第七話 私たちは、旅に出る
「あ~ん、リンさ~ん。おっ、弾力があってなかなかの……」
ミルカの手がもみもみと動く。
「コラ~、ミルカ~! 寝惚けてないで起きろ~!」
私はミルカの手を払いのけて、怒鳴った。
昨日は彼女のベッドで一緒に寝たが、はしゃいだ彼女はなかなか寝なかった。
旅に出れるのが、よほど嬉しかったのだろう。
付き合いきれないので、私は背を向けて寝ようとしたが、後ろから抱きつかれた。
出会ったばかりなのに、この距離感には困惑した。
ただ押し付けられたふわふわした感触は、ちょっと心地よかった。
そして、夜更かししたミルカは案の定、翌朝なかなか起きてこなかった。
朝食はパンとスープとシンプルな物だったが、私が食べている横では、ミルカがジャスパーにずっと寝坊を叱られていた。
「それでミルカ。畑の処分は、私が代わってやろう。お前は村長が苦手そうだし、土地の売買などはよく分からんのだろう」
「ジャスパー様、ありがとうございます。よろしくお願いするのです~」
それを聞いた私は、財産管理は自分でした方がいいと言おうとした。
でも、へにょへにょのミルカよりも、顔の厳しいジャスパーの方が結果が良さそうだ。
私はこの件に、口を出すのを止めた。
この日、私は村を出ようと思っていたが、ミルカの畑の換金を待って、明日出ることにした。
そう言えば、私はこの世界のお金を持っていないので、しばらくはミルカのヒモだ。
まあ、命の恩人でもあるんだし、無いものは仕方がないと思うことにした。
ジャスパーが村長宅に行っている間、私たちは旅に持って行くものを見繕うことにした。
「リンさん、その服ってすごく上等ですよね。村の外を歩いて汚したり、引っかけて傷を作ったりしたら、勿体なくないですか?」
私は眉間をしかめる。
「でも、他に服を持っていないのよね」
服と言えばリュックに、昨日部活で使おうと思っていたウェアが入ってはいたけど、これは使えない。
綺麗な青色の大会で使う正式なものだけど、うちの学校のはセパレートでちょっと露出が多めなのだ。
大会ではみんなこんなものなので平気だけど、さすがに街中で着るのは私でも恥ずかしい。
まして、ミルカもこの村の女の人たちも、長袖、足首までのスカートが普通なようだったので、尚更だ。
「私の服を貸しますよ。長旅に十分とは言えませんが、街でちゃんとしたのを買うまでなら使えますよ」
そう言ってミルカが木箱から出してくれたのは、くすんだ青の質素なチュニックだった。
「いいの? ありがとう。借りるわね」
着てみると身長の差のせいか、袖は手首よりちょっと短い七分丈のようで、裾も足首より上に上がってしまっていた。
「う~ん、ちょっと短いですが、それくらいなら大丈夫ですよ。それに、そっちの方が綺麗ですから」
言われてミルカを見ると、その茶褐色のチュニックは、この青のより擦り切れているようだった。
「ちょっと、ミルカ。あなた、二つしかない服の一つを貸してくれたの? それもいい方を」
「はい。でも、畑を売ったお金があれば、二人分の旅の服は買えるハズですから」
「ゴメンなさい。でも今は貸してもらうわ」
ミルカには大きな借りができそう。この世界でお金を稼ぐには、どうしたらいいのかしら?
そのとき、木箱の底の鈍い光が気になった。
「ねぇ、それは?」
「これはお父さんの小剣です。使わないので、ずっと木箱の奥に仕舞っていたんですけれど」
そう言って、ミルカは飾り気のない六十センチくらいの剣を取り出した。
「そうだ、これはリンさんが使って下さい。リンさんなら、使えると思うのです」
私はそれを聞いて、断ろうとした。
大事なお父さんの形見のようだし、服や旅のお金も出してもらうことになる。
あまり貰い過ぎるのも気が引ける。
でも、昨日のジャイアントトードを思い出した。
この世界があまり安全なものでないなら、借りておけばミルカを守るのにも使えるかもしれない。
「ありがとう。できるだけ役立てられるよう、借りておくわ」
私は剣を受け取ると、外に出て振ってみた。
たぶん、前に野球部の子に持たせてもらったバットよりも短いのに、もっと重い。
でも、これなら何とか振れそうだった。
それからしばらくして、ジャスパーが帰ってきた。
「お帰りなさいです、ジャスパー様。どうでした?」
「お帰りなさい」
ジャスパーを出迎えるミルカに、私も続く。
「ただいま。悪くない条件でまとめられたと思う」
ジャスパーはそう言って、背負った麻袋から革の袋を取り出した。
袋がテーブルに置かれ、ゴトリと重い音がした。
「うわっ」
ミルカが目を輝かせる。
しかし、それで終わらなかった。
ジャスパーは続いて袋を取り出してはテーブルに置いていった。
革の袋は全部で五つあった。
おずおずと袋の口を開けるミルカ。中には金貨と銀貨が詰まっていた。
二つ目から四つ目も同様だったが、五つ目だけが違っていた。
最後の革袋には、首飾りや指輪が入っていた。
「金貨や宝飾品を多めにしてもらった。土地の対価には少し安いが、運びやすいほうがいいだろう。それから荷物運び用のロバを一頭と、ニンジンとタマネギを大袋にひと袋ずつもらってきた。街で使う時には小銭と分けて、一度に全部見せないようにしなさい」
ジャスパーによると、ただの女二人の旅人よりも、街に野菜を売りに来た村人の方が不審に思われないらしい。
彼は、そこまで考えてくれていたのかと感心した。
その夜は、ミルカを夜更かしさせることなく、二人ともしっかり眠った。
「ミルカ、本当にいいのね」
朝起きた時、私はもう一度ミルカに確認した。
村の外に行きたかったとはいえ、私が切っ掛けで故郷を捨てることになるので、ちょっと気になってしまう。
「はい。勇気がなくてできませんでしたけど、昔から村の外に旅に出たかったので。いい機会だったのですよ」
「そう。なら、よろしくお願いするわね」
朝食を済ませ、私たちは村を出た。
ジャスパーと、ミルカと同年代の少女たち数人だけが、見送りに来た。
婚約者らしいヴェインやその取り巻き、村の大人たちは来ていなかった。
私としては、アッサリしたものだと思ったが、村社会で村から出ていく者にはこんなものなのかもしれない。
「ねぇ、ミルカ。街までずっとこんな感じなの?」
村を出た私たちは、ロバを引いて森の中を通る小路を歩く。その両脇には昔、お化けの映画でみたようなねじくれた木が生い茂っていた。
「お昼ごろには、森を抜けて街道に出ますよ。そうしたら、夕方街に着くまでは開けた平原を通るのです」
それを聞いて、少し安心した。朝から暗い森の中を歩き続けるのは気が滅入るからだ。
「ミルカ、この辺の森にはジャイアントトードみたいなのは出ないの?」
私は一昨日のことを思い出し、聞いてみた。
「大丈夫ですよ。あれはもっと森の奥にしかでませんし、この辺に出るとしたら狼や熊くらいで、それも昼間はそうそう出ません」
ミルカはニコニコしながら、気軽に答えた。
だがその時、私は藪の中から私たちを見つめる、金色の瞳と目が合ってしまった。




