第二十二話 彼方からの道の先
"彼方からの道"が開いた。
日本へ帰れるかもしれない。
行かなきゃ!
私は駆け出そうとして、すぐに転んでしまった。
「ダメですよ、リンさぁ~ん」
ミルカが私のお尻にしがみついていたのだ。
「ちょっと離してミルカ! "彼方からの道"が開いたって」
私はミルカの手を抜け出そうと暴れるが、この時ばかりは思わぬ力で掴まれて外れない。
でも、こんな事はしてられない。今が、日本に帰るチャンスなんだ。
私たちは地面を転げ回った。
ん?
急に腰の締め付けが緩くなった。
ミルカが掴んでいるところじゃなくて、もうちょっとだけ上の方。
ズボンが脱げそうになっている!
「ダメですよ、リンさん! ダメぇ~」
ミルカが必死に私の腰を引っ張る。
「止めて、ミルカ。ダメだから!」
また、何かが外れた感じがあった。
まさか、パンツのヒモ?
「ダメですよ、リンさん! ダメぇ~」
「ダメなのはアンタよ、ミルカ! ダメだって!」
ズリズリとズボンとパンツが脱げていく。
それ以上は、お尻が見えちゃうから!
私たちの騒ぎを聞きつけて、みんなが集まってくる。
さ、最悪だ。
「"彼方からの道"だって、どこに開いているか分からないんですよ!」
ミルカが叫ぶ。
「違う、ミルカ! それ以上暴れたら、別のところが開いちゃうから!」
私も叫び返す。
そのとき、私の両肩がガッシリと地面に抑えつけられた。エリスだ。
「"彼方からの道"の先に、アンタの弟がいるとは限らないよ。ボガードがいるようなところだし」
それを聞いて、ハッとした。
日本からボガードが出てくるはずがない。
思わず身体から力が抜けた。
すっと頭が冷める。
何故か腰の辺りも涼しい。
下を見ると、ミルカも落ち着いたのか手を離している。
気まずそうに顔を赤らめ、そっぽを向いた。
その反応に猛烈に嫌な予感がした。
さらに下を見た。
「きゃあ~~~っ!」
私は恥ずかしさに顔を真っ赤にして、パンツとズボンを引き上げた。
「リンさん、落ち着きましたか」
私の横を歩くミルカが、気づかわし気に声を掛けてくる。
あの後、わたしたちはそのまま街道を進んだ。
大失態だ。
時空の歪みがどこに繋がっているか分からないことくらい、始めから分かっていた。
なのに、つい日本に帰れるかと思って、それしか考えられなくなっていた。
お陰で随分恥ずかしい思いもした。
ちょっと恨めし気にミルカを見る。
「えへぇ」
ミルカが誤魔化すように笑う。
ふぅ。ため息を一つ吐いてから、頭を切り替える。
私はエルバーデンへ行って、天の塔の場所を調べる。
それから天の塔のドラークスに会いに行って、日本に帰してもらう。
落ち着いて順番にやっていこう。
よし、頭は冷えた。
隣で愛想笑いをしているミルカの頭を撫でまわした。
「ちょっとリンさん、止めて下さい。髪の毛がグチャグチャに……」
とにかく、今回はミルカに助けられた。
私が彼女に笑顔を向けると、やっと安心したようだった。
それにしても、ここの人たちは、見慣れないものは何でも"彼方からの道"のせいにしてしまう。
見てもいないのに、凄くいい加減だ。
そう思ったけど、人のことは言えないと思い直した。
「ねぇ、ミルカ。魔法のことだけど……」
旅の日常が戻った。
考えなければいけないことは、沢山あった。
まず、魔法のことも知っておかなければならない。
見習いのミルカが使えるってことは、私が思っていたより一般的なことなのだろう。
日本の常識で、こんなことはできっこない、と思って行動するのは危険だ。
それから、もしミルカと二人だけでいる時に、ボガードみたいなのが出てきたらどうするか。
私一人なら逃げられるかもだけど、ミルカと一緒だとそうもいかないかもしれない。
そのときは、少なくとも私たちを追い掛けるのを諦めるくらい、痛い一撃が必要かも。
なら、小剣よりもっと強い武器や、訓練も要る。
服もちょっと引っ張られたくらいで脱げそうになるのはダメだ。
エリスの革のズボンや上着のようなのがいいかもしれない。
そういえば日本で、ラグビー部の男子はぶつかり合っているとすぐ破れるので、パンツは穿いてないらしかった。
戦って転げまわるエリスは、どんなパンツをはいているのだろうか。
あと、ブラなんてないだろうし、胸が揺れないようにするには、さらしかなぁ。
超気になる。
でも、お姉さん、パンツとブラ見せて……なんて言ったら変態だ。言い方はよく考えよう。
見習い神官様はもちろんだけど、女戦士なんていうのが身近にいるのだ。
旅の間に聞けることはなるべく聞いておこう。
アルデンの街を出て九日目。
私たちは、エルバーデンの外壁が見えるところまで来ていた。
ボガードが現れてからは、何ごともなく旅は続いていた。
カーターも早くエルバーデンへ着きたかったのか、村で商売をする時間を少しずつ減らしていた。そのおかげで、予定よりも早くここまで来ることができたのだ。
遠くに見える外壁は、アルデンの街よりもずっと大きい。
あの向こうに、七大神すべての神殿がある。
そして、天の塔の手がかりを探す。
私は外壁を見つめながら、知らず知らずのうちに歩く速度を少しだけ速めていた。




