第十八話 ミルク色の丘
昼の休憩を終えると、わたしたちは村を出発した。
午後も幾つかの村の近くを通ったけれど、だいたいは、まばらに木の生えた林の中を進んでいた。そして日暮れ近く、わたしたちは街道沿いの村に立ち寄った。
この村には宿がないらしく、カーターが村人に頼んで、村の端にある空き地を借りてくれた。今夜はここで野営することになった。
夕食は、御者のおじさんの一人が麦と豆を煮込んだスープを作ってくれた。みんなで車座になって、温かいスープを食べた。
「あそこに白い丘が見えるでしょう」
食事の席でカーターが私たちに聞いてきた。いつからだったかは覚えていないけれど、確かにずっと遠くに、白い山か丘のようなものが見えていた。
「はい、見えますよ! 何だか、ミルク色の美味しそうな丘ですよね」
私が答える前に、ミルカが元気よく答えた。しかも感想が食いしん坊っぽい。
「そう! 実はあれはミルクヒルズといってね。エルバーデンからの帰り道、私はあれが見えるともうすぐアルデンの街だと安心するんだよ」
ミルカと同じことを考えた人がいたんだ。私には、森の向こうにあまり高くない山が広がっているようにしか思えなかったけど。
「でね、あそこには羊を飼う村があるのだけど、時々妖精を見かけるというのだよ」
「え~、妖精がいるんですか~!」
カーターの話に、ミルカが目を輝かせた。
「妖精って、どういう生き物なんです?」
私も気になって聞いてみた。童話に出てくるような小さな女の子で、虫のような羽が生えているのだろうか。わたしたちの反応に気をよくしたのか、カーターが嬉しそうに何度も頷いてから口を開いた。
「幼い女の子のような外見でね」
ふんふん。
「背の高さはミルカちゃんよりも、少し低いくらいかな」
あれ? 思ったより大きい。
「肌は青銅のような色で」
うん?
「目は穴のようにぽっかりと空いていて、真っ黒なんだって話さ」
いや、怖いから! それ妖精というより、妖怪だから!
「へぇ~、会ってみたいです~」
マジか。そんな不気味な外見でも、ミルカにとっては、日本人がパンダやコアラを見たい、というのと同じ程度の感覚なのかもしれない。
「……私は会わなくていいかな」
私の声が二人に届いたかどうかも分からないうちに、男が口を挟んだ。
以前とはすっかり印象の変わった、浅黒い肌の短髪の男、ホイールだ。
「へぇ~、僕も見てみたいな。捕まえたら高く売れるかもな」
何だか凄く嘘っぽいというか、わざとらしい言い方。
ちょっと白けた気分になった。
「おいおい、ストーン。馬鹿な考えはやめるんだな。お前が妖精に捕まることだって、あるかもしれないんだぞ」
カーターがたしなめる。ストーンが本当の名前なのだろうか。自分でそう名乗ったのは聞いたことがないけど、どういう人なんだろうか。
「ははは、怖い怖い。そうしたら僕が妖精の世界で売られるのかな。別の世界の怪物として」
ゾッとした。別の世界の怪物。
それは本当にあんたの弟なのかい?
エリスの言葉が思い出される。
私は本当に私なの?
それから夕食で何を話したのか覚えていない。
気づいたら、地面で寝ていた。
といっても、ちゃんと敷物は敷いていた。アルデンの街で旅の準備に買ったやつだ。
そういえば、外で寝るのは初めてだ。
この世界に来てだいたい二週間。
昔の時代みたいな世界だったけど、ミルカの家でも、アルデンの街でもベッドで寝ていた。
藁にシーツを掛けただけだったけど、他のことで頭がいっぱいであまり気にならなかった。
でも今は、全てがみすぼらしく、頼りなく見えた。
よく分からない世界に来て、地面に布一枚で寝て、自分が自分かも分からなくて。
何でこんなところに、私は一人っきりでいるんだろう。
日本に帰りたいよ……、ママ。
「リンさん、夕食の時から様子が変でしたけど、家族のことでも思い出しました」
ミルカだ。
私の毛布の中に潜り込んできて、ぎゅっと抱きしめられた
柔らかくて、温かくて、その小さな体に包み込まれるようで安心する。
私より大きくて柔らかいそれに若干の嫉妬も覚えるけれど、さっきまでの鬱々とした気分が溶けていく。
これが包容力とか母性というものだろうか。
「ミルカ、せっかく二人分買ったんだから、あんたはそっちで寝なさいよ」
嘘だ。本当は一緒に寝たいけど、強がってそう言ってしまった。
「え~っ、私はリンさんと一緒がいいですよ~」
今度は、甘えるように顔を擦りつけながら、ぎゅうぎゅうしがみついて来る。
「も~、しょうがないなぁ」
言葉とは裏腹に、ミルカと一緒に寝れることを喜んだ。
そうだ。この世界でも私は一人じゃない。
この天然で、甘えん坊で、食いしん坊な優しい親友がいる。
彼女となら、これからもこの世界で頑張っていける気がした。




