第十六話 カーターの隊商
「うわ~っ、リンさん。馬車が三台もありますよ~」
ミルカが目を輝かせる。カーターに会ってから十日後の朝、自分たちの荷物を載せたロバを連れて彼の店に行ってみると、三台の荷馬車が準備されていた。それぞれ二頭の馬が繋がれ、荷台にはこれまで私たちが倉庫で見たような麻袋が載せられていた。
「それ、前に聞いてたでしょ」
私は驚かなかったけど、田舎暮らしのミルカには珍しかったらしい。思えば私は、日本の大型トラックや貨物列車と比べて大したことないと思っちゃったけど、この世界では大変な量の荷物なのかもしれない。
「来ましたねリンさん、ミルカさん。どうです、ちょっとしたモノでしょう?」
私たちに気づいたカーターがこちらへとやってきて、にこやかに声を掛けた。
「本当ですよ。私の村に来る行商のおじさんなんて、ロバ一頭だけですよ~」
ミルカにそう言われて、カーターは満足そうだった。
「おはようございます、カーターさん。今日から、よろしくお願いします」
「お願いします」
私が会釈すると、ミルカも続いた。カーターはニッコリと笑う。
「なに、息子を助けてくれたお礼ですから。ただ、エルバーデンまでの道は比較的安全とはいえ、気を付けて下さいね。狼や野盗が出ることはありますから」
私がそれに頷いていると、ミルカがそっと私の手に手綱を握らせ、ロバを押し付けた。それからフラフラと馬車に近付いていき、その周りを歩き始める。私も馬車を眺めてみると、近くの二台の馬車では商会で見たことのあるおじさんたちが、荷台と麻袋を繋ぐ綱を確認していた。
それから少し離れて、二人の剣呑な雰囲気の人物が立っていた。一人は大柄で筋肉質な男の人で、金属の補強の入った革の上下に、槍と野球のホームベースのような形の盾で武装していた。日焼けした茶色い短髪で、同じ色の口髭を蓄えた三十歳前後くらいにみえる人だ。
そしてもう一人は、市で見かけた女の人だ。同じように槍を持っているけれど、盾は肘から先を隠すくらいの円形で、前と同じように長い黒髪を背中で一本に縛っていた。近寄りがたい雰囲気はあるけれど、案外歳は私と大差ないかもしれない。
私の視線に気づいたのか、カーターが説明してくれる。
「ああ、彼はハーディ。そして、彼女はエリスです。二人とも名うての戦士で、狼や野盗なんて、ちょちょいのチョイですよ」
「そうですか。それは頼もしいですね」
実際、二人ともすごく強そうだ。ただ、二人はお互いに距離を置いているように見えるけど、あんまり仲が良くはないのだろうか。あ、馬車を見て回っていたミルカが、ハーディに話しかけている。さすが、物怖じしない。
まだ、すぐに出るというわけでもなさそうだけど、私はどうしていようかな。
そんな風に思っていると、一番奥の馬車から男の人がやってきた。少々痩せた体に日に焼けた肌、短く刈ったこげ茶の髪。背丈は百八十センチはないくらいで、男の人としては普通だろう。顔には最近作ったらしい、治り切っていない傷が幾つかある。
何だろう。カーターの商会で見た人ではないけれど、見覚えがある気がする。
「カーターさん、荷の綱はしっかり確認しましたよ。何といっても、私は誠実な御者で有名なホイールですからね」
「ブホッ」
私は吹いた。
「アンタ、ドンキーじゃないの!」
あの街の前の変態であり、路地の人攫い予備軍だ。
「いいえ、僕は品行方正で有名な労働者のドンキーじゃありませんし、真面目で有名な農夫のターニップでもありません」
否定する口調は早口だ。ザンバラ髪のようだったのが短く刈られているし、汗と脂のキツイ匂いもしなくなっている。でもこの男は、ドンキーに違いない。
「カーターさん、コイツ信じられるんですか?」
私にそう言われて本人は、失礼だな~、とか言いながらあまり気にしていなさそうに、身体をクネクネしている。とても、ウザイ。それを見たカーターは、困った顔をする。
「まあ、確かに彼は、浮浪者でスリで詐欺師でもあるから信用できない。ただ、御者の爺さんが転んでしまって、今回行けそうもないんだ。それに彼はケチな犯罪しかしたことが無いし、御者ができる。いつもハーディに見張らせるし、怪しいことをしたらぶん殴っていいとも言ってある」
それって、トコトン信用できないし、信用していないわよね。本人は、誠実、誠実で有名なホイールです、と選挙演説のようなことを言っているけど、私も近付きたくないよ。あれ、でも顔の傷って、あの時のかな? いやいや、彼はホイールであって、ドンキーじゃない。だから私がお礼をする必要もない。うん。
結局、一番前の馬車をホイールが御者をして、ハーディが横につく。真ん中と後ろの馬車は、見たことのある商会のおじさんたちが御者をして、真ん中の馬車の横にカーター、後ろの馬車の横にエリスがついた。私たちは邪魔にならないように、後ろの馬車のさらに後ろをロバの手綱を引いて歩くことにした。
こうして三台の荷馬車と私たちは、一列になってアルデンの街を出発した。この世界に来て、一番長く滞在した街だけれど、のんびりしながら馴染んでしまうつもりはない。むしろ、早く日本へ帰るために、私は前に進むんだ。見慣れてきた街並みを背に、私はエルバーデンへと歩き出した。




