第二十一話 戦闘のプロ
ボガードは手近な若木に手を伸ばすと、メキメキと音を立てて根ごと引き抜いた。
ハーディが盾を前にして突進する。ボガードが迎え撃つように若木を棍棒のように振るった。ハーディがそれを盾で受け止め、盾の横から槍を突き出す。槍の穂先がボガードの腕に届くが、まるで痛みを感じないようだった。
若木の棍棒が片手で振るわれ、受け止めていた盾が弾かれる。同時に、棍棒を持つ腕を刺していた槍も弾かれ、ハーディが後方に押し出された。
続いてエリスが突進するが、その攻撃が大した傷を負わせた様子もなく、同じように後ろに弾かれた。
あの二人が、力負けしている。
私は目を見開いて、その戦いを見守っていたのだけど、二人が何度攻撃を仕掛けても、ボガードを止めることさえできなかった。振り回される棍棒が、ブオンブオンと恐ろしい風切り音を立てる。それに巻き込まれた木や地面が、削り取られていった。
「ああ、何てことだ!」
カーターがそれを見て、悲鳴を上げた。
御者たちは、逃げようとする馬を押さえるので精一杯だった。
「リンさん、何とかできませんか?」
ミルカが私に不安げな目を向けてそう言った。
でも、二人の槍が通らないような体に、いくら速く動いても私の小剣が刺さるとは思えない。
目なら傷つけられるかもしれないけれど、その高さまで届きそうもない。
それに、二人と違って私じゃ一撃掠っただけで大怪我になっちゃいそう。
私が躊躇していると、ハーディが自分の盾を槍で叩き、それからその槍でエリスの槍を叩いた。
エリスが頷く。
何かのサイン?
そこから二人の動きが変わった。ハーディの槍が連続で突き出されるが、まるでフェイントのように腰が入っていない。棍棒を受ける盾も、正面で受けず、端で受け流していた。槍と盾、ボガードと打ち合わせる回数は大きく増えたけど、手数が増えただけでまるでダメージを与えていない。
気を引こうとしているだけみたい。
私が訝しんでいると、エリスが背後に回り込んで、突進からの強烈な一撃を放つ。気付いたボガードも身をかわすが、僅かに遅くて脇腹に傷が刻まれた。彼女は横を駆け抜けるように、そのままボガードから離れていく。ボガードは追おうとするが、ハーディに正面からチクチク刺されて、彼へと向き直る。
これって、ハーディが攻撃を引きつけて、エリスが隙を見て攻撃するっていう役割分けね。
エリスは加速した私ほどではないけれど、相当速い。そして、地面に対する蹴り足から、腰の回転、肩から腕の振りへと流れる力の移動がスムーズで、槍の穂先に私ではマネできないような威力を生んでいる。あの動きは、私の加速からの突き刺しにも応用できそうだけど、今すぐは無理。
ハーディだってそうだ。あの無造作に見える槍の連撃も、ボガードが無視できない威力があるのだろう。それに、盾で受けるだけなら私でもできるだろうけど、あんなふうにボガードの攻撃を受け流すなんて、とてもできそうにない。
これが私のような速さのゴリ押しと、熟練者の違いってことね。
ハーディに引きつけられたボガードは、エリスに集中出来ずにその傷を増やしていく。
ドサ。
おそらく十数回繰り返されたエリスの突進で、ボガードは倒れた。
ハーディが念入りに槍で突いて、生きていないか確認していたようだけど、どうやら本当に死んだみたい。
それが分かったところで、ハーディは大の字になって転がり、エリスもしゃがみ込んだ。
「うわ~っ、やった~! あんな大きな怪物を倒しちゃいましたよ!」
ミルカがジャイアントローカストの時以上に喜び、ピョンピョンと跳ねながら両手を上げていた。
「そうね、凄かったわ」
私も本当にそう思う。これがプロの戦い方なのね。
そうは言っても、二人とも裂傷や打撲も多く、駆け寄った二人の御者のおじさんが手当てを始めた。ちなみにあの胡散臭いストーンは、何故か腕を組んでうんうんと頷いている。
「あっ、私も手伝いますぅ~」
ミルカが手を上げてハーディたちの方に寄っていった。
そういえばミルカも神官見習いだから、傷の手当てくらいできるのかもしれない。もっとも、御者のおじさんたちの方が経験豊富で上手そうに見えるのだけど。
私が余計なことを考えていると、ハーディの傷に手をかざしたミルカが、何かを歌い始める。
「ルヴェル シアト フェルグミュレ ミオラ ケスティア」
手が光り、ハーディの傷が癒えていく。
「おっ、痛くねぇ。いや~っ、助かったぜ」
ハーディがニカっと笑って、自分の腕を叩いた。
「ウソ! ミルカって魔法が使えたの?」
私の声が聞こえたのか、ミルカが若干不機嫌そうにこっちを見る。
「リンさん、私は神官見習いとして修行してるんですから、軽い治癒の魔法くらい使えますよ」
そう言ってから、今度はエリスの傷を治した。
「感謝する」
エリスも軽く頭を下げた。
「ミルカちゃん、ありがとう。二人の傷があのままだったら、今後の護衛が不安だったんだ」
カーターもそう言って、ミルカに感謝した。
私は驚きもしたし、ちょっと混乱していた。天使とか怪物とか、次元の穴とかがある世界だし、魔法もあるのかもとは思っていたのだけど、こんな身近に魔法を使える人がいたなんて。
色々聞きたいことが頭に浮かんだけれど、どの順番で聞いたらいいかまとまらない。
でも、それは次の話題でシュンとしぼんだ。
「なあ、ジャイアントローカストがボガードに追われていたとして。ボガードは何でこんなところにいたんだ。ミルクヒルズから出てきたのか?」
ハーディがカーターに聞く。
「いや、ミルクヒルズにいる妖精は、ボガードじゃない。もっと大人しい妖精のハズだよ。ボガードこそ、こんなところにいないハズなのに」
カーターは、ハーディの疑問に答えながらも、段々とその言葉は自問へと変わっていった。そこでエリスが口を開く。
「森の奥に"彼方からの道"が開いたのかもしれないよ」




