4、二人屋根の下
住宅街の一角にひっそりと佇むアパート。
その二階奥にある家の前までやってきて今更、部屋が散らかっていることを私は思い出した。
「少し待っててくれる? 足の踏み場もないくらい散らかってるから」
「はい、お構いなく。寝床があるだけで俺は十分ですから」
「そう。それじゃあ、少し待っててね」
一人、家に入り慌てて掃除をする。
セックスはおろか、男性と付き合った経験すらない私が大胆な行動に出たものだ。
妹からは人を遠ざけるオーラが漂っているとさえ言われた、色恋沙汰とは無縁の私。
エステに通ってるわけじゃないけど、最低限美容には気を使ってるつもりだけど、決してこれは営業先の男や空気が読めない上司を喜ばせるためにやっているわけじゃない。
今更いい出会いが湧いて来ることを期待しているわけじゃないけど、私だって、妹のように青春を謳歌したいという願望は持ち合せているつもりだ。
時間がかかる掃除は後回しにして、見られたら困るものから順に最低限の掃除を済ませ、男性を部屋に入れる。
仕事先を変えたのをきっかけに半年前から家賃の安いアパートに引っ越してきたばかり。
時々、妹が遊びに来る以外、誰もやってこない家だから、狭くても平気だと思って生きてきたけど、こうして男を家に入れると情けない気持ちになった。
「ごめんなさいね、狭い部屋で。ソファーで寝るのが嫌なら、ベッドを使ってもいいから」
キッチンが付いた六畳一間にソファーとベッドを置いているため、小さな本棚一つでほとんど空きスペースがない。それでも男性は気にしていない様子だった。
「大丈夫です。寒さを凌げるだけでも十分です。それに、広い家だと空間が多くて心細くなりますので。お姉さんが近くに感じられて安心です」
「そう、明日も仕事だからシャワーを浴びてすぐに寝るわ。行く当てもないでしょうから、大人しくしてて頂戴」
「そうさせてもらいます。お姉さんもお疲れのところすみません……」
「気にしなくていいのよ。終電逃してイライラしてたけど、貴方を見ていたらどうでも良くなったわ」
妹に比べたら大人しそうだし、困っている人を助けて悪い気はしない。
タクシー代をケチってネットカフェにでも行こうかと悩んでいたけど、明日の仕事に支障をきたさないためにも、家に帰る決心が出来たことも大きい。
ソファーに座り、虚ろな目をして既に眠たそうにしている男性をよそに、私は素早く洗濯機を回してシャワーを浴びた。
偶然が重なって若い男を家に連れ込んでいる……。
社会人になってからも色恋沙汰とは無縁だった私にとって信じられないくらい大きな快挙。
そのことをついつい意識してしまい、恥じらいを覚えながらバスローブを羽織って部屋に戻ると、男性は私の懸念とは裏腹にすやすやと眠っていた。
「本当にもう、私に魅力がないって言いたいのかしら?」
緊張が解けると同時に無防備な寝顔を見つめているだけで胸が高鳴る。
恐る恐る男性に近寄っていき、顔を覗き込む。
学生時代から胸が大きいことがコンプレックスだった私は男性恐怖症だった。
でも、今は独りで生きている寂しさの方が辛くこの身に圧し掛かってくる。
交友関係が広かったわけでもないのに、周りはどんどん結婚して、子どもまでいる友人も少なくない。
こんな調子で気づけばおばさんになっていくのかと思うと、自分が情けなくなることもよくあることだった。
「信じられないくらい似てる。まさか、化けて出てきたわけじゃないわよね、克也君……」
優しく頬を撫でる。少しだけまだ桜の香りが漂ってきた。今すぐにでも寂しさを埋めたい衝動に駆られるが、愚かな女だと思われるのも嫌だし、何より信頼を失うのは耐えられそうにない。
私はそっと毛布を掛けてベランダに出ると、煙草を吹かして肌寒い夜風で熱を冷ました後、一日を終えた。




