第十五話 乙女の危機
「きゃあああっ」
太い腕が、ガッシリと私の腰に回された。
ゴメン、と思いながら男の子から手を離す。私の方からゆっくりと落ちていく男の子。
腰を捻って、左の肘、右の肘と男の顔を打つ。
でも、腰を掴まれているせいで、身体が上手く回らず、肘打ちに力が乗らない。
プロレスラーのような男の顔は、肘で打たれてもビクともしない。
こうなったら、目潰し!
そう思っても、背中にギュウっと付けられた男の顔には、指が上手く届かない。
気持ち悪い。
ゆっくりと私の身体が持ち上げられ、足が地面に着かなくなる。
足を刈って、横倒しにすれば。
ダメ。踵で脛を蹴ろうとしても、浮いた足では力が入らない。
何より、肉の厚いこの男は、ちょっとや、そっとの力では動かせそうもない。
そうしているうちに、脛を蹴って倒した二人の男もゆっくりと起き上がってくる。
いくら加速してても、腰を押さえられ、体が浮いた状態では何もできない。
それでも両手を後ろの男の腕に掛け、引き剥がそうとする。
そして、前から来る男たちに蹴りを当てようと、足を延ばす。
まるで、駄々っ子のように脚をバタバタさせることしかできない。
正面の男たちから、ゆっくりと手が伸びる。
右に子供を担いでいた男。左に手ぶらだった男。
伸びてくる手に足を掴まれないよう逃げ回るが、長いスカートのせいで大きく動かせない。
やがて逃げ場を失い、両足がそれぞれ左右の男に掴まれた。
ゆっくりと顔が笑みへと変わっていく男たち。
そして近寄ってくる男たちに掴まれているせいで、両脚がゆっくりと開いていき、スカートがずり上がる。
ダメダメダメダメ。
今日はミルカと同じような足首までのチュニック。その下にはシュミーズのようなスモックしか着ていない。
それ以上開いたら、乙女として絶対ダメだから!
その時、突然腰に回された腕の力が緩んだ。
足を掴まれたままのけぞると、後ろの男が倒れていくのが見える。
さらに、その後ろに驚くべき人物が。
私は、倒れていくプロレスラーのような男の腰から短剣を抜く。
腹筋をフルパワーで使って起き上がり、足を掴んでいる男たちの手首に切りつけた。
足を掴んでいる手も力が緩み、抜け出せた。
ゆっくりと落ちていく私の身体。
加速時間の中で、何度も動いたせいで体力も限界。
私は身体を捻って、足から着地する。
解除。
「大丈夫?」
私は息を整えながら、肩から落としてしまった男の子を助け起こす。
「うわぁぁぁん」
泣いているけれど、大きな怪我はないようだ。
私の前にいた男たちは、二人とも手首を押さえてうずくまっている。
私は振り返ってプロレスラーのような男を見ると、気を失って倒れているようだ。
「それで、何でアンタが助けてくれたのよ。変態!」
プロレスラーのような男の後ろには、片手で瓦礫を握った男がいた。
あの街の外で遭遇した、追い剥がられたように見える男だ。
「いいえ、僕は品行方正で有名な労働者でドンキーと言います」
彼は胡散臭さ満点の笑顔でそう言ってから、さらに早口で付け足した。
「決して人攫いを見つけて仲間に入りたかったけど、もう終わっているので分け前が貰えそうになくて、お嬢さんがお金持ってそうだから、お礼目当てで助けたわけじゃないですよ」
「アンタそれ、全部白状してんじゃない!」
私は瞼をピクピクと痙攣させながら叫んだ。
「いいわ。とにかく、ここを早く離れましょう。さ、こっちよ」
私はそう言ってから、男の子の手を引いて元来た道へ駆けだす。
「うわっ、ちょっと待って!」
背後から、ドンキー(?)の声がした。
「て、テメェ。逃がさねぇぞ!」
振り返ると、手首から血を流している男の一人が、手首を押さえながら、両足でドンキー(?)にしがみついていた。
私は子供を見る。
とにかく、この子を親元に返さなければならない。
「ちょ、置いてかないで! 僕、命の恩人だよ! 助けてあげたじゃん!」
そう、彼は恩人だ。
命の恩人かというと議論の余地はあるのだけど、あのままだと乙女的に命と比べるほどの羞恥をさらしていた可能性があった。
彼はお礼目当てだったかもしれないけれど、自分の命を顧みることなく見ず知らずの私を助けてくれた。
今も、放っておけば命の危機に晒されるかもしれない。
例え、街の門の前で私にセクハラを働こうとしていたとしてもだ。
私は、彼の献身に精一杯の誠意ある態度を見せなくては、ならないのではないのか?
私は覚悟を決めた。
私は、私史上最高に可愛い顔を作って彼に向け、そして言った。
「ゴメンちゃい☆」
満足した私は、男の子の手を引いて、足早に路地を出た。
「ぎゃあぁぁぁーっ!」
背後で悲鳴が上がった。
でも、それも遠ざかるにつれて小さくなっていく。
そして、私たちは広場に戻ってきた。
そこには、ミルカがぼーっと待っていた。
私は忘れない。
私と幼い子供のために、命を懸けた英雄のことを。
きっと、今日の晩御飯までは。




