を上げ、彼らの前に立ち塞がると、まるでイブキの誤解を解こうとする。


「俺が里の案内を頼んだだけだ、別にコイツは悪くはない」

「え……? 英雄さん……?」

「得体の知れない奴が、お嬢に気安く言葉を交わすのは辞めて貰おうか! いいか? 我らは誰一人としてお前のことなど認めてはいないっ! 闘うことを放棄した代闘者など、ただの役立たずでしかないのだからなっ!」

「ちょっと皆っ!」


 そこで、イブキの制止の声を遮るように、俺は餓鬼衆の目の前で、妖族の代闘者らしからぬ脅しを投げ掛けた。


「──なら、今ここで妖族を皆殺しにしてやろうか?」

「な……ッ!?」

「俺は、『英雄』なんかじゃない。世界中の誰もが恐れ嫌っていた────『物の怪』だったんだからな」

「『物の怪』……?」

「いいか? 俺にとって、一つの種族を根絶やしにするなど造作もない。今は、俺の気まぐれで生かされているんだと……精々念頭に置いておくんだな」


 それだけ吐き捨て、俺は緩やかな足取りでその場から立ち去る。


 すると、背後からイブキが慌てて声を上げようとしたが……。


「あっ、英雄さん……!」

「お嬢っ! 何処へ行くつもりですか!?」

「何処って……! 英雄さんを追わないと……!」

「お嬢っ、今の聞いていたんですかッ!? やっぱり、あの代闘者は危険人物だったんですよ! お願いしますからあんまり馬鹿な真似をするのは辞めて下さいッ!」


 鬼と餓鬼衆……暴走する頭と、制止する子分……いい関係性じゃないか。


 それでいい。


 俺なんかに構っている暇があったら、お前らは、お前らの関係性を大切にしておいた方がいい。


 それが、お前のやるべきことだろ、イブキ。


 当初と比べて、段々と明確化していく妖族の雰囲気に、俺は少しだけ満足感を感じながら、さっさと自宅へと帰っていくのだった。









この作品に目を通して頂き、ありがとうございます!


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