第一話 女子高生リン、跳ぶ!
よし! 次こそ飛び越えてやる。
私は早瀬 凛、高校二年生。陸上部で高跳びをやっている。
県大会を突破し、来週はいよいよブロック大会だ。
部のみんなも、自分のことのように喜んでくれた。
でも、今の記録では全国大会に届くには、あと五センチ足りない。
次の大会までに、その五センチを飛び越えてみせる。
練習メニューを変えるか? 助走を見直すか? 踏み切りを修正するか?
そんなことを考えながら、私は駅を出て、大通り脇の歩道を学校に向かって歩いていた。
午後の部活までにはまだ十分な時間がある。
その時、車道側から、キィ~ッっという嫌な音が聞こえた。
なに?
振り向くと反対側の車道から、学ランを着た男のスクーターが中央線を越え、手前の車道に入り込んでいた。そして、それを避けようとしたのか、ガソリンタンクを乗せた軽トラがこちらへと突っ込んで来た。
「きゃっ!」
目の前で小学生くらいの女の子が身を固くして悲鳴を上げた。
「動きなさい! そっちよ!」
恐怖ですくんでいるのか、私が背を押してもノロノロとしか進まない。
トラックはもう目の前だ。
彼女は避けられても、私は間に合いそうもない。
後ろの路地しかない。
ドン。
私が路地へ飛び込むのと、軽トラが歩道へ乗り上げ、路地の入口へ突っ込むのは同時だった。
左右のビルに挟まれ、トラックは前面をひしゃげさせながら、少し路地へ入り込んで止まる。
路地の入口は完全に塞がれてしまった。
さらにガソリンが漏れ、足元に広がってくる。
危険を感じた私は、路地の奥へと走り出して、すぐ止まった。
誰よ、こんなところに捨てたの!
十メートルぐらい先で、建築の廃材のようなものが積まれて、塞がっていた。
ハリネズミのように、ところどころに鉄筋が飛び出し、登れそうもない。
しかし、よく見ると左側の一部に、工事現場の柵のようなもの一枚しかない部分がある。
私は駆け寄って、どけようとする。
ガシャ。
あぶなっ。
根元が廃材に埋まっていて、下手に動かすと崩れそうだった。
でも、この柵の高さなら、跳べそうな気がする。
おあつらえ向きに、足元には踏み切り代わりのパレットがあるし、反対側には襤褸切れのようなものが積んであった。
飛び越すのも分の悪い賭けではないように思える。……制服じゃなければ。
後ろのトラックからは黒い煙が上がり、路地へと流れ込んできていた。
いつ足元のガソリンへの引火するか分からないし、煙で窒息するかもしれない。
もう、あまり時間がない。
下はスポーツ系のショーツとブラ。靴はいつもスニーカーだ。
こんなところで脱ぐのは恥ずかしいけど、幸い、人目はない。
死ぬよりマシよ。
上着とスカートをリュックに詰めて、向こうに投げる。
トラックが燃え出さないか、ドキドキしながらギリギリまで下がる。
私は飛び越えてみせる!
一歩目を踏み出す。
助走をつける。
パレットを踏んで、跳び上がる。
目の端で柵を捉える。
越えた!
薄汚れた両側のビルの壁。その先に青空が見えた。
頭を抱えて落下に備える。
落ちていく自分の身体が、ゆっくりに感じられる。
ん? おかしい。本当に落ちるのが遅い。
目の前のビルとその先の青空が、高い木々の天蓋とその間の木漏れ日に変わる。
木と土の匂いがした。
カサリと柔らかい物の上に落ちた。
たぶん、落ちるまでに数秒はあった気がする。
私は何を飛び越えたの?
慌てて起きようとするが、身体が異様に重い。
重いというよりも、まるで向かい風の中を進むように、空気が纏わりついてくる。
それでも無理に動こうとすると、息が切れた。
どういうこと?
私は脱力して寝転がる。切れた息を整えながら、周囲に目を走らせる。
森の中みたい。
それに、まるで山の上のように空気が薄い?
ゆっくり腕を動かせば、空気が纏わりつくこともない。
しかし、ちょっとでも速く動かそうとすると、まるで強い空気抵抗を受けているかのように腕が重い。
上手く身体が動かない私は、そのまま仰向けで、大の字に寝転びながら考えた。
ひょっとして、あの路地で煙に巻かれて気絶した後、誰かに誘拐された?
でも、それなら森に捨てて、何の得になるの?
身体に痛みもないから、暴行されたということもないだろう。
服装もあのときのままのようだ。リュックも近くに転がっている。
夢だっていうのが、一番しっくりくるけど。変にリアルなのよね。
そのとき、木の枝の先に赤い物を見かけた。
普段見るものより小さく見えるけど、それはリンゴのようだった。
それがプツリと落ちた。
だが、なかなか地面まで落ちない。
一秒、二秒、途中から数えても、地面まで四秒ぐらいかかった気がする。
もしかして、……時間の流れが遅い?




