第九話 門番さん、こいつです!
「ちょっとミルカ、あれ何よ?」
「わ、私だって知らないですよ」
とにかく、私たちは道の端に寄って、寝転がる男となるべく距離をとって通り過ぎた。
「あれ、盗賊かな?」
私はチラリと振り返って言う。
「どっちかっていうと、追い剥ぎされた側じゃないですか~?」
ミルカも、嫌そうにそう返してきた。
何にしろ、私は関わることなくやり過ごせたことに安堵した。
しかし、そうして歩いていると、ミルカがロバを引きながら、異常に私に身体を寄せてきた。
「な、何よ」
「つ、ついて来てます」
「え~っ」
再び、チラリと振り返る。
そこには確かに、あの男が私たちから五十メートルくらい距離を開けて、歩いて来ているのが見えた。
目は髪に隠れているので、こっちを見ているかは分からないのだけど。
何故か私たちは小声で言い合った。
「ど、どういうこと。やっぱり盗賊?」
「分かりませんけど、気持ちが悪いからやっつけて下さいよ。また、脱いじゃってもいいですから」
「馬鹿、近付きたくもないわよ。それにこんな往来で脱げるわけないでしょ」
そう言いながら私たちは、足を速めていく。
二人でコッソリ振り返ると、男は依然として距離を詰めるでもなく、離れるでもなく、歩いてくる。
「ほら、もうすぐ街だし。きっと、そこまでいけば大丈夫よ」
「そうですね。街の衛兵さんとかに逮捕してもらいましょう」
私たちはますます足を速めたけど、それでも男を引き離せなかった。
やがて街の門が見えてくる。門の前では荷馬車を引いたおじさんが、門番のような人と話している。
門の前まで辿り着いたけど、前のおじさんとの話が終わらない。
「あ、あの~」
「大人しく順番を待ってろ」
ミルカが門番に声を掛けるが、すげなく黙らされる。
私はまたチラリと後ろを窺った。
例の男はやっぱりこっちに歩いてくる。
三十メートル、二十メートル。
やっと、荷馬車のおじさんが門の中へ入っていった。
「次、嬢ちゃんたちは何者で、この街に何しに来たんだ?」
「えっと、グラーフ村のミルカとリンさんです。この野菜を売りに来ました~」
門番の質問に、ミルカがロバの背を見て答えた。
「グラーフ村はこの間、来たばかりだろう。それに、それっぽっちの野菜を売ってどうすんだ?」
私は、意外とこの門番はよく見ているのだと、感心した。
「えっと、えっと・・・・・・」
ミルカがテンパっている。仕方がない。私が代わるか。
「塩がちょっと足りなくなったのよ。男たちは畑の掘り返しで来れなくて。これでもミルカは神官見習いだからお金の勘定ができるし、私は腕が立つのよ」
そう言って、私は剣帯の剣を叩いた。
しかし、それを門番は鼻で笑った。
「はっ、嬢ちゃんが腕が立つって何の冗談だ。とても、そんな風には見えないがね」
おっ、挑戦ですか?受けて立つわよ。
加速。
私は剣を鞘ごと帯から抜いて、門番の顔の前に突きつけてやった。
それから意識を、この世界の時間に戻す。
「わっ!」
門番が驚愕する。
「どう? 腕が立つように見えたかしら?」
「分かった。分かったから、そいつを引いてくれ……って、ストーンじゃねぇか。お前、出禁だから街には入れねぇぞ」
門番の目線を追って後ろを見ると、あの変な男が立っていた。
しまった。門番に気を取られている内に、すぐ後ろまで近付かれていた。
でも、門番と知り合いそうだし、出禁って。
「いいえ、僕は真面目で有名な農夫でターニップと言います」
「嘘つけ。お前、ストーンだろうが。そんな嘘が通ると思ってんのか?」
「本当ですって。妻と一緒に野菜を売りに来たんです」
何だか門番は、男と話し始めてしまった。
こっちが先に話をしてたんだけど。
ミルカは、オロオロとしている。
「ちょっと、私たちは通っていいかしら?」
私が、少しキツめの口調で言うと、門番が思い出したように答える。
「おお、嬢ちゃんたちは、もういいぜ」
ふう。
私はため息を吐いて、ミルカと目を合わせる。
ミルカがロバを引くのに合わせて、私は中へと歩を進ませようとした。
「よかった。コイツは俺の妻なんですよ」
そんな言葉に、アイツ一人で妻なんてどこにいるのよ、と考えた時、首筋に生暖かい息が吹きかけられ、何かが私の胸に触れた。
加速。
あの男が、両脇の下から手を伸ばし、私に抱き付こうとしている!
私は両肘を間に入れ、腕を跳ね上げた。
そして、男の腹に肘鉄。
さらに体に巻き付けるように短く回転させて、右のフックを男の頬にお見舞いしてやった。
加速空間の中では、腕を振り回すより、回転したり、突くような動作の方が、空気の抵抗が少ないみたい。
ゆっくりと男が地面へと崩れ落ちる様子を見てから、加速を解いた。
「ぐぇ~」
男の口から怪音が漏れる。
門番は呆気に取られていた。
「この変態を捕まえて! それから、こんなことをすればどうなるか、しっかり思い知らせてやって!」
「いや、もうしっかり思い知ったと思うぜ」
そんな門番の言葉を背に、私はのっしのっしと足音高く、街の中に入るのだった。
「変態を捕まえて、……ぷっ」
ミルカが後ろで何か言っているけど、無視よ、無視。
全く、何なのよ!




