第三十三話 裏通りにはご用心
私は昨日の酒場を目指して、一人で歩いていた。今日は青灰色のチュニックと、くすんだ灰色のズボンをはいている。酒場の辺りは治安が悪そうなので、一番動きやすい組み合わせにした。
一般的なチュニックは、ズボンをはく男性が着るものでも、膝くらいまでの長さがある。でも私のは、走る時に邪魔にならないよう、腰の下くらいまで短くしていた。
それと、ハーフパンツのような下着だと、布が太ももにズボンと二重にまとわりついて、走りづらい。だから昨日、すごくシンプルで脚を覆う布が無いのを作って、今日は試しに、それを身につけてきた。
それだけ警戒して街に出たのだけど、今日は何故か、丸い盾と槍を持った衛兵を何度も見かけた。そのせいか、街はいつもよりも静かに見えた。
げっ。
大通りから二本ほど路地を入ったところで、私は見覚えのある衛兵を見かけ、慌てて物陰に隠れた。
確か、ガステールだったか。隊長というのも本当らしく、他の二人の衛兵に何か指示を出していた。私は面倒ごとを避けようと、予定より一本手前の角を曲がり、彼を避けて奥へと進んだ。
すると次第に衛兵が姿を消し、私に嫌な視線を向ける者が増えてきた。何となくこの辺りまでは、道を覚えていたのだけど、この先は少し記憶が怪しい。
でも、あまりキョロキョロすると目立って、悪い人の注意を引くかもしれない。私は、なるべく目だけを動かして、周りを見回しながら進んだ。
でも、私の努力は無駄だったようで、十二、三歳の男の子に声を掛けられた。
「お姉さん、どこか探してんの? 道案内しようか?」
浮浪児というわけではなさそうだ。服は古びているけれど、きちんと洗濯されている。ちょっと小太りで、ニヤケ顔の、茶色いクルクル天然パーマの子だ。
このくらいの子なら、親の手伝いくらいしていそうだけど、遊び歩いてるのかな。
「結構よ。それより、親の手伝いでもしたら?」
私がそう言うと、彼は渋い顔をした。
「ちぇーっ。俺はもう、一人で荷運びをしてるんだぜ。でも、今日は運ぶ物がないって、言われたんだよ」
なるほど、いつもの仕事がなくて、この辺をウロウロしていたわけね。彼は私が角を曲がるまで、ずっと見ていたようだけど、用がないのでさっさと立ち去った。
「おい、姉ちゃん。俺と遊ぼうぜ」
さらに少し進むと、チンピラっぽい男たちに、声を掛けられた。ずっとそういう視線は、感じていたけど、ついに来たかと、ため息を吐く。
「そんなに暇じゃないわ。それに今日は衛兵が多いから、悪さはしない方がいいわよ」
私がそう言うと、彼らは舌打ちをして、引き下がった。私はその場を離れ、今度は女の人の多そうな道を、通ることにした。ところが、これが失敗だった。
道の真ん中に、やたらにキョロキョロしている男がいた。関わらないよう、足早に横を通り抜けようとしたのだけど、気付かれてしまった。いきなり手を伸ばしてきたので、私はサッと避けて、男を見た。
「おい、俺がお前を買ってやるぜ」
突然、そんなことを言ってきた。頭がオカシイんじゃない?
「売り物じゃないの。近寄らないで」
そう言ったのだけど、男は手を広げて、私の前に立ちふさがった。
「やめてって、言ってるでしょ」
私は男を睨んだ。しかし次に口を開いたのは、私でも男でもなく、近くに立つ女だった。
「アンタ、モグリだろ。その角からこっちまでは、私の場所だよ。客を横取りするつもりなら、ただじゃおかないからね」
そう言われて、私は通りを見回した。女の人が多いから油断していたけど、ここはそういう通りだった。ここの人たちはテレビで見たキャバ嬢に比べ、ずいぶん地味な服だから気づかなかった。
「ごめんなさい。そんなんじゃないの」
そう言って、私は足早に通りを戻った。さっきのチンピラはいなくなっていたけど、安全そうな通りまで戻ると、さっきの天然パーマの子が、まだ同じ場所に立っていた。彼は私に気づくと、ニヤリと笑った。
「お姉ちゃん、お帰り。やっぱり、道案内がいるんじゃない?」
私は眉間に皴を寄せながらも、昨日の酒場の周りの様子を話した。
「それで、場所は分かるの?」
私がそう聞くと、彼は手を前に出してきた。
「もちろん。銀貨一枚でいいよ」
銀貨一枚といえば、だいたい千円くらい。相場は分からないけど、値切ってみた。
「銅貨五枚よ」
「まあ、いいよ。それで」
彼はアッサリそれで了承した。まだ高かったかもしれないけど、しようがない。
「アンタ、名前は?」
「パック。お姉ちゃんは?」
「……リンよ」
本名を教えるのに躊躇したけど、あまり気にしても仕方ないか、と考えて教えた。
それから私は、先導する彼に続いて、歩くことにした。
「リン姉ちゃん、リン姉ちゃん。あそこの酒場の店主は、トディって言うんだけどさ。ぼったくりだから、入らない方がいいぜ」
目当ての酒場に行く道すがら、パックは頼んでもいないのに、あれこれ教えてくれた。私は適当に聞き流していたのだけど、彼はそのたびにチュニックの裾を引っ張って、注意を引こうとした。そのたびに手を払って、もう引っ張るな、と言うのだけど、すぐにまた引っ張ってくる。
次に裾を引っ張られた時、私はうんざりして彼を見下ろした。すると、パックは私の顔ではなく、胸を見ながら話していた。裾をクイクイ引っ張られるたび、私の胸が揺れていた。このエロガキが!
私は彼の両頬を掴んで引っ張った。ちょっと太っているせいか、よく伸びる。
「い、痛いれふぅ~~~」
彼が情けない声を上げようとするが、つねる手に力を入れて黙らせた。
それは、私が頬を引っ張りながら、説教を始めようとした時だった。
通りの角から、数人のゴロツキが姿を現した。しかも、そのうち何人かには見覚えがある。私とミルカを追い回した連中だ。
私はパックの口を塞ぐと、路地へと引き込み、ゴロツキたちの様子をうかがった。




