第二十三話 エルバーデンの酒場
門に近づくにつれて、街の喧騒がどんどん大きくなっていく。エルバーデンはアルデンより何倍も大きい。門も何倍も大きいということはないけれど、行き交う人の数はずっと多かった。
中でも多いのは、いかにも農夫や荷運びといった格好の人だろうか。麻の大袋を担いだり、痩せた馬で荷車を引いたりしていた。女の人が籠を抱えて足早に出ていったり、男の人が数匹の羊を連れて入ったりもしている。商人や旅人風の人もいた。
門番のような槍を持った人が二人いるけど、門を出入りする人たちを呼び止める様子はない。そう思っていると、カーターは門の前で馬車を止め、門番へと近付いていく。カーターと何ごとか話した後、門番は人々を追い立てて、門の前を開けさせた。文句をいう人や睨む人もいるけど、気にしないようだった。
狭くはないけど、確かに馬車が門を通る時、人がいると危ないかもしれない。
そんなことを考えている内に、カーターの馬車が進んでいった。私とミルカもその後を追う。
門番がミルカを見て、分かりやすく口元を緩めた。やらしい視線。まったく、男の人って。
そして私に向ける目はまるで、珍しい生き物でも見るようだった。ズボンがそんなに悪いか!
ふん、と私は鼻を鳴らした。
カーターの馬車は街に入ると、門からそれほど離れないうちに大通りを外れた。そのまま通りを二本、三本と奥へ行くと、厳つくて無愛想な建物が並ぶ、倉庫街のようなところに出た。しばらく進むと、一つの倉庫の前で馬車が止まる。
私たちは後ろにいたので、前の様子が分からなかった。ミルカと一緒にカーターの方にいくと、頑丈そうな扉の前でガチャガチャと大きな錠を外していた。なんというか、日本のドアの鍵より全然大きくて、鍵がかかっているぞ、と威圧しているように感じた。
「荷下ろしが終わったら、みんなで酒場に行こう。旅が無事に終わったことだし、祝杯を上げるんだ」
「わ~い、楽しみです~。私も手伝いますよ~」
振り返ったカーターが言うと、ミルカが万歳をした。
それから全員で荷下ろしを始め、夕方までに馬車三台分の荷物を倉庫に運んだ。その後、私たちは、そのまま酒場へと向かった。
倉庫街のすぐ近くに酒場も沢山あったけど、比較的小さな店に入ったので、ほとんど私たちで占領する感じになってしまった。
みんなが目の前のエールを飲み始める中、私は自分の分をジョッキからペロリと舐めた。
よかった。ほとんどアルコール臭さがない。
それを見たカーターが笑いながら言った。
「はははっ、ここのエールは口当たりが軽いんだ。街まで来た直後は喉が渇いているから、丁度いいんだよ」
「そうなんですか」
「は~~~っ、お~いし~」
警戒しながら飲む私に対して、ミルカは何も考えずにゴクゴク飲んでいた。
カーターは、後から合流したこの街の店番の人と何事か話していた。ミルカは私の隣に居るけど、少し離れたハーディに話しかけられたり、御者のおじさんに料理をもらったりしている。ストーンはバクバクと食べながら、もう一人の御者のおじさんやエリスに話しかけては、無視されていた。
そのエリスは、テーブルの端の方で一人、大人しく食べていたけど、彼女の契約はここまでらしい。聞きたいことがあったのだけど、話すとしたらこれが最後かもしれない。私はストーンが腰を浮かしたタイミングで、エリスの横に滑り込んだ。
「エリスさん、そのズボンって革ですよね。やっぱり布より丈夫なんですか?」
「そうだな。そう簡単には破れない」
「でも、固くて動きづらくないんですか?」
「いや、そうでもない。柔らかいし、使ってるうちにさらに馴染んで、曲がりやすくなる。触ってみるか?」
そう言うと、エリスは私の手を掴んで、太ももを触らせてくれた。
おうっ、スベスベ。というほどでもないけど、見た目より薄そうで柔らかい。これなら、布より足にフィットしそうだ。
でも今、絵面的に大丈夫? セクハラおじさんみたいになってない?
「あっ、本当だ。私も欲しいんですけど、どこで売ってるんですか?」
私はちょっとした動揺を隠して、そう聞いてみる。
「ん? ああ、革職人に仕立ててもらったんだが。エルバーデンでも一度作ったから、そのときの工房を教えようか」
「是非、お願いします」
ミッション一つめ。コンプリート。
「それで……その下って、どんな下着をつけてるんですか?」
ミッション二つめに挑戦。
私は、何気ない風を装って聞いた。いえ、ちょっと口ごもってしまったのだけど。
それを聞いて、エリスの首がコテンと倒れる。
「何も。一回戦うだけで破れるから」
はぁ~~~っ、ラグビー部だった!
「へぇ~、そうなんですね~」
モデルさんとか、そういう人もいるって言うけど、私はムリかな~。
いや、聞きたいことは聞けた。
あの子、下着を聞いてきた、なんて記憶に残る前に、他の話題を振って忘れてもらおう。
「それでエリスさんは、明日からどうするんですか?」
「あのボガードが、本当に"彼方からの道"から出てきたのか、他に魔物が出てきていないか、戻って調べる」
急に目が覚めた気がした。
だったら、私も一緒に調べに行く?
いや、ボガードが出てきた道なら、その先は日本じゃない。
私は……やっぱり、ここで"彼方からの道"やドラークスについて調べよう。
彼女とは、行かない。
「みゃ~。それって、正義の味方ってことじゃないですか~? カッコいいです~」
ここでミルカが突っ込んできて、私とエリスの間にグイグイと入り込んだ。
「違うわ。魔物を殺しにいくの。これは"彼方からの道"への復讐よ」
その言葉に背筋がゾッとした。
私は日本に、明るい幸せに向かって進んでいる。
だけど、彼女は魔物を殺すために、暗いどこかに向かっている気がした。




