第二十四話 ドラークス神殿にて
エルバーデンに着いたその日、酒場から出た私たちは、カーターの店に泊めてもらった。大通り沿いでは
ないものの、その一本奥で、立地は割と良さそうだった。この辺の建物は、みんな通りに面した間口が狭くて、その代わり奥行きがあって、縦長になっていた。
彼の店も同じようになっていて、一階は売り場ではなく、事務所になっていた。その奥には常駐の人が住んでいて、二階にはカーターの寝室と、私たちが借りた客室がある。その上は屋根裏で、必要な時に誰かが泊まることもあるらしい。
今回、カーターはエルバーデンに一、二週間滞在するらしく、彼がいる間はここに泊まって良いと言われた。ここでは、家事をやってくれるおばちゃんが通いで来るらしく、朝食の用意と掃除・洗濯はお願いしていいらしい。宿を取る必要がないのは、すごく助かる。
翌朝、私たちはドラークス神殿に行った。
北門近くにあったのだけど、ちょっと変わっていた。石造りで街壁と一体化していて、神殿自体はそれほど広くはないけれど、高い塔が一つあった。塔は誰でも登ることができて、その上からは街中はもちろん、街の外まで見渡せるようになっているという。
私たちが神殿の正面に回ると、扉が開いていた。というか外れて立て掛けてあった。
「すいませーん」
私は外から呼び掛けてみた。
しばらく待ったが、誰も出てこない。奥に人の気配はあるのだけど。
「中に入っちゃいましょう」
ミルカがあっけらかんと、そう言った。
勝手に入るのは悪い気もするけど、全然出てこないから仕方ないよね。
「すいませーん」
中に入って、ゆっくりと奥へ進みながら、私たちは呼び掛けた。
そうして、もう神殿の半ば、講堂のような部屋の真ん中まで入った頃に、奥から声がした。
「だ~れ~じゃ~?」
山姥? でも、その声は弱々しい。
「私たち、ドラークス様について教えて欲しくて、来たんですけど~」
私がそう声を掛けると、さっきと同じ声で、待っておれ、と聞こえた。
しばらくすると、よぼよぼのおじいちゃんが、プルプル震えながら出てきた。
既に刺繍も擦り切れているけれど、神官服のようなものも着ている。
たぶん、ここの神官なのだろう。
そのおじいちゃんは、私たちの前まで来ると立ち止まる。
待つことしばし。
反応がない。目も閉じているように見える。
生きてるよね?
「おじいちゃん、大丈夫?」
声を掛けたけど、反応がない。
肩を軽く叩きながら何度も繰り返すと、突然ブルっと震えた。一瞬、私もビクッとした。
「何の用じゃ?」
ミルカと顔を見合わせる。
「ドラークス様について、教えて欲しいんですけど」
私がそう言うと、おじいちゃんは、うむ、といって話し始めた。
「ドラークス様は、星を見つめる神であり、外世界からの侵攻を見張る神なのだ」
割としっかり目の声で、ドラークスの神話を話してくれた。
相変わらず目が開いているように見えないし、こちらの様子にも反応しない。
何だか音声データを再生しているような気がしてきた。
外世界から来た魔物を、天使たちがやっつけた、なんて話には興味をそそられた。
だけど千年の間、ただ星を眺めていたとか、そんな話を聞くと、神様相手に悪いけど、ぼうっとしている期間が、ものすごく長いように思えた。
やがて唐突に再生が止まった。
しばらく待って、動きがないのを確認してから、また私が口火を開いた。
「神官様、ありがとうございます。それで実は」
私が天の塔について聞こうとして声を出すと、再びブルっと震えた。
「ドラークス様は、星を見つめる神であり、外世界からの……」
「待って待って、その話はもう聞いたから!」
私は始まろうとした再生を、慌てて止めた。
「天の塔、ドラークス様がいるっていう天の塔は、どこにあるの?」
「天の塔は神々が住まう神界にあるのじゃ」
「神界はどこにあるの?」
私は再生が始まらないよう、矢継ぎ早に質問を投げた。
おじいちゃんは、そこで急に再生ロボットじゃない、感情のある動きに変わった気がした。
彼の手がすっと動いた。
そして質問した私ではなく、ミルカの胸へと伸びていく。
「神界とは、ひとり一人のここにあるんじゃよ」
いい話っぽく言ってるけど、ミルカの胸を触ろうとしているんじゃないのよね?
ミルカもどうしていいか戸惑って、動きを止めている。
私は触れる寸前に、おじいちゃんの手をはたき落とした。
「そうじゃなくて、どっちの方とか、どの国の近くとか」
「神界とは人が行くところではないし、行けるところでもないのじゃよ」
私がもっと具体的な場所を聞いたが、そんな答えしか返ってこない。
その間も手を伸ばそうとするので、私がハシッと叩き落す。
「神界とは生命の神秘。明日への希望」
「意味わからんですけど!」
ハシッ、ハシッ、ハシッ、ハシッ。
私たちがそんな攻防を繰り返していると、奥から一人の男が出てきた。
その男、たぶん神官は、自分の手に持つ紙束を睨みながら近づいてくる。
彼は、近くまで来てやっと私たちに気づくと、こんなことを言ってきた。
「なんか、楽しそうなことしてるね」
それだけ言って、通り過ぎそうになったので、私は慌てて声を掛けた。
「すいません。天の塔って、どこにあるかご存じないですか?」
「ほう」
男の目がギラリと光った気がした。そして、ガッシリと私の手首が掴まれる。
不意のことで、加速する暇がなかった。
「分かるとも。来たまえ」
そう言うと、ズルズルと私を奥の部屋へと引きずっていく。
「えっ、えっ、えっ、えっ?」
「リンさ~ん」
異様な迫力に思考停止した私は、そのまま連れていかれ、ミルカもそれに続いた。




