第二話 美形で非情な天使様
どこかも分からない森の中。私は仰向けに寝転んでいた。
素肌に枯草がチクチクする。
それはいつからあったのだろう。
視界の中に白い何かが、ゆっくりと降りてくる。
本当に、じれったいほどゆっくりだ。
ぼ~っと見ていると、それはやっと地面に降り立った。
それは聖書や絵本で見るような、白いローブを着た人物だった。
凄い綺麗な顔をしていて、長い金髪を胸まで垂らしている。
でも、男性なのだろう。
手足は細いが、胸はないし、肩幅もあるように見える。
身長百六十七の私より、背が高そうだ。
何より、地面まで付くほどの大きな白い鳥のような翼が背にあった。
天使かな?
そう思ってみていると、向こうも私を見下ろして何か言っている。
でも、よく聞き取れない。
学校の視聴覚室の奥にあった、カセットテープを回した時みたいだった。
そのときは機械が壊れていたから、凄くゆっくり音が出力されて、何の曲かも分からなかった。
そこまで考えて私はハッとした。
今、下着しか着てない!
男性?天使の目から身体を隠そうと、私は慌てて手を動かそうとする。
すると、たちまち空気が纏わりついて、手が動かなくなる。
ここで息まで切れるとヤバイ。
焦る気持ちを抑えて、深くゆっくりとした呼吸をする。
私は恥ずかしい思いをしながら、一度手を止め、それからゆっくりと起き上がる。
すごくゆっくり動く分には、空気は纏わりつかない。何とか両手で身体を隠せた。
あなたは誰? ここはどこ?
そう聞こうとして、口もうまく動かせない。
私はゆっくり口を動かすことにした。
「あ~~~な~~~た~~~は~~~だ~~~れ~~~? こ~~~こ~~~は~~~ど~~~こ~~~?」
彼も何かを喋っているが、テンポが違い過ぎる。
私は彼の言葉に耳を澄まし、自分の思考を遅らせるようにして、うんとゆっくりと、彼の言葉に耳を傾けた。
「ナエ・ヴァル・イスタ、カル・ヌーダ・エカ(時空の歪みを通ってきたのは、この女だけか)」
「何を言っているか分からないんだけど」
私はゆっくり言ってみたが、伝わらないようだった。
「ケル・ケル・ラシア、エク・ヴァ・シェル?(キャンキャンうるさいが、コイツ何を言ってるんだ?)」
天使はそう言うと、私に手を伸ばしてくる。
私は体を硬くするが、きっとこの変な空気のせいで、大して逃げられないだろう。
見た目が美形だから、悪い人じゃない、と思いたい。
他にどうしようもないので、何をするか様子を見る。
天使は私の額に手を当てた。ちょっと怖い。
次の瞬間。
「ヒギィ!!!」
痛い。超痛い。
頭に指を突っ込まれて、グルグルかき回されたような感じだ。
実際にはそんなことはされていないが、そんな想像を絶する痛みだった。
全身からどっと汗が出て、鼻水も出て、涎も垂れている。
これで漏らしていない自分を褒めたたえたい。最低限の尊厳は守られた。
「痛いじゃない、何すんのよ!」
私は頭を抑えて、涙目でそう言った。
こんな時でも、身体はゆっくりとしか動かせない。
「お、脳改造したおかげで、話せるようになったか。だが、吠えてないでゆっくり話せ」
の、脳改造! コイツ、絶対、いい天使じゃない!
「酷いじゃない! それにここはどこよ? 私は何でこんなところにいるのよ?」
私は、叫んで捲し立てたいのを我慢して、超ゆっくりしゃべった。
それでも、責める言い方なったのは、このサディスト天使が悪い。
「うるさい。まあ、どうせ、そんな事だろうと思ったが。お前は時空の歪みを通って、別の世界からここに来た。以上だ」
そう言うと、天使は会話を打ち切るように翼を広げ、飛び立とうとする。
だが、逃がすか! 聞きたいことは山ほどあるんだ!
私は、異常な空気抵抗が掛からないよう、ギリギリの速さで天使に近寄り、足にしがみつく。
「ちょっと待ちなさいよ! 別の世界って、どうやったら帰れるのよ! そもそもアンタは誰で、何しに来たのよ!」
「速っ!」
天使は、足にしがみつかれたことに驚いたようだった。
「世界の行き来を管理なさっているのは、時空神ドラークス様だ。私はドラークス様の僕。ここには異界から来た者が脅威か確認し、脅威なら排除しに来た。だが、裸の女など、どうでもいい。離せ!」
そう言うと、空中で足を振って、引き剝がそうとする。
私も、裸と言われて動揺して、離してしまった。
「し、下着は着てるし、スニーカーだって履いてるんだから~!」
私は枯草の中にまた落とされ、天使は去っていってしまった。
「馬鹿ーーーっ!」
もう、聞こえてないだろうけど、言わずにはいられなかった。
それから私は起き上がり、リュックから制服を引っ張り出して、着た。
空気の重さ、薄さから、全ての動作を、ゆっくりする必要があった。
私は思考の速度すら落とすつもりで、スローモーションのようにゆっくり動くことを心掛けた。
さて、異世界と言われても信じられないけど、どうしよう。
あのサディスト天使は行ってしまったし、この森を抜けて、人がいるところを探すしかないか。
そう思った時だった。
「きゃあああああっ!」
悲鳴が聞こえた。
女の子の声だ。




