第五話 旅人の神ダガース
「行き先が決まっていないならウチの村に来ませんか?」
「……お願いするわ」
私たちは身体が乾くのを待ってから服を着て、ミルカの村へと向かった。
その途中、私は森で気づいてから、彼女に会うまでを全て話した。
「え~~~~~っ、天使様に会ったんですか~~~?」
ミルカの絶叫が、森の中に響いた。
「それでドラークス様って、どこにいるか知ってる?」
「天の塔にいるそうです。どこにあるかは……。ジャスパー様、村の神官様なんですけど、ならご存知かも。ほら、もう村ですよ」
そこは木の柵に囲まれた素朴な集落だった。藁葺き屋根や木造の家々が並び、畑では村人たちが鍬を振るっていた。ミルカが挨拶を交わしながら進んでいくが、村人たちは私を奇異の目で見ていた。
「ここですよ、リンさん。私がお世話になっている地母神エルダ様の神殿です」
ミルカは村外れにある一軒の家の前で立ち止まった。そこが神殿だというけれど、少し大きいくらいで周囲の民家とあまり変わらなかった。
ミルカに続いて中に入ると、一人の老人がいた。
白髪交じりの髪を後ろで束ね、飾り気のない白い法衣をまとっている。年齢は六十を過ぎているだろうか。その表情には、長い年月を風雨に耐えてきた岩のような厳しさが刻まれていた。
「ミルカ。そちらは、どなたかな?」
「ジャスパー様。こちらは旅人で、ジャイアントトードから助けてくれたリンさんです。今夜、泊めてあげたいのです」
老神官はわずかに目を見開いた。
「ミルカを助けていただき、感謝する。今日はこちらで休まれるが良かろう。ところで、ミルカ。お前、森の奥に入ったのか?」
「ひーん、ごめんなさいです~」
それから始まったお説教は、思った以上に長かった。ミルカは段々としょげかえっていった。
その日の夕食は、硬いパンと芋の煮込みだけだったが、素朴で優しい味がした。
外では、何日も続いたように思える昼間が暮れ始めている。
「リンさん、ちょっとお散歩しませんか?」
食事の後、ミルカが遠慮がちに声を掛けてきた。
そう言われてついていくと、村を見渡せる丘の上へ出た。
「リンさんは天の塔を探しに行くんですよね」
丘を渡る風が、ミルカの亜麻色の髪を優しく揺らした。
「ええ。そのつもりよ」
「旅は大変ですよ。村の外には人攫いや魔物が出ますし」
そう言ってミルカは、私の反応を待つようにこちらを見た。
「早く帰らなきゃいけないのよ」
ママも心配してるだろうし、学校だってずっと休むわけにはいかない。
ミルカは少しだけ笑うと、夕焼けに染まる村へ視線を向けた。
「私の話、少し聞いてもらってもいいですか?」
「ええ、いいわよ」
私がそう言うと、ミルカはゆっくりと言葉を紡ぎ始めた。
「私の両親は流行り病で亡くなって、兄妹も親戚もいないんです。家の畑は村長さんが管理してくれて、私はジャスパー様に育ててもらいました」
既に吹っ切れているのか、ミルカの表情が歪むことはなかった。
「ジャスパー様は、よく神様たちのお話を聞かせてくれたんです。私はそのお話が大好きでした」
ミルカは懐かしそうに目を細める。
「神様や、英雄様のお話……。みんな世界中を旅して、いろいろな景色を見て、人を助けて……。私も、いつか村の外へ出てみたいって思ってました。でも……」
一瞬、彼女の顔に影が差したように見えたが、私を見て少し照れくさそうに笑った。
「私は、ダガース様が一番好きなんですよ~」
「ダガース?」
私は思わず首をかしげた。
「空と風の神様なんですけど、旅の神様でもあるんです」
ミルカによると、あるときダガースは旅人に扮して地上を旅していたという。
そのころ、ある街道では魔物が現れ、通れなくなっていた。
ダガースがその街道を進もうとすると、それを見た村人たちが彼を止めた。
しかし、彼を止める村人たちにダガースは言った。
「旅への情熱は、何者にも止められない」
その後、ダガースは村人たちに手に持った松明を一度に自分に投げつけるよう言った。
日が暮れそうになっていた。
最初は躊躇した村人たちも、旅人の不思議な迫力に従って松明を投げつけた。
旅人はその場から動く様子はなかったが、十数本の松明は一つも彼に当たることはなかった。
それを見て、彼を止めることが出来ないと察した村人たちは、彼を引き留めるのを止めた。
「自由に旅するって、憧れます。でも私は……村に尽くさないといけないんです」
ミルカは笑顔を浮かべていたが、どこか寂しそうだった。
「村長さんの息子のお嫁さんになって、ジャスパー様の跡を継いで……この村の神官として生きる。それが私の役目なんです」
そこまで話したところで、足音が近づいてきた。既に陽が暮れかかり、人の顔も曖昧になる頃。五~六人の若者が、松明を手に丘を上がってきていた。
「良く分かってるじゃねぇか、ミルカよぉ~」
「……ヴェイン」
先頭の若者に声を掛けられ、ミルカは顔を顰めた。
泥だらけの他の村人たちと違い、汚れの少ない服を着た小太りの男だ。
肩で風を切るように歩いてくるが、若いのに頭頂部は薄かった。
ヴェインはいやらしい目付きでミルカを眺めていたが、その目が隣にいた私に止まった。
背中がゾワリと泡立つ。気持ち悪過ぎる。
「お前が今日、村に来たっていう。いい女じゃねぇか。俺の三番目の嫁にしてやるぜ」
「はぁ? 馬鹿じゃないの。アンタなんか願い下げだし、私は明日にはこの村を出るわ」
「女が旅なんて、馬鹿はお前だ! 親なしの根無し草が、大人しく俺の言うことを聞け」
ヴェインの言葉に、彼の取り巻きたちは、威嚇するように松明を向けた。
怖い。
暴力的な気配をぶつけられて、さっきとは別の意味で、背中が泡立った。
男子と言い争ったこともあるけど、その時の比ではなかった。
日本なら誰かが止めてくれたけど、ここでは違う。
ダメだ。雰囲気に飲まれて流されたら、アイツらの思い通りになる。
でも私は、彼らより速く、風のように動けるんだ。
それを思い出して、怖気づきそうになる心を、奮い立たせた。
「その松明を私に投げてみなさい。私を止められないって教えてあげるわ!」
流れを変える。
戦いたくなんてない。だから、松明を躱せば通すという空気を作る。
「はっ、ダガースのマネか? 火傷するのが関の山だぜ」
「一つだって当たりはしないわ。アンタたちなんかじゃ全員で一斉に投げても、ね」
私はヴェインを指差し、挑発した。
無理なこと、奇跡が起きることが、私の言葉の説得力を増す。
「はっ、もうごめんなさいを言っても、遅いぜ」
取り巻きたちは及び腰だったが、ヴェインが顔を真っ赤にしてがなり立てると、一斉に松明をふりかぶった。




