第二十五話 神官に拉致られました
私が連れ込まれたのは、神殿の奥の小部屋だった。
そこは木戸が下ろされ、中央の大きなテーブルに置かれた幾つかのろうそくだけが、薄暗い部屋を照らしていた。
テーブルの周りには、三人の男たちが座っていた。痩せた男は泣きそうな顔をし、上背のある男は真っ赤になって怒っているようだった。太った男はイヒヒと不気味な笑いを浮かべていた。
「ヒ、ヒィ~~~」
私は恐ろしくなって悲鳴を上げた。私の背を掴むミルカも、ガクブルしている。
テーブルには紙がうず高く積まれ、男たちは何かの検算をしたり、定規のようなもので図を描いたりしていた。
ガシッッッ。
私の手首を掴んでいる神官が、もう一方の手でテーブルの紙束を持ち上げた。
「いいかい、天の塔はね。N651の303、W548の112にあるんだ!」
男が勝ち誇ったように宣言した。だが、それが上背のある男の怒りを買ったようだ。
「馬鹿か!」
吐き捨てるような怒声が響く。
「S990の453、それからE405の873に決まっているだろうがぁぁぁ!」
さらにその声に触発されたように、痩せた男が泣きだした。
「違うようぉ~、ウソを言うなよぉ~。Z224の……」
太った男のニヤニヤ笑いが増していく。
何を話しているのか、全然分からない。
この部屋の神官たちは、何か狂気の研究をしてるんだわ!
私は男の手を振り払うと、ミルカと一緒に駆けだした。
「待てぇ~、俺が」「僕が」「私が」「吾輩が正しいんだよぉぉぉ~ん」
私たちは振り返らずに、神殿を飛び出すのだった。
「ハァッ、ハァッ、ハァッ、ハァッ」
どこをどう走ったか覚えていないけれど、私たちはいつの間にか、カーターの店のある通りまで戻っていた。
そこで私は、かがんで上がった息を整える。すぐ近くの壁を背に、ミルカが座り込んでいた。
「こ、怖かったねぇ~、リンさん」
ミルカが涙目になって言う。
「う、うん。すっごく怖かった」
私も同意する。目尻には涙が滲んでいた。
少し落ち着いてきて、周囲を見渡すと、通りの一角でジュースが売られていた。
いくつかの木桶にブドウが入れられていて、その横で男が木製の搾り器を使って果汁を絞っていた。
一つで銀貨一枚と高かったけど、私たちはそれを一つずつ買って、通りの端で飲み始めた。
甘いジュースで、気分が少し上向いてきた。
半分ほど飲んだところで、口を開く。
「何アレ、ドラークスの神官って、あんな感じなの?」
「いいえ、というよりどの神の神官でも、あんなのはいませんよ」
私の疑問を、ミルカが即座に否定する。
でも私には、あれの正体に推測が立っていた。
アレは、自分の趣味以外周りが見えていない、ディープなマニアとか、オタクの人たちだ。
彼らの造詣は深いのだけど、普通の人には何を言っているか分からない。
ひょっとすると天の塔の場所を、本当に知っていたのかもしれない。
でも、もう一度あの人たちと話すのは、ムリだ。
狼やボガードより怖かった。もう私の心は折れた。
「う~ん、後はどうしようか~?」
私には、他にどこを当たればいいか、見当が付かなかった。
「カーターさんは、この街でも顔が広そうだから、相談しましょうよ」
確かに闇雲に探すより、彼を頼った方がいいだろう。
そんなことを考えていると、通りが騒がしくなった。
「あれですよ」
何があったのか見回していると、ミルカが指さした。
そこには、綺麗な服を着たお嬢様がいた。
きっと貴族令嬢というやつだろう。
小ざっぱりした服の、それでいて帯剣した男たちに、前後を守られている。
横には、侍女服を来た婦人もいる。
彼女たちが通りを進んでいくと、それを避けるように人が割れていく。
だけど、それに立ち塞がるように、一人の男が前に出た。
街の衛兵のような恰好の男だ。
そのせいで、お嬢様の一団も止まった。
何も私たちのすぐ近くで、止まらなくてもいいのに。
私たちは壁際に立っているのだけど、彼女たちが止まったのは本当に目の前だ。
「これはこれはご機嫌よう、美しいお嬢様」
衛兵が、気障ったらしくお辞儀をする。
「私たちの前を塞ぐ者がいなければ、私の気分もいいのだけど」
令嬢は冷ややかな声で言った。
それは、お前が邪魔だと明確に物語っているのだけど、本人はまるで気付いていないようだった。
「全くですな。汚らしい貧乏人どもが、あなた様のお手前を煩わせるなど。このゴミ虫どもを、私が追い払って見せましょう。ところで、私はガステール隊長と申しますが、よろしければ、あなた様のお名前を伺っても?」
衛兵は胸を反らして、自信満々にそう言った。
「それはムリね。一番邪魔な虫が、目の前を煩わせているのですもの」
一方で令嬢の声は、ドンドン冷え込んでいく。
「なるほど、なるほど。では、害虫駆除を先に済ませましょう。見ていて下さい、このガステール隊長が、あなた様のお役に立つところを」
そう言って、ガステールは周りの街の人たちを、槍の石突で追い払い始めた。
悲鳴を上げて逃げる人々。眉間に皴を寄せる令嬢。
日本でもあの手の勘違い男は、見たことがある。
自分がモテると勘違いし、弱い者いじめをして、自分が強いとか偉いとか浸る奴だ。
あんなのに関わっても、いいことはない。
そう思って、ミルカと一緒に離れようとした時だった。
ガツッ。
ガステールに振り下ろされた槍の柄が、地面にあった小石を弾く。
それがミルカの顔へと、飛んできた。




