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第三十四話 ゴロツキから隠れて

 ……七、八、九。ゴロツキは九人もいた。

 私は見つからないよう、路地の角から少しだけ顔を出して覗き見る。

 運のいいことに、そいつらは反対側へ行こうとしていた。

 これなら、やり過ごせるだろう。そう思った時だった。


 ガン。


 私に口を押えられ、モゴモゴと動いていたパックが、路地の前に置かれた木箱を蹴った。

 彼らが振り返りそうになったので、私は慌てて顔を引っ込めた。


 「大人しくして。ヤバイ奴らに見つかるわ」


 私はパックの耳元で囁き、強く抱きしめた。彼は暴れるのをやめたものの、相変わらず身体をモゾモゾと動かしている。

 ゴロツキたちがこちらに来ないか、息を潜めて様子を窺う。口を押さえた手にパックの鼻息がかかって気持ち悪いけど、今はそれどころじゃない。



 「もう、行ったかな?」


 五分か、十分ぐらい待ってから、小声でパックに聞いてみた。返事が欲しいわけではないし、そもそも口を押さえているので、パックからの返事はない。

 私は、恐る恐る通りの向こうを覗いた。ゴロツキたちはいなくなっていた。


 ふう。


 私は止めていた息を漏らして、それから今の状況を確認した。パックが私の胸に頭を埋め、顔を赤くしていた。コイツ、さっきから私に、体をすり付けていたんだ。

 どん、とパックを突き飛ばした。彼はそれで転んでいたけど、なんだか嬉しそうだ。

 私はそれからもう一度、彼の頬をおもちのように引っ張って、お仕置きを執行した。



 気を取り直して、彼に案内を続けさせると、すぐに昨日の酒場に辿り着いた。


 「ちゃんと、分かっていたのね」


 「もちろんだよ。デヘッ」


 彼の顔は、さっきから緩みっぱなしだ。イラっとはするものの、あまり子供を責めても仕方ない。私は昨日の酒場の戸を叩いた。


 「うるせぇ!何だ、てめぇ」


 なかなか出てこないので、叩き続けたら、店主が怒りに顔を真っ赤にして出てきた。


 「ごめんなさい。昨日の吟遊詩人のおじいさんを、探しているのだけど」


 そう言って、私は店主に銀貨を三枚渡した。

 たぶん、言い訳をするよりも、お金を渡すのが一番手っ取り早いだろう。

 彼は自分の手の銀貨を眺めてから、鼻を鳴らした。


 「ウチの馬小屋にいるぜ。たぶんな」


 それだけ言うと、さっさと店に引っ込んだ。何の用かとか、老人の安全とかには、興味が無いのだろう。それならそれで、話が早いから助かる。


 私とパックは、店の裏の馬小屋に回った。馬小屋には馬は一匹もおらず、老人が一人、藁に埋もれて寝ていた。昨日も見たけれど、ボロを着た薄汚い老人だ。


 「パック、起こして」


 「え、俺?」


 躊躇する彼に、私は顎をしゃくって、急かす。彼はしぶしぶ老人に声を掛けたり、ゆすったりして起こした。


 「何の用じゃ」


 老人は戸惑ったような顔を向ける。私の腰の小剣を見て、少し怯えた様子も見せる。そんな顔をされると、悪者になったようで気まずい。パックも、もっと私を恐れてくれると、いいのだけど。


 「昨日、英雄の詩はとても良かったわ。それで、私はドラークス様がいるっていう、天の塔を探しているんだけど、何か知らないかしら? 彼方から道についてでもいいけど」


 そう言って、私はパックに銀貨を一枚渡した。彼は喜んで懐に入れようとしたので、顎で老人に渡すよう示して睨んだ。パックは、しぶしぶ老人に銀貨を渡した。

 老人は銀貨を眺めてから、上を向いて目をつぶった。たぶん何か思い出そうと、してくれているのだろう。

 しばらく考え込んだ後、老人は彼方からの道と英雄たちの話を聞かせてくれた。けれど、それらはミーミラ神殿で聞いた話と大差はなかった。最後に老人は付け加えた。


 「あとは、死の荒野を抜けて、天の塔に辿り着いた英雄の話があるが」


 「その話、詳しく!」


 つい、勢い込んだ私に、老人は恐れるように後ずさった。ごめん、脅かすつもりは無いよ。

 それから、その話をしてくれたのだけど、死の荒野という地名以外、新しい情報は無かった。

 それ以上の情報はなさそうだったので、私はそのまま帰ることにした。



 「じゃあね。アンタにあんまりお礼を言う気になれないけど、助かったわ。ありがとう」


 パックがいた通りまで戻って、私はそう切り出した。


 「う~ん、リン姉ちゃん。また何かあったら来てくれよ。仕事じゃなくてもいいからさ」


 めちゃめちゃ寂しそうな顔をしていた。懐かれた? 私は、こんなスケベな子、もう会いたくないけれど。

 私はため息をつき、彼に背を向けた。角を曲がるところで振り返ると、パックはまだ道の真ん中で、こちらを見ていた。そのまま足を進めようとした時、通りから喧騒が聞こえてきた。


 「おら、急げ! 追いつかれるぞ」「行け、行け、急げ!」


 通りの反対側から、さっきのゴロツキたちが走ってきた。それも、十人以上に増えていた。

 こっちを見ていたパックが、後ろを振り返って固まっている。


 そんなことしてないで、サッサと逃げなさい!


 そう思ったのだけど、彼は動くことなく、ゴロツキの集団に飲み込まれた。


 「待てぇ~っ、逃げても無駄だぞ~!」


 さらにその後ろから、衛兵たちが走ってきて、ゴロツキ集団の最後尾に追いついた。

 追いつかれたゴロツキたちは足を止め、小剣を抜いた。衛兵たちは盾で剣を受け止め、槍の柄で殴りつけながら、ゴロツキを少しずつ包囲していった。


 どうしよう。パックがあの中に取り残されてる。


 ゴロツキや衛兵の隙間から見えるパックは、完全に足がすくんでいた。

 別に仲がいいわけじゃないけど、さっきまで一緒にいた相手が危ない目に遭っているのに、放っておくわけにもいかない。

 その時、衛兵の槍がパックに振り下ろされようとしていた。

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