第三十二話 ヘトヘトの逃走劇
店の中には四人、でも店の外にも五人いた。店の入口を取り囲むように立っていたけど、私たちが飛び出してきたのを見て、腕を広げて遮ろうとする。
加速。
周囲の音が小さくなっていく。
私は一番近くの左右の二人の足を払った。
解除。
二人はそれぞれ仲間の方に倒れていく。
私はその間を、ミルカの手を引いて走り抜けた。
「待ちやがれーっ!」
後ろから追いかけてくるけど、もともと細い通りだ。
通りの人を避けながらだと、大勢いてもなかなか追いつけない。
「おっと、ここは行き止まりだぜ!」
前を歩いていた太った男が、両腕を広げて行く手を塞ごうとする。
後ろのゴロツキとは関係なく、ただ意地悪をしようというみたい。
だったら、アンタが遮断機になってよね。
加速。
私は男に足を掛けながら、通りを遮るように倒す。
もちろん、私たちの後へだ。
解除。
「うわっ」「くそ」「邪魔だ!」
そうやって走っていると、ミルカが少しづつ遅れだして足を止める。
「ミルカ?」
「ハアッ、ハアッ、リンさん、もうダメです。息が上がって走れない」
少しは引き離したから、姿は見えない。でも、後ろから怒声は聞こえてくる。
すぐにでも追いついてくるだろう。
「ミルカ、もうちょっとだけ!」
私は焦ってミルカの手を引く。ミルカも胸を押さえながら、ノロノロと歩き出した。
でも、この調子じゃすぐに追いつかれる。
どこか隠れる場所はないかと周りを見回す。
私は壁に立て掛けられている木材と、その横の狭い路地を見つけた。
幸い今、周りに人はいない。
私は木材を、今来た通りを遮るように倒してから、その通りではなく狭い路地の方に入った。
わざわざ木材を倒したのだから、その奥に逃げた、そう思って向こうに行ってくれたらいいけど。
狭い路地を進んでいくと、左右の壁が通路へと膨らんできていた。
たぶん、いい加減な建築をしたからだろう。
そのせいでひとりずつ、横向きに通らなければいけなくなる。
「む、胸が引っ掛かりますぅ~」
しばらく進んでいくと、後ろのミルカがそんなことをぼやいた。
私より背が低いくせに。
ちなみに私は引っ掛かってない。どういうこと?
そうやって、何度か追いつかれそうになりながらも、何とか逃げきることができた。
カーターの店まで戻って来た私たちは、借りている寝室で寝ようとしていた。
「リンさん、もう危ないところへ行っちゃダメですよ。今日は死ぬかと思いました」
ベッドに上がって、ペタンと座ったミルカ。両腕を組んで、いかにも私、怒っています、という態度だ。
「ゴメン、ゴメン。でも、もうちょっと、だったじゃない。ミルカだって物語は楽しんでいたでしょ」
「それはそうですけど、あんな怖い人たちに追いかけ回されるのは、もうゴメンですよ」
どうやら物語の楽しさより、追いかけられる怖さが上だったようだ。
あまり真面目に考えられて、もう行かない、などと言われたら困る。
私は、ワザと軽い感じで謝ることにした。
「ほんとゴメンって。でも、ミルカの足がもうちょっと長かったら、もっと簡単に逃げられたんじゃない?」
何でこんなことを言ってしまったのか、分からない。
私の方が脚が長いのは事実だけど、人の身体的特徴の話をするのは注意しなければいけない。
ひょっとすると、あの通路での胸の大きさの話にイラッとして、チクッと言ってやりたくなったのかもしれない。ワザとでは、なかったのだけど。
「むぅ~~~っ、どーせ私は脚が短くて、ドン臭いですよー」
ミルカが完全にむくれてしまった。
「いや、そういう意味じゃ。ホント~にゴメンってば」
「それにリンさん。あんな無理ばっかりしてると、本当に危ない目に遭いますよ!」
「気をつけるよ。でも、もうちょっとで、手がかり掴めそうだったから」
この後、私たちは微妙な空気のまま寝たのだけど、その空気は翌朝も続いてしまった。
「ねぇ、ミルカ。今日はあの吟遊詩人を探そうと思うのだけど」
私は寝室で、朝食のパンを食べながら、ミルカにそう言ってみた。
朝食は、ここのお手伝いの、エンバーおばさんが用意してくれるので、それを毎朝一階に取りにいっている。パンとチーズかドライフルーツくらいで、大したものではないのだけど。
「え~っ、あの辺、危なそうだから嫌ですよ~。カーターさんを待つとか、他の神殿に行ってみるとか、他にも方法はあるじゃないですか~」
ミルカは、今日のチーズを食べながら言った。
「昼間なら、大丈夫よ。それにあのおじいちゃんが泊っているところを聞いて、もっと表通りに呼び出せばいいじゃない」
私はミルカを説得しようとする。
機嫌を取るように、私のチーズのひとかけらを、ミルカのお皿に置いた。
ミルカは一瞬、嬉しそうな顔をしたけど、すぐに表情を難しいものに変える。
「あの辺は、絶対ダメですよ。私は本当に怖かったんですからね!」
賄賂はダメだったみたい。
「じゃあ、私一人で行くわ。私、逃げ足には自信あるし」
それを聞いて、ミルカはムッとする。
「どうせ私は脚が短くて、ドン臭いですよ」
「そうじゃないって」
まだ、昨日の話を根に持っているみたい。
「じゃあ、私は残りの神殿とかに、聞きに行ってみますよ」
う~ん、そういえば、この世界に来てミルカと別行動は初めてか。
寂しい気もするけれど、こういう日もあるよね。
「分かった。じゃあ、また夕方にね」
そう言って、私は一人で出かけるのだった。




