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第十七話 エリスの故郷

 アルデンの街を出ると、森や荒地が続いていた。大体、ミルカの村の辺りと同じような感じだけど、踏み固められた道の幅だけはもうちょっと広かった。それでも、どこでも荷馬車がすれ違えるほどではないので、そのときにはすれ違える場所を探すことになった。


 「あ、リンさん。前の方で別の荷馬車が止まっていますよ」


 隣を歩いていたミルカが、目の上に手をかざして隊商の前の方を見た。たぶん、この辺の村の人が作物を運んでいるんだろう。


 「そうね。でも、だいたい向こうがよけてくれるわよね」


 「ハーディさんが怖いからじゃないですか~」


 「あっ」


 馬車は初めてだったけど、朝からロバに荷物を載せた行商や、作物を担いで歩く農夫ともすれ違った。そのどちらもが、こちらに道を空けてくれた。私から見ると古い時代みたいなこの世界が、そんなにマナーがいいとは思っていなかったけど、ミルカの一言で気が付いた。

 私はハーディやエリスを、物々しくはあるけれど、ただの警備員のようなものとして危機感をもっていなかった。でも相手からすれば、自分を殺せる長い槍を持った大男だ。たぶん、後ろの隊商が見えているから、その護衛だと気づくだろうけど、怖いものは怖い。なるべく、離れていたいだろう。

 カーターも礼を言っていたようだし、私もその横を通り過ぎる時に軽く頭を下げた。向こうは私たちを警戒するような目で見ながら、ジッとしていたのだけど。ちょっと申し訳ない気持ちになる。


 「ど~も~、ありがとうございま~す」


 ミルカだけが、ニコニコしながら手を振っていた。



 それからしばらくすると、カーターが後ろに声を掛けた。


 「あの村で小休止を取るぞ~」


 そういえば、もうお昼だ。朝から森を抜けて、だいたい二、三時間ごとに少し開けたところにある村の横を通り過ぎる。森を抜けて村、また森を抜けて村の繰り返しだ。やっぱり、現代日本と違って自然の方が多くて、人里の方が少ないみたい。

 カーターは、村人と二言三言話すと、村外れのちょうどいい空き地に馬車を止めた。きっと、いつもの場所なのだろう。

 それから、御者たちが順に桶を持って井戸に水を汲みにいった。どうやら、馬に飲ませるためらしい。御者が馬車に戻ると、今度はハーディやカーターも井戸に行く。そうか、交代で馬車を見張ってるんだ。


 「ミルカ、私がロバの水を貰ってこようか?」


 私はそう言ったが、ミルカはすでに自分が行く気になっていたようだった。


 「私が行きま~す。リンさんはこの子を見ててくださ~い」


 ミルカは村の女性から桶を借りて、井戸へと突進していく。私がロバと待っていると、エリスがこちらへ近づいてきた。


 「あんたは何者だい? 傭兵ってわけじゃないようだけど」


 そう言われて、私は何者かと考えた。今日の私はズボン姿。この辺では女性がズボンをはくのは珍しいらしい。エリスもズボンだけど、傭兵らしい革製だから納得されるのだろう。対して私は、農夫や職人がはくような布のズボンだ。

 さらに、腰に小剣を吊るしているから、農夫や職人には見えないだろうし、傭兵にしては武器が小さすぎる。一番近いのは、ゴロツキや盗賊だろうか。そう考えると不審人物だ。百歩譲って、男性のコスプレだろう。でも、この格好については、正直に言ってもいいだろう。


 「私たち、カーターさんの厚意でエルバーデンまで同行させてもらっているんですけど、その後も旅は続きそうなんです。それで動きやすいようにズボンにして、万一に備えて武器も持っているんです」


 考えながらしゃべったけど、こんなものだろう。でも、エリスはそれだけでは納得しなかったらしい。


 「ふ~ん、何で旅をしてるんだい」


 どうしよう。話す必要はないけれど、仲良くした方がいざという時、助けてもらえるかもしれない。カーターにしたのと同じ話をすれば問題はないだろう。私は弟がいなくなり、そのとき"彼方からの道"が近くで開いたらしく、"道"と関係があるらしいドラークスを訪ねる旅をしていると説明した。

 エリスの雰囲気が、少し剣呑なものに変わった。


 「もし、"彼方からの道"からあんたの弟が出てきたとして、それは本当にあんたの弟なのかい?」


 何を言われたのか分からない。

 弟が出てきたら、弟だろう。まあ、その弟は本当はいないのだけど。


 「私の故郷でも、"彼方からの道"が開いたことがある……」


 どうやら、そのとき牛のように大きい黒い狼が何匹も出てきたらしい。その魔物たちに彼女の村は滅ぼされたという。


 「"道"から人のようなものが出てきたとして、それは人ではなくて魔物かもしれないよ」


 私の背中に冷たいものが流れた。彼女が"彼方からの道"を嫌悪しているのは明らかだ。ミルカに警告されず、自分が"道"から出てきたなんて言っていたら、今ごろ槍で突かれていたかもしれない。私が固まっているのをどう解釈したのか分からないけれど、彼女は馬車の近くへと戻っていった。

 入れ替わりにミルカが戻ってくる。


 「どうしたんですか~? 喧嘩でもしました?」


 エリスと私の様子を見て、不審に思ったのだろう。ミルカが首を傾げた。


 「う~うん、でもあの人、"彼方からの道"から出た魔物に故郷を滅ぼされたって」


 私は口を引きつらせて、そう言った。それでミルカは合点がいったらしい。


 「あ~なるほど。ちょっと、気を付けたほうがいいかもですね」


 私たちは、馬車の近くで佇むエリスを盗み見るのだった。

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