第十九話 村の男子ども
「リンさん、ミルクヒルズが見えますよ~」
ミルカに言われてそちらを見ると、確かに木々の間から白い丘が連なっているのが見えた。
「そうね。あまり近付いたようには見えないけど」
アルデンの街を出てから二日の旅路は、ほとんど初日と変わらないものだった。村を出て、森を抜け、また村を通る。これを朝から何度も繰り返している。昨日は初めての旅で緊張や興奮もあったけど、いくら歩いてもほとんど変わらない景色に飽きてくる。ずっとミルクヒルズが見えるのも同じだった。
そして私の気分が上がらない理由はもう一つあった。昨日から下着を換えていないのだ。街にいる間は、ミルカに洗い過ぎだと言われても、毎日下着を換えて宿で洗って貰ていた。でも、昨日は村の隅の空き地で野宿だったから、誰も着換えなんてしていないし、着換えるタイミングもなかった。
日本ではもちろん毎日下着を替えていた。それだけに、一日替えなかっただけで、なんとなく不衛生な気がする。さっきから、気のせいか少し痒いような気までしていた。
その日の夕方。また、街道沿いの村で野宿になったのだけど。
「おい、カーターさんの隊商。女の子を連れてるぜ」
こんな声が聞こえてきた。視界の端で見てみると、村の少年たちだった。日本なら中高生くらいの男子が三人ほど集まってこちらを見ていた。
「神官みたいな子、いいよな。なんか大きいし」
「あのズボンも、女なのか?」
「ちょっと聞いてみようぜ」
「お前、聞けよ」
ミルカも気付いているようだけど、目を合わせないようにしている。ここで目を合わせたりすると、話しかけてくるかもしれない。
あの手の男子たちがする話なんて、どうせ下世話なものだろう。わざわざ相手をする必要はない。ここは無視に限る。
放っておくと、案の定、そのうちいなくなっていた。
それから昨日と同じように村の端の空き地に馬車を止め、食事を取った。私は空き地の隅の木にロバの手綱を結んで、その前に敷物を敷いて寝ることにした。ここを選んだのは、今日は下着を洗って、ロバの陰になる木に朝まで干しておきたかったからだ。
「ミルカ、わたし下着を替えたいから、誰も来ないように見張っててよ」
「いいですけど、まだそんなに汚れてないと思いますけど」
とにかく私は人目を避け、森の中で持ってきた布で身体を拭いてから、下着を替えた。
すごくさっぱりした気がした。
今日は満月で、夜でも明るい。今の私の気分みたいだった。
「ミルカ、大丈夫だった?」
森から戻った私は、ミルカに聞いてみた。
「ええ、誰も来てませんよ」
ミルカはそう言ったが、どこか遠くの藪がガサリと鳴った気がした。
じっと、目を凝らすが何も見えない。
気のせいだろうと思った私は、ミルカとは隣り合わせに別々の毛布にくるまって寝た。
翌朝、馬車が順に村から出ていき、最後に私たちが続いた。
村の出口近くで、昨日の男子たちがニヤニヤしながら私たちを見ていた。横を通り過ぎるとき、その嫌な笑いに腹が立って睨みつけてやった。
私たちが通り過ぎるまで彼らは何も言わなかったが、その声が聞こえるギリギリまで離れたところで声がした。
「あのズボン女。男のパンツはいてたぜ」
続いて笑い声。私は恥ずかしさと怒りで顔が赤くなった。
この辺りでは女の人はスカートのような服しかはかないし、パンツをはくのもズボンをはく男の人だけだ。
でも、ズボンをはいている私は、当然パンツもはいていた。
パンツといっても、裾はハーフパンツのように膝近くまであって、露出は少ない。
でも、問題はどこまで見られていたかだ。
ミルカにもその声は聞こえたのか、気の毒そうな顔をしていた。
まったく、男子ときたら、どの世界でも!
次からはもっと気をつけようと誓いながら街道を歩いていると、いつのまにかミルクヒルズは見えなくなっていた。
それ以来、私は街道を移動しているときより、村で野宿するときのほうが警戒するようになった。でも、特別何かことが起こることもなく、旅は続いていた。
アルデンの街を出て三日も過ぎた辺りから、カーターが立ち寄った村で商売をするようになったので、旅の進みは遅くなった。村の倉庫に冬を越して残っている小麦や大麦を買い取って、代わりに革や布を渡したり、銀貨を払ったりしていた。
そして六日目の午後、私は何事もない旅路にすっかり警戒心が緩んでいたのだけど、藪を揺らす音にハッとした。そこは比較的密に木が生え、藪が視界を塞いでいたのだけど、街道の右手から聞こえる音は、聞き逃しようがなかった。
前方を見ると、ハーディとエリスが馬車の右側によって、武器を構えている。
「リンさん、何かな?」
「分からないけど、前の馬車に寄っておこう」
ミルカの問いにそう答えて、私たちは目の前の馬車にロバを寄せた。前の馬車にはエリスもいる。
そのとき、同時に藪から何かが飛び出した。
「ジャイアントローカストだ!」
カーターが叫ぶ。
前から二台目の馬車に飛び掛かる一匹を、走り寄ったハーディが盾で受け止めた。
それは人の腰の高さほどある、茶色いイナゴのようなバッタだった。
別の一匹が藪から三メートルもの高さに跳躍し、三台目の馬車に襲いかかる。
しかし馬車に飛びつく前に、エリスが下から突き上げるように槍で貫いた。
「ギィィッ!」
その直後。
「まだいるぞ!」
誰かの叫び声がした。
三匹目?
私がそう思った瞬間、藪の奥でもう一匹が跳ね上がった。




