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第六話 止められない想い

 ほとんど日が沈んだ暗闇の中、五本の松明が回転しながら飛んでくる。

 私は、鈍らせていた意識を加速させる。


 大きく躱してはいけない。

 慌てて飛び退くだけなら、普通に見えるから。

 松明の速さの差を見て、その間をすり抜けるように躱す。

 一本目を首を傾けて躱した。

 上半身だけを横向きにして、松明に当たらないよう右手で胸を押さえた。

 二本目が私の横を通り過ぎる。

 三本目は、さっきとは逆に身体を傾けて躱す。

 足元に飛んできた四本目は、左足を挙げて避ける。

 最後の五本目は、空気で膨らまないよう左手でスカートを押さえ、半歩横にずれて躱す。


 地球の時間に加速させていた意識を、ミルカたちに合わせて鈍らせる。


 私は胸から手を離して、髪をかき上げる。

 後ろに四本、足元で一本の松明が燃えていた。

 それでも、私に火傷はない。服にすら焦げ一つ付いていなかった。


 ミルカも、ヴェインの取り巻きたちも目を見開いていた。


 「どうやらダガース様は、私の旅を止めるな、と言っているようね」


 私は宣言した。ちょっとドヤ顔になっていたと思う。


 その時、顔の前に何かが飛んできた。

 再加速。

 それは拳大の石だった。

 ヴェインだ。

 振りかぶって投げた姿勢の途中が見える。

 私は顔をそらすと、石を横から右手で包む。

 それから石の力を逃がすように、引きながら減速させる。

 停止した石を胸の前に引き寄せると、その先でヴェインが驚愕の表情を浮かべていた。

 再度、意識時間をここの世界に合わせて鈍らせる。


 私は掌の上で、石を軽く放り上げながら、ヴェインを睨む。


 「ダガース様の天罰、当たってみる?」


 ヴェインは、ヒッっと情けない声を上げて、腰を抜かす。


 「ご、ごめんなさ~~~い」


 そこから這うように、慌てて逃げ出した。


 「ごめんなさいって言うのは、自分の方だったわね」


 取り巻きたちも、彼を追って丘を降りていく。

 ミルカが目をキラキラと光らせてこちらを見ていた。


 「やっぱり、リンさんはダガース様の化身です。ダガース様は腰布一枚で狼と戦う話もあるのですよ!」


 ミルカは感極まったように、松明の明かりに紅潮した頬を照らされ、両手を胸の前に組む。

 私は、森の巨大ヒキガエルと戦った時のことを思い出して、赤面した。


 「そ、それはもういいのよ!」


 日の沈んだ丘の上に、私の絶叫が響いた。



 ちょっと大きい民家のような神殿に戻ると、ジャスパーがミルカを見て不思議そうな顔をした。


 「何かあったのかね?」


 「ありましたよ! すっごいことが! リンさんはダガース様だったんです!」


 それを聞いたジャスパーは、いよいよ訝し気な顔をした。

 テーブルを囲むようにそれぞれが腰を落ち着けると、ミルカは丘の上であったことを、ウキウキと話し出した。

 特に私がいかにダガースのようだったか話す様子は、隣で聞いててむずがゆくて仕方なかった。


 話を聞き終えたジャスパーは、少しの間、考え込んでいるようだった。

 彼はそれから私に視線を移すと、しばらく眺める。

 それから目を閉じ、小さく息を吐いた。

 ジャスパーは、ミルカを見ながら口を開いた。


 「ミルカ、この村を出たかったら、そうしてもいいんだよ」


 「え?」


 その言葉に、ミルカは目を見開いた。


 「だって、私はヴェインのお嫁さんに、ならなきゃいけないじゃないですか!」


 ミルカは戸惑いながらも、少し怒ったような声を上げた。


 「お前の両親の畑はお前のものだ。村長のものにするには、お前が嫁ぐのが簡単だというだけだ。お前が村を出るのなら、売ってやればいい」


 ミルカの目が、益々大きく広がる。


 「それにジャスパー様の跡を継いで、村の神官もしなきゃいけないし……」


 その声は弱々しくなっていた。


 「儂だって、まだ数年でくたばったりはせんよ。もう一人、神官を育てることだってできる。それに、お前は少しもの覚えが悪かったしな。次はもっと早いかもしれん」


 そう言われて、ミルカは肩を落とし、眉根を寄せる。

 ジャスパーの顔は厳めしいままだが、その目は少し寂しそうに見えた。


 「……ほんとうに、行ってもいいんですか?」


 ミルカがおずおずと聞く。


 「旅への情熱は、何者にも止められないものさ」


 ジャスパーは頷いた。


 「リンさん、私も付いて行っていいですか?」


 ミルカは私を見ると、期待するように聞く。


 「い、いいって言うか。私は助かるけど」


 私は、ちょっと気圧されながらも、そう答えた。


 「リンさ~~~ん!」


 ミルカに急に抱きつかれて、私は空いた手をどうしていいか悩んでしまった。

 彼女の頬には涙が伝っていた。

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