第三十五話 逆恨み
加速。
周囲が薄暗くなり、音が低く小さくなっていく。
私は、パックに向かって走った。
今日の服装は、脚に布がまとわりつかないので、走りやすい。
それにしても、もっと早く決断していれば、こんなにギリギリには、ならなかったのに。
正直、身の危険を冒してまで、彼を助けに行くには抵抗があった。
自分でさっさと逃げればいいのに、そう思って眺めていた。
でも、叩かれそうになっているのを見て、思わず飛び出してしまった。
衛兵とゴロツキの乱戦に飛び込み、隙間を縫って駆け抜ける。
パックのところに辿り着いた。
振り下ろされた衛兵の槍の柄は、パックの頭まであと十センチ。
押しても、引いても間に合わない。
私は槍の柄に背を向け、パックの頭を抱え込んだ。
ドッ……グッ……グッ……グッ。
槍の柄が、ゆっくりと私の背中にめり込んでいく。
んあぁっ
肺を押し潰され、息が吐き出される。
痛みが背中から電流のように広がった。
意識が、遠のいていく……。
「…ちゃん! リン姉ちゃん!」
パックの声? 周りの喧騒が聞こえてくる。
「おらっ、大人しくしやがれ!」 「いでぇ、くそ。やめろっ」
目を開けるが、霞んでよく見えない。
重い。誰かが私の上に乗っている。
段々と、目の焦点が合ってきて、すこし離れたところで、パックが衛兵に踏まれていた。
何てことを……痛っ!
両手首が痛い。これは縄で縛られているの?
私は、うつ伏せになって、誰かに背中に乗られ、手を縛られていた。
周りでは、ゴロツキたちが同じように、衛兵に取り押さえられていた。
まさか、ゴロツキの仲間と思われたの?
すっと、血の気が引いた。
「ちょ、止めて! 私は違うわ!」
暴れながらそう訴えたが、上から押さえられ、どうにもならない。
私はグッと首を捻って、上に乗っている奴を見た。
ゾッとした。
……ガステールだ。
彼の口元が、にやりと歪んだ。
「はっ、お前が誘拐犯の一味だったとはな」
「違う! 私は子供が巻き込まれそうだったから、助けただけよ!」
私は声を張り上げた。
「うるせぇ! もう決まってるんだ。さっさと立て!」
ガステールは立ち上がりながら、そう言った。
それから手首を縛った縄を引いて、私を無理やり立ち上がらせる。
背中はまだズキズキ痛むし、手首に食い込んだ縄も痛い。頭もクラクラして、吐きそう。
でも、そんなことには構わずに、ガステールは私の背中を小突いて、歩かせる。
「違う、違うってば。私は誘拐犯なんかじゃない」
いくら言っても、聞いてもらえない。私の声は、段々小さくなり、目にも涙が滲んできた。
周囲ではゴロツキたちも縛られ、悪態をつきながら歩かされていく。
コイツら、誘拐犯だったんだ。
その中に、パックがいないことには少し安心したけれど、私は誘拐犯たちと一緒に逮捕され、連行されてしまっている。
これからどうなるのだろう?
ちゃんと調べてもらえるの? 弁解する機会はあるの?
さっきの様子では、そんなものがあるとは思えなかった。
このまま誘拐犯の仲間だと決めつけられて、処刑されることだってあるかもしれない。
加速を使って、逃げ出す?
無理だ。頭は痛いし、手が繋がれている。何より、ここで逃げたら脱走犯にされてしまう。
何で私がこんな目に。子供を助けようとしただけなのに。
パックを助けたことを後悔はしないけど、理不尽な扱いには怒りが湧いてくる。
衛兵に囲まれ、縛られ、誘拐犯と歩かされている私を、通りの人たちが見ている。
ひそひそと話す姿は、私を犯人だと決めつけ、侮蔑しているように見えた。
口惜しさと、情けなさで、うつむいてしまう。
いや、ダメだ。ここで諦めたら、日本に帰れなくなってしまう。
こんな世界で、誤認逮捕で殺されるとか、まっぴら御免よ。
ママやパパだって、私の帰りを待っているんだから。
そう思ったら、うつむいてなんかいられない。
私は周りを見回した。
ここは、カーターさんの店の通りも近い。
誰か知っている人が気づいてくれれば、助けてもらえるかもしれない。
私は、必死に目を走らせて、知り合いがいないか探す。
いた! 群衆の中にミルカがいた。私を見て目を丸くしている。
「ミルカーっ、間違われて捕まったの! カーターさんに知らせて!」
「うるせぇ、黙れ!」「あぅんっ」
ガステールにはお尻を蹴られたけど、ミルカは大きく頷いて走っていった。
これで何とかなるかもしれない。少し希望が見えてきた。
でも、少しでも可能性は上げたい。
さらに群衆を見回していると、メイドさんと目が合った。
ちょっと年配の女性で、足首までの長いスカートをはいている。
あれは、あのときの令嬢と一緒にいた人だ。
私はメイドさんに、一番近くまで寄った時に、叫んだ。
「助けて下さい! 私は関係ないのに、ガステール隊長の嫌がらせで……」
「いい加減に諦めやがれ!」
ガステールに、汗臭い布を口に詰められた。
うえぇ。吐き出したいのに、吐けない。
でもアンタなんかに、私を諦めさせるなんて、出来ないわ!
そう思っていたのだけど、ついに牢まで連れてこられ、暗い石の壁の部屋に放り込まれ、手首を縛る縄で壁のフックに吊られ、大柄で太った看守を前にした時には、くじけそうになった。
「エルバーデンの法では、囚人は反乱や脱走防止の為、男は腰帯一つ、女はスモッグ一枚しか許されないのであ~る。なお、ズボンをはくのは、男なのであ~る」
看守は真面目くさった顔で言ったが、口元だけは緩んでいた。




