第三十八話 才気煥発の言い訳
まず、彼方からの道に消えた弟を探している設定を、そのまま使おう。
すっごいブラコンみたいだけど、命に代えても弟を探し出すとか。
あとは、速く動けても力は弱いから、戦闘訓練してる人には勝てないとか。
すぐに疲れてしまうから、1日の移動距離は変わらないとか。
私が街中を全力で走り続けたら、あっちこっちで事故が起きそうとか。
だから、あんまりお役に立てそうもないとか。
よし、そんな感じで説得しよう。
解除。
私は加速中に考えた言い訳を、怒られないかビクビクしながら、丁寧に話した。
レイナは能面のような顔で聞いていた。怖いって。
そして、私が話し終えても、しばらく沈黙が続いた。
どう? 許された? それとも、無礼討ちですか?
私は頭を下げたまま、レイナの反応を待った。やがて、彼女が口を開いた。
「もういいわ。帰りなさい」
やったー、許された!
私の頭の中で、勝訴と書かれた布を持って、スーツ姿のおじさん達が走り回った。
それだけ言うと、彼女は館の奥へと去っていった。二人の護衛も後に続く。
私たちは、メイドのボネットに先導されて敷地の外へと出た。
ふう、何とか乗り切った。
私が額の汗を拭おうとしたとき、ミルカが倒れ込んできた。どうやら、緊張が限界に達したらしい。
私は慌てて受け止め、腰に手を回した。ミルカは力なく、私の胸にもたれかかった。
う~ん、どこかで休むか。それともカーターの店まで戻るか。
とりあえず、休めるところを探しながら大通りに出ることにした。
私がミルカを支えて歩いていると、女性から声を掛けられた。
「アンタたち、調子が悪いようならウチの店で休んでかないかい?」
声をかけてきたのは、淡い赤茶色の服を着て、籠を抱えた女性だった。
「すぐ近くだよ」
女性はそう言って、ミルカを支えるのを手伝ってくれた。私たちはそのまま、彼女の店へと連れていかれた。大通りから一本奥に入った、比較的きれいな通りにある店だった。
店の中も酒場というより、小ざっぱりしたカフェのようだった。客も女性が二組いるだけだった。流されるように来てしまったけど、雰囲気は悪くない。私たちは店のほぼ中央にある席に案内され、二人で椅子にへたり込んだ。
「疲れているなら、焼き菓子と甘い蜂蜜酒はどうだい?」
女将にそう勧められた。値段を聞くとちょっと高かったけど、ミルカはぐったりしているし、私も疲れていたので、言われるままに注文した。しばらくすると、ハチミツの甘い匂いと共に焼き菓子と蜂蜜酒が運ばれてきた。
ミルカはその匂いにつられたように動き出し、焼き菓子にかぶりついた。私も一口食べてから、蜂蜜酒を飲んだ。焼き菓子は干しブドウが練り込まれていたけど、それだけじゃなくてハチミツも使われているみたいで甘かった。そして、蜂蜜酒はそれに輪をかけて甘い。
なんだか、荒んでいた心が凪いでいき、元気が湧いてきた。あの値段も納得だ。しばらく焼き菓子と蜂蜜酒を堪能していると、ようやく人心地ついて、しゃべれるようになってきた。
「ミルカ、お疲れ様。ついてきてくれてありがとう」
「いえ~、私は本当についていっただけで、何もできなかったですよ」
「ううん、付いて来てくれただけでも、心強かったよ。あの人たちと一人で対峙していたら……」
そんな話をしながら、ようやく落ち着いてきた私は、そっと周りを見回した。窓際の席には、二十代くらいの女性二人組の客がいた。
え? なんかあの二人、ひそひそと顔を寄せて話しながら、テーブルの隅で手を繋いでいるんですけど。
窓際とは反対側の奥の席には、十代の少女と三十代くらいの女性が座っていた。なんだか少し犯罪臭がした。
ここって、そういうお店じゃないわよね?
私は周囲の状況に戦々恐々としていたのだけど、ミルカは何も気づかない様子でアムアムと焼き菓子を食べていた。そのとき、店の扉がガランと開いて一人の老婆が入ってきた。裏通りの老吟遊詩人のような汚い格好ではなく、質素ながらもきちんと手入れされた服を着て、片手には小さな弦楽器を持っていた。
「ようこそ、ファブル先生。お待ちしておりました」
女将が声をかけると、ほかの女性客たちも拍手で迎えた。何だかよく分からなかったけど、私たちも周りに合わせて拍手した。ファブルは私たちのすぐ近くの席に着き、楽器を調律し始めた。それから何度か咳払いをして喉を整えると、楽器を弾きながら歌い始めた。
ファブルの物語が始まった頃、レイナはひとつの書類を眺めていた。周囲にはほかにもたくさんの書類が積まれていた。ボネットが傍らに焼き菓子の皿とお茶のカップを置くと、レイナは手元の書類を置き、カップを手に取った。
レイナが一息ついたのを見て、ボネットは気晴らしに別の話題を振った。
「お嬢様、あの娘はもういいのですか?」
レイナは焼き菓子とお茶を楽しんだ後、口を開いた。
「そうね。でも……ちょっと、意地悪したいかも」
レイナはネズミを前にした猫のような表情をしていた。




