第二十九話 知識の女神の神殿
塔の中は、仕切りがなく、一つの部屋になっていた。窓はいくつかあったが、小さく薄暗い。内壁沿いに階段が上の階へと続いていた。
入口の反対側には祭壇があって、青黒くくすんだブロンズの像が立っていた。ゆったりとしたローブを着た、背が高く、厳しい表情の女性で、肩にはその象徴であるフクロウが留まっていた。あれが、知識の女神ミーミラなのだろう。
壁の、階段の邪魔にならないところには、棚が置かれていて、中には幾つかの本が入っていた。そして棚の前には、頭にフードをかぶったローブの人物が、こちらに背を向けて立っていた。
私たちを塔に招き入れた女性は、奥に進むでもなく、入口の脇に立って話し出した。
「"彼方からの道"についてだったわね。まず、ここにそれについての知識があるか、あればその概要を調べるのに、銀貨五枚になるわ。それで良ければ、誰かにやらせまよう」
「えっ、お金を取るの?」
私はつい、驚きの声を上げてしまった。
「当たり前です。あなたはミーミラ様の信徒、というわけでもないのでしょう。ここにある知識はミーミラ様の信徒が、長い年月をかけて集めたものです。それをタダで教える、というわけにはいきません」
怒られてしまった。
日本ならネットもあるし、情報なんてタダでいくらでも手に入った。
それでお金がかかるなんて、思ってもみなかったのだけど、これって、弁護士さんに相談したら、一回五千円みたいなものかな。
それなら、納得がいく……かな?
何にしろ、それくらいで分かるなら払おう。私は鞄からお財布を出して、銀貨五枚を彼女に渡した。
「サイラス」
彼女が呼ぶと、こちらに背を向けていた人物が、こちらを向いた。
線の細い若い男で、伏し目がちにこちらを伺っている。女性が手振りで招くと、手に本を持ったままやってきた。
「聞いていたかしら?」
「いいえ、ヴェリティ様。本に集中していたもので」
女性の問いを、彼はアッサリ否定する。ヴェリティと呼ばれた女性は、苦虫を嚙み潰したような顔をした。そして、サイラスに説明する。
「頼んだわよ」
「分かりました」
そう言うと、サイラスは階段を上がっていく。
どうしたものかとミルカと顔を見合わせていると、ヴェリティが顎をしゃくって、サイラスについていくよう示した。
もう一度、ミルカと顔を見合わせてから、彼に続いた。壁沿いに回る階段を上るのは、ちょっと面白かった。
二階は本棚がたくさん並んでいた。サイラスは本棚を順番に眺めて、本の題を見ているようだった。私も彼の後について、本の背表紙を見ていったが、なんて書いてあるか読めなかった。
「ねえ、ミルカ。アンタは、本に書いてある字は読めるの?」
「も、もちろんですよ」
私の問いを肯定したけど、ミルカは目を見開いて、キョドらないようにしているようだった。
怪しいけど、これ以上追い詰めるのはよして、サイラスの後に続いた。
サイラスは黙々と棚を巡っていき、やがて一つの本を手に取った。
それからパラパラとページをめくり、口を開いた。
「"彼方からの道"は、ここではないどこかと繋がる道だ、と言われている。もちろん、普通に歩いてはいけない、どこかと繋がっている。繋がっている時間は、ほんの百を数える間だったり、数日だったりで、規則性は見つかっておらず、ひと月を超える例は見つかっていない」
それからサイラスは、本を見ながら五分ほど話してくれたけど、良く分からない、以上のことは分からなかった。
「ありがとうございます。それで、ドラークス様がいるっていう、天の塔についても知りたいんですけど」
聞き終えた私はお礼を言ってから、もう一つ聞いてみた。
「私の仕事はここまでだ。あとはヴェリティ様と話してくれ」
サイラスはそう言って、さっさと階段を下りていってしまった。
その後、天の塔と、神界について銀貨を払って調べてもらったのだけど、あまり具体的なことは分からなかった。
「ああ、私の銀貨十五枚!」
通りにもどった私は、ミルカに愚痴を言う。
「まあ、まあ。お話は面白かったじゃないですか。私も半分出しますよ」
私はそれを断って、この後どうするか相談した。
他に思いつくこともなかったので、七大神殿全部を回って何か知らないか、聞いてみようということになった。
それからこの日、街の大通り沿いにあった大地の女神エルダと、商売の神メルキスの神殿を回った。
農民や狩人に信仰されるエルダは、信者の数が圧倒的に多くて、どこの街や村にも神殿があり、エルバーデンでも一番大きい神殿が街の中心にあった。
商人に信仰されているメルキスの神殿は、ある程度大きな街にしかないけれど、ここではエルダの次に大きな神殿を持っていた。
ただ、この二つの神殿では、"彼方からの道"やドラークスの天の塔についての情報は、ほとんど何も分からなかった。
翌日、残りの神殿を回ろうと思ったのだけど、朝からドシャ降りだった。
外に出ることもできないので、溜まっていた服を洗って、部屋に吊るした。
ミルカは下着を一枚しか干してないけれど、毎日換えている私は上下で五枚もあった。
しかも全部、形が違うので、ミルカがそれを見上げて微妙な顔をしていた。
「すること、なくなっちゃいましたね~」
ミルカが見上げながら言う。
もう見慣れていると思うのに、視線の先にあるのは私が日本から着てきたやつだ。
「昨日、リネンも買ったし。丁度いいから着替えを作るわ」
そう言って、私はリネンの布と紐を出した。




