第十一話 え~、この世界の人って?
アルデンの街に到着した翌日、宿を出た私たちは神殿に向かった。日本へ帰る手がかりである星の神ドラークスについて聞くためだ。
「神殿って、あれかな?」
宿の建物は、この街の大通り沿いでも他よりも明らかに大きくて、同じくらいの建物はもう一つしかない。神殿と言えば人が集まる場所だから、きっとあれだろうと当たりを付けた。
「そうですね。入口に鹿のレリーフがあります。あれがエルダ様の神殿の印ですよ」
見ると確かに、人の腰の高さほどのレリーフがあって、立派な角のある牡鹿が彫られている。
「あれ、でもミルカの家にはなかったんじゃない?」
ミルカの村ではあんな物は見ていないので、私は気になって聞いてみた。
「ありましたよ! あれほど立派ではありませんけど、ちゃんと小さいのが」
「そ、そうんなんだ。ゴメン、気付かなかったよ」
「もう!」
ミルカを怒らせてしまったけれど、どうしても思い出せない。ミルカには悪いけど、きっとかなり小さかったんだろうな、と思った。
「こんにちは~」
扉は開け放たれていたので、ミルカは中に入って声を掛けた。
「ごめん下さい」
私もそれに続いて中に入る。中は仕切りのない大きな部屋で、椅子や机もなく、奥の方に祭壇のような舞台と神像のようなものが置かれているだけだった。この部屋だけで、ミルカの家よりも何倍もある。日本では神社やお寺に入るのは慣れていたけど、ここの洋風な造りが、初めて教会に入ったようで緊張した。
「何か御用かな?」
そう言ったのは、祭壇の前にいた40代くらいの男性だった。中肉中背で、短く切りそろえられた黒髪のあまり特徴のない人だったけど、白い法衣はジャスパーのものより綺麗でピシッとしていた。その声は、跳ね付けるような固い感じで、あまり歓迎されていないようだった。
「私はグラーフ村の神官見習いで、ミルカと言います。こちらのリンさんが、ドラークス様の天の塔がどこにあるのか知りたいというので、こちらに連れてきました」
私がどう言おうか迷っていると、ミルカが相手の態度も気にせず、ズバッと聞いてくれた。こういう時は、ミルカのちょっと無神経……、物怖じしないところが助かる。
「ここはエルダ様の神殿だ。ドラークス様について知りたいなら、ドラークス様の神殿に行くがいい」
ここの神官の対応は塩だった。もうちょっと、お客さんに親切にしてもいいと思うのだけど。
「あの、ドラークス様の神殿ってどこにありますか?」
私はちょっと、ムッとしたけど、丁寧に聞いてみた。
「さあな。大地の実りに恩恵を与えるエルダ様以外を祭るなど、よほど大きな街だけだろう。諦めてグラーフ村とやらに帰れ」
最後の一言は余計だよね。
「いいえ、私は天の塔を探しに行きます」
私はちょっと声色を固くして言った。それを聞いた神官は、眉をしかめた。
「お前たち、誰か付き添いはいるのか?」
「いいえ、私たちだけです」
私はハッキリ言ってやったが、神官は益々眉をしかめた。
「女二人で旅なんて無理だ。街の外には狼だって、盗賊だっているんだぞ。馬鹿なことを言ってないで、村に戻って子供でも生んでろ」
カッチーン、時代錯誤も甚だしい!
現代日本ならセクハラ発言で訴えられるぞ!
……って、ここって凄い古い時代みたいな世界だった。
ここでは村の女の人たちは、村で生まれて、村で育って、結婚して、子供を産んで、一生をそこで過ごす、それが普通なのかもしれない。
でも、ここは私の世界じゃないし、私がどこに行くか、何をするかは、全部私が決める。人に勝手に決めさせはしない!
私がいきり立って言い返そうとすると、ミルカが私の手を取って止めた。
「リンさんは、絶対に天の塔に辿り着きたいんです。ダガース様も、旅への情熱は何者にも止められない、って言っています」
そうだね。ミルカの憧れる旅の神ダガース様も、やりたいことをやめろなんて言わないよね。ミルカがちょっと格好いい。
「ふん、偉いそうに。せいぜい人攫いに気をつけるんだな」
神官は、それだけ言うと私たちに手を払うようにしてみせた。
どうにもここでは話にならないようなので、私たちは神殿を出た。
私たちは、トボトボと通りを歩いた。
「……嫌な人だったね」
私がそう言うと、ミルカは困ったように笑った。
「村の大人たちも、だいたいあんな感じです。村から人が勝手に出ていったら、畑がやっていけなくて、食べ物が足りなくなって誰かが死んだりしますから」
「でも、ジャスパー様は、全然そんなことなかったじゃない」
ミルカの育ての親のジャスパーは、ミルカが村を出るのを、応援してくれたのだ。
「ジャスパー様は、特別優しい人だったんですよ。それに、私が村長さんの家に嫁入りしても、あまりいい目には合わなそうだったので」
私は岩のような厳しい顔のジャスパーを思い出して、あれで優しかったのかと、首を捻った。
しかし、ジャスパーについての私の考察は断ち切られた。
何だか、通りが騒がしい。馬のいななきも聞こえた。
「馬があばれているぞー」
「子供だ、子供がいる」
見ると、すぐ近くの通りの真ん中で馬が跳びはねている。
その馬を、人々が遠巻きに取り囲んでいるが、馬の足元には小さな子供がいた。
「だ、誰か! あの子を助けて!」
女の人が叫んだ。




