第二十六話 通りのから騒ぎ
加速。
周囲が薄暗くなり、音が低く小さくなっていく。
私の目の前で、ガステールの槍に弾かれた小石が、ゆっくりとミルカへと飛んでくる。
このまま行けば、彼女の顔に当たるだろう。
イラッとした私は、腰の小剣を鞘ごと抜き、ビリヤードのキューのように、小石を慎重に飛んできた方へと打ち返す。
ただし、角度だけは僅かにずらした。
私の狙いは地面ではなく、もっと上の方だ。
解除。
光と音が戻ってくる。
「キャッ」
ミルカが悲鳴を上げた時、小石は既にガステールへと跳ね返っていた。
「ギャッ」
ナイスショット。
狙い通りの結果に内心ほくそ笑む。
跳ね返った小石は、自信満々のガステールの頬へと当たった。
「誰だ、俺様に石をぶつけやがったのは!」
ガステールは、小石がぶつかった頬を押さえて、周囲を見回した。
「お前たちか!」
私は既に、剣を腰に戻しているから、今の姿勢だけで犯人とは分からないハズ。
飛んできた方向だけで、適当に言っているだけだろう。
「はぁ? それよりこっちに石が飛んできて、この子にぶつかりそうだったんだけど。迷惑だから暴れないでよ」
コイツはムカつくけど、石をぶつけて少しスッキリしたから、これくらいで許してやろう。
私はそう思ったのだけど、向こうはそうは思わなかったみたい。
「貴様、貧乏人の癖にぃ。このガステール隊長と、こちらの美しいお嬢様に逆らうというのか!」
「アンタが暴れて、みんな迷惑してるから、気を付けろって言ってるだけでしょ! それにそちらのお嬢様は、さっきから何も言ってないし、アンタのことが嫌いみたいだけどぉ?」
最後は余計だったかもだけど、私は正しいことしか言っていない。
それでも、ガステールは激怒してこっちにやってきた。
「貴様、もう許さん! ボコボコにしてやるぞ、この嘘つきめがぁ~」
ガステールが槍を振り回す。
私はミルカに、離れているようにと手振りで示して、ガステールに近付いていく。
加速。
加速した私に、ガステールの槍なんて止まっているも同然。
振り下ろしを左に避けて、一歩近づく。
切り上げを身体を反らして避けて、さらに一歩近づく。
横薙ぎをしゃがんで避けると、彼の懐に潜り込んだ。
彼の右足が浮いた瞬間、その横腹を左へ押す。
ガステールはバランスを崩し、すっ転んだ。
ふふっ。大の男をキリキリ舞いさせて、ちょっと気持ちいい。
解除。
地面に転んだまま、信じられないように目を見開くガステール。
彼はそのまま動きを止めている。
「あ~あ~、アンタ酔っ払ってるんでしょ。誰かぁ~、ガステール隊長が酔っ払って、市民に乱暴しているって通報して~」
テンションが上がって、煽る私。
それを聞いて、再び怒りで真っ赤になり、ガステールが立ち上がる。
「ふざけるな! 衛兵に手を出してタダで済むと思うなよ! お前をしょっ引いてやる!」
私はそこで大げさに手を広げる。
「ええ~っ、私、武器も持ってない小娘だけど。それに槍を持った隊長さんが手も足も出ずに、やられちゃったってことぉ~?」
「ぐぬぬっ、フザケおってぇ~」
そう言いながらも、今の状況を報告した時の、自分の評判を計算しているみたい。
立ったまま、一歩も動けずに悩んでいる。
私は、ちょっと周りを見回した。
この騒ぎの、もう一方の当事者であるお嬢様の一団は、この状況を静観していた。
そこで、私は声を掛けた。
「あの~、お嬢様。こちらの隊長さん、今日は酔っ払っててお役に立てないみたいですけど、帰らせた方が良いんじゃないでしょうか~?」
するとお嬢様は、護衛やお付きの侍女と少し相談する。
それからお嬢様が声を上げた。
「どうやらそのようね。ガステール隊長、今日は体調が悪いようだから、すぐに帰って休みなさい。あなたが普段からこうではない、と思うのだけど」
そう言われたガステールは、顔を歪ませた。
「ググッ、申し訳ございませんお嬢様。今朝から熱があったようなのですが、エルバーデンの平和を愛する心が私を急き立て、無理をしていたようです。ここはお嬢様のご忠告通り、ヒーローの休日とさせて頂きましょう」
言いわけがましくそう言うと、ガステールは私をひと睨みし、凄い形相で帰っていった。
その場の人々は、ガステールが通りを出るまで、身じろぎもせずに静かに見守っていた。
そして、彼が通りの向こうに消えると、大歓声が上がった。
「うおぉ~っ、すげぇ~!」
「やるな、嬢ちゃ~ん!」
「アイツ、すっ転びやがて! ざまぁ~見ろだ、きぃ~もちぃ~!」
「リンさんは、やっぱりヒーローです~」
やんやと喝采する通りの人々に、私は小さく手を振りながら、照れ笑いするのだった。
ただしこの時、私は正直、調子に乗っていたんだと思う。
私を取り巻く人垣の向こう、お嬢様の一団は、その様子を眺めていた。
「あの子、ちょっと面白いわね。調べてちょうだい」
お嬢様が、侍女風の婦人にそう言った。
一方、通りの向こうを一人歩くガステールは、鬼気迫る表情で呟いていた。
「あの女、俺に恥をかかせやがって。絶対許さねぇ」
この時のことが、あんな出来事を起こすなんて、今の私は思いもしないのだった。




