第八話 森の小路で、大立ち回り
「ミルカ、私の後ろに!」
そう言いながらも、私は小剣を抜いて彼女の前に出た。
「ふぇ? あれは狼ですよ!」
ミルカの声に重なるように、背後でロバが、ぶるるっと鼻を鳴らした。
狼は一頭ではなかった。二頭、三頭、……、全部で五頭もいる。
大型犬くらいの大きさだと思うけど、口や頭、上半身が大きく見える。
剣があるとはいえ、あんなのに襲いかかられたら、一頭でも厳しいだろう。
普通なら。
……仕方ない。
私は剣帯を外すと、スカートの裾を掴んで引っ張り上げ、頭から引き抜いた。
下は下着ではない。今日は、大会用のウェアを仕込んでいたのだ。
チュニックをミルカのいる方に放り投げると、剣を掴み直した。
同時に狼たちが藪から飛び出してきた。
加速。
意識のクロック数を上げるように、集中する。
狼たちの動きすら、スローに見えてくる。
でも、どうしよう。
いくら速く動けても、あの太い首や胴が斬れるとは思えない。
そうこうしているうちに、最初の一匹が目の前に迫ってきた。
どこが柔らかいかな?
他の狼の位置を確認して、まだ隙間の広い左側へと回った。
やっぱりこのウェアは、制服とは段違いに空気の抵抗が少ない。
同時に剣を狼の左目へと合わせる。
狼はこちらの動きに反応して首を巡らせようとしたけれど、間に合わなかった。
私は狼の頭の動きに合わせて、慎重に剣を伸ばす。
切っ先を僅かに差し込んでから、すぐに引き抜いた。
狼が悲鳴を上げるけど、こっちもご飯になりたくないから気にする余裕はない。
う~ん、あと筋肉や脂肪が少ないところは?
続いて、次に近い狼の横に回り込んで、他の狼の盾にする。
そのまま後ろ足、その足首の上あたりに見当をつけて、腱を斬りつけた。
丁寧に、刃が真横になるように滑らせて。
ビチっと嫌な音がして、狼が脚を竦めて転がる。
「ふぇぇぇ~っ、狼があんなにぃ~っ」
なんか、ミルカが鳴いているが、今は忙しい。
私は、狼たちの外側を回るようにして、目を刺し、足の腱を斬りつけていった。
身体にピッタリした競技ウェアが抵抗を減らすとはいえ、このスローな世界で、地球の速さで動こうとすると空気が重い。
まるで水の中を進むようで、疲れがたまっていく。
一回りしたところで、目の端にミルカの後ろの狼が映った。
私はミルカの元へと駆け、そのまま口の中へと剣を突き刺す。
口が閉じる前に、ミルカを抱えて距離を取った。
「ウォオオオオン」
一匹が吠えると、狼たちが私から距離を開けていき、やがて森の中へ逃げて行った。
どうやら、まだ動けなくなるほどの狼はいなかったようだった。
私は加速を解いた。
「ふぅぅぅ~~~っ、疲れたぁ~~~」
私は深い息を吐くと、その場に座り込んだ。
狼の数が多かったら、途中で息切れして、終わってたかもしれない。
それを考えると、お腹がキュッとなる気がした。
死にたくなければ、もっと体力つけなきゃ。
生き物を傷つけるのは気分のいいものではないけれど、それよりも命の危機を乗り越えた安堵感の方が強かった。
「さすがリンさん! あんな数の狼をやっつけるなんて。って、あっ。……また変態してる」
ミルカは感嘆の声を上げた後、私の身体を見て微妙に口元を引き攣らせた。
「ば、馬鹿なこと言わないで! この服はちゃんとした大会の服なんだから!」
そう言いながらも、私は恥ずかしくなって体を隠した。
「え~、それってエッチな踊り子さんの舞台じゃないですか~?」
「アンタ、今、全国三千万人のアスリートを敵に回したわよ!」
これは空気抵抗なんかを考えた、科学的な根拠のある服なんだから。
とにかく、息が整うまで待って、それからチュニックを着込んだ。
狼の口から落ちた小剣を拾い、その場を離れる。
私たちはまた、森の小路を歩き始めた。
手綱を引かれたロバが、後ろをついてくる。
私は歩いている間、恐る恐る何度も森の奥を窺った。
もう、狼には会いたくない。
さっきので体力が底をついていて、次は何もできそうにないからだ。
「ミルカ。狼は出ないんじゃなかったの? もう一度会ったら私たち、仲良く狼のご飯よ」
私の口からはつい、文句がこぼれた。
「滅多に出ないんですけど、リンさんの運が悪いんじゃないですか?」
ついさっき、命の危機だったというのに、ミルカは図太くもそんなことを言う。
「ジャイアントトードに食べられかけてた、アンタに言われたくないわよ」
私はため息を吐いたが、彼女は道の先を見ながら楽しそうに歩いていた。
それから昼近くになって、ミルカの予想通り森を抜けた。
平原を通る街道は、村までの森の小路より幅が広く、踏み固められて道らしくなっていた。
「ねえ、ミルカはこの先の街、行ったことはないのよね?」
平原を見渡しながら、聞いてみた。
「はい、私はありませんよ。村から街へ行くのは、荷馬車で麦や野菜を売りに行く男の人たちくらいですから」
そんな風に街への想像を膨らませながら歩いていくと、夕暮れ前には遠くに街が見えてきた。
「あれがアルデンの街かな?」
「きっと、そうですよ」
村も柵で覆われていたけど、街はもっと高い壁で覆われているようだった。その上には、灰色の屋根がいくつも並んでいる。
街の様子を眺めながら歩いていると、不意に視界の端に変なものが映った。それは街道脇の草むらに、大の字で寝転がる男だった。
寝ているのか、私たちが近づいても反応が無い。二十代か三十代くらいだろうか。ボサボサの長い髪を草の上に広げ、村の農夫たちよりも繕った跡や染みが目立つ服を着ていた。ちょっと臭そうで近付きたくない。




