第十話 初めての街、初めての宿
門を抜けると一本の通りが街の中に伸びていて、昔の映画に出てくるような木造の建物が、ミルカの村よりも密に並んでいた。
数歩進んだところで私は想像とのギャップが気になり、ミルカに聞いてみた。
「ねえ、街って言う割に人が少なくない?」
見える範囲には、十五から二十人くらいしか人がいない。服装もミルカの村の人たちとあまり変わらず、多少汚れや痛みが少ないくらいだ。街というからには、もっと人が多くて、綺麗な服を着ているイメージだったのだけれど。
「もうすぐ陽が暮れますから。いま出ている人は、お酒を飲みに行く独身の男の人くらいじゃないですか?」
そうか、電気が無いから遅くまで仕事をしたりもしないんだ。そういえば、ミルカの村でも夕食は早い印象があって、日没までに済ませていた。
うちのお父さんは、たまに終電で帰ったりするけど、電気がないと仕事も早く終わるんだ。それがいいのか、悪いのか。
「じゃあ、私たちも早く宿を決めて、夕ご飯を食べなきゃ。ミルカ、宿がどこか分かる?」
「もちろん、知りません」
ふんと、胸を張るミルカ。そんなに堂々と言われても困る。
見つからなければ、野宿なのだ。
建物を見回しても、看板はほとんど出ていないし、窓が小さくて中は見えない。
時間のせいか扉は、ほとんど閉じられていた。
仕方なく、私たちは通りを進んでいった。
ミルカは楽しそうに、私はたぶん眉間に皴を寄せながら。
それでも街自体が小さいせいか、たいして歩かないうちにその建物を見つけることが出来た。
他の建物よりもやや大きく、ベッドの絵が描かれた看板が吊るされていた。
「あそこかな?」
「そうですね。聞いてみましょう」
私はその建物の扉を開けた。
扉のすぐ近くには宿の帳場があって、その奥にいかにも女将さんという雰囲気の中年の女性がいた。
彼女は無言のまま、私を眺めてくる。
私は帳場の前まで進んだ。
ミルカは、ロバから目を離すわけにもいかないので、手綱を持ったまま一歩だけ中に入った。
「何の用だい?」
女将さんは、私たちを客だと思わなかったらしい。
「ここって、宿ですよね。泊まりたいんだけど」
私が言うと、女将さんは再び私たちを頭の先から足元までを眺めた。
「客だったのかい? 部屋は空いてるけど、金は払えるんだろうね」
そんなに貧乏そうに見えたのだろうか。確かに私にはお金がないのだけれど。
私は渋々引き下がって、手綱係を代わった。
今度はミルカが前に出て、背負い袋から財布代わりの革の袋を出す。
これには彼女の財産の一部だけ、銀貨二十枚から三十枚くらいを入れているはずだ。
「お金ならあるじょぉ」
ミルカが噛んだ。後ろからでは見えないけど、きっと顔を真っ赤にしているだろう。
しかし、女将さんの反応は冷たい。
革の袋を見ても、無言で次のミルカの行動を待っている。
「コホン」
咳払いをしてから、ミルカが革の袋の口を開いてみせた。
女将さんの顔が輝いたように見えた。
「ようこそ白馬亭へ。二人部屋なら一部屋銀貨六枚。食事は別だ。ああっと、ロバがいるなら厩は一晩、銀貨二枚。うちの気の利く息子が、ちゃんと水や飼い葉もやるから安心しな」
女将さんは手のひらを返したように、愛想よくそう言った。
「あんた達は運がいいよ。ちょうど最後の部屋が一部屋だけ残っていたところでね。それにベッドの藁も今日換えたばかりで、シーツも洗い立てさ。この宿はアルデンの街唯一の宿で、三十年前にうちの爺さんが始めた信頼の……」
私たちはお互いを見て肩をすくめた。ここで仕方ないよね、と目で通じ合う。
それからミルカが銀貨を支払って、ロバを厩に預け、荷物を全て持って客室へと入った。
案内された部屋は、村のミルカの部屋よりも狭かった。
さすがにベッドはミルカのより大きいけれど、一つだけ。
横に荷物や野菜の袋を置くと、部屋は足の踏み場もないほどになった。
「えへぇ~、またリンさんと一緒のベッドですね~」
「う~ん、やっぱり一人一つじゃないのか~。まあ、大部屋でないだけマシかな」
宿の夕食は村で食べたのより少し野菜の種類が多く、チーズも付いたけど、肉は入っていなかった。
私は、もともと満腹まで食べる方ではなかったけれど、ちょっともの寂しい。
夕食後、部屋に戻ったけれど、この宿に風呂はなかった。
お湯を貰うにはお金がかかるということだったので、この日は桶だけ借りて宿の裏の井戸に自分達で水を汲みにいった。
水を部屋まで運ぶと、私たちは身体を拭きはじめた。
「リンさん、背中拭いてあげますよ」
「うん、お願い」
背中の手が届かないあたりをミルカに拭いてもらっていたら、段々手が前の方に回ってくる。
「ちょっと、そこは自分で拭けるから」
「遠慮しないで下さい。私が拭いてあげますよ~。モミモミ」
モミモミって、口で言ったよ、この子は!
「こ、コラ。そこは……」
女子中高生の更衣室のノリか?
結局、私はミルカに全身を拭かれた。
「……ふっふっふっ。じゃあ、今度は私が拭いてあげるわ」
「わ、私は自分で出来ますから……」
「遠慮は無用よ」
「リ、リンさん。きゃあ~~~」
お返しというわけではないけれど、全身を念入りに拭いてやった。
大きければいいというものでもない。場合によっては、ただの的よ。
やられたらやり返す。それが私、早瀬 凛のモットーである。
一日歩いたせいか、寝る直前にふざけ合ったせいか、私たちはそのあとすぐに眠りに落ちた。




