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第三十一話 吟遊詩人はどこだ

 「ああ、喉が乾いてて、喋るのが辛くてな」


 「井戸があるんだから、水でも飲みなさいよ!」


 ストーンが何を要求しているのか、こんなこと言っても話が長くなるだけだと分かってはいた。でも、言わずにはいられなかった。

 結局、私たちは近くの酒場でエールを奢らされた。


 「ほら、もういいでしょ。早く話なさいよ」


 なかなか話し始めず、ゆっくりエールを飲むストーンに苛立って、私は急き立てた。


 「そうだな……」


 昨日、彼はカーターの店で荷運びなどの仕事をした後、酒場を探して街を徘徊していたらしい。

 いつもは街で一番安そうな酒場に入るのだが、その日は何やら話し声の聞こえた店に入った。それは酔っ払いたちの喧騒ではなく、物語のようだった。

 ストーンの話は下手くそで、いまひとつ要領を得なかったけど、とにかく英雄が冒険をして、魔物や悪い領主と戦ったり、宝物を見つけたり、最後に神様に会う話だったという。

 具体的な内容が分からなかったけど、私もその話を直接聞いてみたくなった。


 「ねぇ、その酒場がどこか教えてよ」


 私は聞いてみた。


 「だがなあ。店まで案内して、俺だけ店の前で帰されてもな~。空きっ腹を抱えて、明日を迎えるのも辛いし」


 私たちは、夕食まで奢らされることになってしまった。



 その日の日暮れ前、私たちはストーンの先導で酒場に向かった。

 彼は大通りのある角を曲がると、どんどん奥へと入っていった。通りを一つ入った辺りなら、まだ人も多く、建物や道も綺麗なものだった。

 それが、さらに一つ、また一つと通りを横切っていくうちに、少しずつ様子が変わっていった。

 人通りが減り、すれ違う人たちの服は薄汚れ、道は細くなっていく。建物も古びたものが増え、壁や扉には傷跡が目立つようになった。


 「ねぇ、リンさん。何だか怖そうな通りになってきてないですか?」


 「そ、そうね。ねぇ、ストーン。大丈夫なの?」


 ミルカが怖がりはじめ、私も身の危険を感じてきた。


 「大丈夫、だいじょーぶ。運が悪くなければ、攫われたり、殺されたりはしないさ。俺も昨日は財布を取られただけだし」


 「ちょ、ちょっと。それダメじゃない!」


 ストーンのいい加減な返事に、私は思わず声を荒げた。

 すると、周囲にいた人たちの目が一斉に私へ向いた。

 私はビビって、身体をすぼめた。


 「リンさん、やっぱり帰りましょうよ。カーターさんも探してくれてますし、もっと普通の通りで探しましょうよ」


 「う~ん、でも何か分かるかもしれないし、まだ何も起きてないでしょ」


 嫌がって帰りたがるミルカをなだめすかし、さらに奥へと進んでいくと、ストーンが一軒の酒場の前で止まった。

 ストーンがスタスタと入ってしまうので、私たちもそれに続いた。けれど、扉をくぐったところで、私は足を止めた。

 凄く男臭い。

 カーターに連れていってくれたお店よりも、客たちの匂いがキツい気がする。たぶん、荷運びとか、農場の労働者とかなのだろう。みすぼらしい服を着ていて、いつ水浴びをしたのか分からないくらい臭い。ミルカも完全に引いていて、青い顔をしている。

 それに吟遊詩人っぽい人がいなかった。ストーンはしばらく奥の店主と話してから、戻って来た。


 「今日は別の店にいるらしい。行ってみるかい?」


 それを聞いて、私はすぐに答えた。


 「そうしましょう。早く出ましょう」


 ミルカも、うんうんと何度もうなづいている。


 そうして次の店に向かったのだけど、その店に入って私は目を見開いた。

 もっと、酷かった。

 最初に見たストーンのように、そこにいた客たちは髪もボサボサで脂ぎり、服は継だらけ、極めつけはそれぞれが腰に剣を下げていた。それも短剣などではなく、私の小剣よりも長い剣だ。ありていに言って、ゴロツキの集団だ。

 街中ではどうかと思ったので、私は今日買った剣はカーターの店に置いてきて、小剣しか持ってきていない。彼らは私たちが店に入ると、じーっと眺めたり、ニタニタ笑いをしたり、指をさして何ごとか話している。怖い。これもう帰るしかない。


 そう思った時、低い声が聞こえてきた。その声が響くと、店の喧騒は止んだ。

 声の主は、店の奥に座る老人だった。


 老人が語り始めたのは、英雄の物語だった。

 吟遊詩人と聞いて、若いイケメンのお兄さんを想像していたけど、どうやらこの皺くちゃのおじいちゃんが吟遊詩人らしい。

 みんな聞き入っているようで、さっきまでの喧騒が嘘のように静かになった。

 日本に住んでいた私には、どこかで聞いたような話ばかりだったけど、ミルカは目を輝かせて聞いている。ゴロツキたちも目を輝かせて聞いているので、気持ち悪い。


 おまえら、アニメに興奮する小学生男子か?


 たぶん、十分かそこらだったと思う。物語が終わった時、私は立ち上がって老人に近づこうとした。それをミルカが袖を引いて止める。何かと思うと、彼女が入口を指さしていた。私たちは酒場の端に目立たないように座っていたのだけど、入口近くのゴロツキが増え、私たちを見ていた。


 これはヤバい気がする。ちょっと踏み出せば、吟遊詩人に話を聞けそうだけど、それをゴロツキたちが待ってくれるか。私はストーンの袖を引いて、入口を指さした。彼は訝し気にそれを見て言った。


 「これはマズいかもな。アンタら早く逃げた方がいいぜ」


 そう言うストーンは、他人事のように落ち着いてエールを飲んでいた。

 私はハッとした。他人事なのだ。別にコイツに私たちを守ろうとか、そういう気はないんだ。


 私はミルカの手を引いて、店から飛び出した。


 「おい、待て!」


 後ろから怒声が響いた。

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