第三十七話 助けてくれたのは誰?
「シルバーボンド子爵令嬢レイナ様が、明日、日が高くなるころに時間をとってもよいとおっしゃっている。領主の館まで来るように」
私と目が合うと、彼はぶっきらぼうに言った。背が高く、細身で三十代ぐらいの男だった。濃い茶髪を短く整え、暗い色の革の胴着とズボンを身につけ、腰には湾曲した剣を差していた。
「りょ、領主?」
私は驚いて聞き返してしまった。
「レイナ様は領主の館に滞在されている」
そっかーっ。それにしても、この人が助けてくれたんだろうけど、事情が分からない。
「あの、助けていただいたようで、ありがとうございます。お名前と、どうして助けてくれたのか、教えていただけませんか?」
「俺はメッサー。俺も、おまえが助けを求めたメイドも、レイナ様に仕えている。釈放させたのは、レイナ様の指示だ」
う~ん、淡々としていて、あれこれ聞きづらいな。明日、レイナ様に会えるみたいだし、そこで聞けばいいかな。
「分かりました。明日、お伺いします」
私がそう言うと、「良し」と、ひとことだけ言ってメッサーは帰っていった。
彼を見送った後、パックともその場で別れて、私はミルカ、カーターと一緒にカーターの店に帰った。
夕食は外に出なくて済むよう、カーターが事務所に用意してくれた。正直、今日は疲れていたので助かった。食事の席では、二人と少し話をした。
「シルバーボンド子爵は比較的新しい貴族家でね、王国内で手広く商売をしているんだ」
「カーターさんは、レイナ様の用事って何だと思いますか?」
「それは分からないよ。でも、貴族様は怒らせないよう気を付けるんだ」
「リンさん、明日は私も行きます」
「ありがとうミルカ。一人だと心細かったの」
その日はいつもより早く休んだ。
翌日、私はミルカと領主の館に向かった。何となく畏まった服装の方がいい気がして、最近いつもはいているズボンではなく、足首までのスカートをはいていった。
領主の館は、街の大通りから少し入った北東の一角にあった。敷地は木の塀に囲まれ、中には何棟かの建物が見えた。門番には、私たちの服装のせいか怪訝そうな目を向けられたけど、レイナの名前を出すと取り次いでくれた。門の前でしばらく待っていると、あのときのメイドが姿を現した。
「リンと申します。お呼びにより、参上しました。こちらはミルカ、私の付き添いです」
私がそう言うと、メイドはミルカに厳しい視線を向けた。ミルカが張り付いたような笑顔で、精一杯の愛想を振りまいた。彼女はため息をついてから言った。
「まあ、いいでしょう。付いてきなさい」
メイドはクルリと背を向けると、敷地の中へ入っていった。私たちもその後に続いた。
私は歩きながら、話しかけた。
「昨日は助けていただいて、ありがとうございました。もし助けていただけなければ、どうなっていたことか。本当に感謝しています」
「そうですか。でも、お嬢様の前では聞かれたことだけ話し、それ以外は口を閉じているように」
怒られてしまった。
「失礼しました。おっしゃるように致します」
私はそれから黙ってついて行った。ミルカは大げさに口を閉じて、変な顔になっていた。
私たちは、領主がいるであろう一番大きな建物ではなく、その隣にある別館の方に案内された。中に入ると、入口脇にある応接間のような場所で待たされた。
しばらくして、館の奥から、以前に見た令嬢がやってきた。メイドとメッサー、それにもう一人の護衛のような男性が続く。令嬢は、私たちの向かいの席に座った。
「このたびは、誤解で牢に入れられた私を助けていただき、ありがとうございました」
令嬢が席に着くと、私はすぐに深々と頭を下げた。ミルカも口をぎゅっと結んだまま、隣で深々と頭を下げた。言ってから、先ほどメイドに聞かれたこと以外話すな、と言われたのを思い出したけど、とくに咎められることはなかった。
「私がレイナ・シルバーボンドよ。先日あなたを見たとき、すごく動きが速くて驚いたわ。あのガストンとかいう大の男をひっくり返したのは、とても面白かったわ」
私のお礼はスルーしたようだ。あとガストンじゃなくて、ガステールだけど、それは私もどうでもいいや。
「恐れ入ります。そう言っていただけて、光栄です」
私はなるべく波風を立てないよう、それらしいことを言って返した。本当にこの言い方で正しいのか、分からないのだけど。
「んふふっ、まるで、あなただけ時間の流れが速いみたいだったわ」
なんて人なの! ほんの一度見ただけで、そこに気づくなんて。私は何と言っていいか分からず、思わず口ごもってしまった。彼女は私を面白そうに眺めていた。その目に見つめられていると、私の秘密がどんどん暴かれていくような気がした。
しばらく沈黙が続いた後、彼女が再び口を開いた。
「あなた、面白いわ。私の部下になりなさい。明日からはとりあえず、このボネットの指示を聞くように」
私は急な展開に驚いた。ボネットと紹介されたメイドが軽く会釈したけど、そんなことは頭に入らなかった。
マズイ、マズイ、マズイ。ちゃんと断らないと、このまま彼女の部下にされちゃう。
加速。
私は頭をフル回転させた。




