第四話 天然少女ミルカ
「怪我はなさそうね」
「はい、大丈夫です。助けて頂いてありがとうございます」
そう言って彼女は頭を下げた。
ひとまず大丈夫そうなら、彼女には色々聞きたいことがある。
まずは本当に異世界か確認するのが先かしら。
「ねぇ、ミルカ。ここは何ていう国かしら?」
「ここはエルン王国です。でも、田舎の人は自分の国の名前も知らない人もいますから、大丈夫ですよ」
ふふっ、と安心させるように微笑むミルカ。
悪意はないんだろうけど、教養がないって思われたようで、ちょっとイラッとした。
私は顔が強張らないよう、注意しながら質問を続ける。
「じゃあ、日本とかアメリカとかイギリスって聞いたことある?」
「ザリガニか何かの仲間ですか?」
やっぱり知らないか。っていうか、何でザリガニなのよ。
ミルカは不思議そうに首を傾げ、私の顔をまじまじと覗き込む。
「道に迷っているなら街道まで案内しますけど、その前に泉でジャイアントトードの涎を落としてもいいですか?」
言われて初めて、ミルカが全身ベトベトになっていることに気付いた。
「その方が、良さそうね」
「じゃあ、行きましょうか。えっと、私の籠は……」
ミルカは周囲を見渡し、草むらに落ちていた籠を見つけて拾い上げた。
「こっちです」
私は、森の奥へと歩き出す彼女についていった。
森の中に細い獣道が続いていた。
見慣れない木々が生い茂り、鳥の鳴き声だけが静かな森に響いている。
ふと空を見上げると、木々の隙間から見える太陽は、森で目を覚ました時とほとんど位置が変わっていないように思えた。
やっぱり、この世界は一日の流れまでゆっくりなんだ。
朝食と昼食の間が何十時間も空くなら、空腹で動けなくなりそう。
もっと、身体のリズムをこの世界の時間に合わせていく必要があるのかもしれない。
「さっきのカエルみたいなのは、この辺によくいるの?」
私はミルカの背中に声を掛けた。
「う~ん、普段はこの辺まで来ないので分かりませんけど、村の近くにはいませんね」
「今日はどうしてここまで来たの?」
「いつも取ってる薬草がなかなか見つからなくて、探しているうちについ」
歩きながらも、ミルカは時折足元や道端へ視線を向けていた。
薬草を探しているのかもしれない。
「じゃあ、他にも危険な生き物がいるかもしれないの?」
「そうですね。狼や熊、それに魔物もいるかも。なので、気をつけて下さい」
私は思わず、枝の間や木の陰、藪の向こうへと視線を巡らせた。
「ちょっと、危ないじゃない。それに魔物ってどんなのがいるの?」
「魔物は魔物です。狼や熊じゃない何かです。そう言えば、魔物って何でしょう?」
いや、私に聞かれても困るけど。
そんな話をしているうちに、木々の間からきらりと光が見えた。
近づくと、透き通った水をたたえた小さな泉が森の中にひっそりと湧いている。
「着きました。ここなら水もきれいですよ」
そう言うと、ミルカは躊躇なく服を脱いだ。
「ちょっと、いきなり何してんのよ」
彼女は泉の縁にしゃがむと、脱いだ服を洗い出した。
それから、手を動かしながら振り返って、不思議そうに首を傾げる。
「服を洗っていますけど?」
「外で裸になって、恥ずかしくないのって聞いてるのよ!」
思わず目が行く。私より年下に見えるのに、私よりずっと大きい。
私が高二でやっとCになったというのに。
ひょっとして裕福な村なのかしら?それとも酪農?
「リンさんしかいないので、恥ずかしくないです」
そう言うと、パンパンと服を叩いて、近くの木に掛けた。
それから手で水を掬うと、髪を洗いだした。
「リンさんも、洗いますか?」
う~ん、制服に付いた土埃は気になるけど、ここで洗うのは躊躇う。
ただ、変な汗を掻いたので、水浴びはしたい。
村にお風呂があるか分からないし。
少し考えてから、思い切って服をミルカの服の隣に吊るした。
身体を洗うミルカの横で、私も身体に水を掛けた。
ヒンヤリするが、汗のべとつきが洗い流されて気分がいい。
顔を上げると、ミルカと目が合う。それから私を上から下まで見て、感心したように言った。
「うわ、リンさん、スタイルいいですね~」
「そういうの、いいから」
スタイルがいいと言われることもあるけど、私は女子にしては背が高いし、ちょっと筋肉質だ。
陸上部には向いていても、人にじろじろ見られたくはない。
特に、ミルカみたいに女の子らしい体つきの子には。
私が素っ気ないのが不満だったのか、彼女は少しだけ口を尖らせた。
「リンさんは、どこに行くんですか?」
それでも不満を引っ込めて、話題を変えてくれたらしい。
さて、どう答えたものか。
素直でいい子そうだから、本当のことを話してもそう悪いことにはならないだろう。
異世界から来た、って言った時の、現地の人の反応も知っておきたい。
「変なことを言うようだけど、私は自分の街にいて、穴に落ちたと思ったら、この森にいたのよ。帰りたいけど、どうしていいか分からなくて」
ミルカは、しばらく考え込んでから、慎重に口を開いた。
「ひょっとして、"彼方からの道"を通ってきたんですか?」
彼女によると、時々遠い場所と繋がる道が、できるそうだ。
見慣れない物が落ちていると、そのせいとされ、人が現れることもあるらしい。
「でも、その話はあまり人にしない方がいいかもしれません。魔物が出てくることもあるので、人によっては凄く警戒されますから」
「私、自分の国に帰りたいのだけど。その道を通れば戻れるのかな?」
「分かりません。いつどこにできて、どこに繋がるか分からないので」
彼女は困ったように言った。
ひょっとして、帰れないのかな?
私の気持ちが暗く落ち込みかけた時、明るい声が聞こえた。
「大丈夫です。最後には、一番いい結果になりますよ」
根拠なんて何もない。
それでも、彼女が笑顔でそう言うと、不思議とそんな気がしてきた。




